SS 121~140

「アナタに最高の才能を差し上げますわ!」

「……は?」


唐突に現れた長い銀髪に紅い瞳を持ったその女は、偉そうにそう言った。
その時の俺は自分の文章に行き詰っていて、川に身でも投げてしまおうかと橋の上でぼうっと川を眺めていた時で。
その女は俺の目の前に居る。
つまりは、橋の先、川の上。


「う、浮いてる? は? なんで……!」

「あらまあ、今更ですわね」


ふふ、と頬に手を宛てがい微笑んだその女。
よく見るとその熟れた食べごろの林檎のような瞳の瞳孔は、縦に割れていた。


「お前……死神かなんかか……」

「わたくしは最初に申し上げた通りの存在ですわ」

「最初……」


女の言葉を思い出す。

『アナタに最高の才能を差し上げますわ!』

そう確か叫んでいた。
才能……もしかして!


「お前、リャナンシーか?」

「ご明察」


んふ、と語尾に甘ったるいモノでもくっつきそうな声音を発するその女――リャナンシーは、男の生気を貰う代わりに才能を与える妖精だ。
大学で民俗学を専攻していたので知っていた。
だがこの現代社会に、それも日本に、外国の妖精であるリャナンシーが本当に居るのだろうか。
そう頭の片隅で思った。
思ったけれど……


(才能)


俺が喉から手が出る程に欲しいモノ。
リャナンシーと契約すれば、もう近所のパン屋で貰うパンの耳を大事に噛み締めなくても良いし、同時期に入って今や大作家となった知人から「売れない作家」と馬鹿にされなくても済む。今まで斜め読み程度しかしなかった編集だって、態度を変えるかもしれない。

けれど代償は大きい。

何せ生気だ。命の欠片だ。
命を掛けてまで、俺は執筆活動をしたいか?
そう自分に問い掛けて、答え何て出ているだろう? と嘲笑った。


「お前は俺の欲しい才能を与えてくれるんだな?」

「もちろんですわ」


それに、とリャナンシーは続ける。


「わたくしはとても優しいですから、少しづつしか生気を頂きません。アナタは才能を与えられてもう苦しまなくていい。それに、その命が尽きる時でさえ、アナタは苦しまない」


どうです? アナタにはお得な取引だと思えますことよ。


悪魔のような取引だと思った。
けれどもう俺は彼女がリャナンシーの仮面を被った悪魔でも良いとさえ思った。


「リャナンシー」

「なんでしょう」

「俺に、才能をくれ……!」


そのとき、リャナンシーの縦に割れた瞳孔が少しだけ揺れた気がした。
だがその真実はすぐにリャナンシーが瞳を閉じてしまったのでわからない。


そうして再度瞳を開けた時、放たれた言葉。


「契約は為されましたわ」


これで、アナタの生気はわたくしのモノ。
アナタはわたくしのモノ。


そんな声が聞こえたような気がした。


「さあさあ、思う存分アナタの心の内を書き記してくださいな」

「あ、ああ」

「きっとそれは大作となることでしょう」

「ああ!」


リャナンシーが憑いている。
それがどれだけ心強いか。
自分の才能ではなくても、与えられた才能でも。
もう俺は、惨めな生活をしたくはない……!


「家に帰ろう。お前も来るんだろ? リャナンシー」

「ええ。もちろん、そうさせて頂きますわ」


銀髪の髪を風に揺らしながら、リャナンシーは微笑んだ。



こうして俺とリャナンシーとの、俺の命が尽きるまでの奇妙な生活は幕を開けたのだった。
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