SS 101~120

2015年6月に書いた折本のWeb再録です。



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その人間と出逢ったのは、全くの偶然であった。


「……アンタ、何してんの?」


人間の世界に久しく出向いていなかったせいか不可思な動物(いや、あれは動物と呼ぶには厭に面妖な顔立ちと姿をしていたような気もするが)に襲われ、逃げた先にその人間は居たのだ。


「……お主、私が見えるのか?」

「は? アンタ頭可笑しいヒト?」

「ヒトではないぞ。神だ」

「うわっ。本当に頭可笑しいヒトだ」


顔を顰める人間の男に、はて?と首を傾げる。
私は何か可笑しなことを言っただろうか。
兎にも角にも。
それがこの人間とのふぁーすとこんたくとというものだった。


「――つまりアンタはアルパカに襲われて逃げ回った挙句にこけて蹲ってただけってわけ?」

「だけとはなんぞ! あのような面妖な生き物に突然着物を食まれれば驚きもしようぞ!」

「食い物認識されてんじゃねぇか」

「む。私は高位の神ぞ。あるぱかなどというよくも判らぬ生き物に食物として見られるなど意味がわからん」

「俺はアンタの頭の可笑しさが意味わかんないんだけど」

「私は正常ぞ?」

「中二病もここまでくると本気で病気だな」

「ん? それは流行り病か何かか?」

「アンタみたいなヒトのことを総称してそう呼ぶんだよ」

「ほう。今は神のことを『ちゅうにびょう』と呼ぶのか。勉強になったぞ童」


神妙深く頷けば、可哀想なモノでも見るかのような眼差しを向けられた。


あのあと童にここは『動物園』という施設なのだと教わった。
二百年ほど外の世に出なかったが、このような場所が出来ているとは……いやはやヒトの世とはかくも面白いものだ。


「面白いものだ。じゃないよ。アンタなんで着いてきてんの?」

「ん? いやなに。童の家に厄介になろうかと思ってな」

「なんで?」

「? 雨風を凌ぐ場所は必要であろう」

「……え、ナニ。中二病で家出少女とか手に負えないんだけど」

「良く分からぬが早く帰ろうぞ。私は疲れた」

「アンタの中では既に決定事項なんだな。……はあ、母さんになんて言えばいいんだ」


ぼそりと呟かれた言葉に、ありのままを話せば良かろうと返したら額を叩かれた。何故だ。


あんぐりと口を開ける童に、どうだと口角をあげた。


「アンタ……なんで俺以外に認識されてないの」

「お主が特殊なのだ。私を認識できるほど高く澄んだ魂を持ち得るヒトは少ないからな」


お主の両親は正常の範囲内だ。
むしろ普通より良い魂の色をしているな。
そういえば童は複雑そうな顔をして、みんなで俺を騙そうとしてる? と言っていた。
はて? 童を騙して何になるのやら。


「……アンタが普通の人間じゃないってことは理解した」


したくないけど、という言葉は聞こえないことにしておいた。


童の家に厄介になりはじめて数日が経ったある日。童の背後に黒い靄が見えた。
それは日に日に大きく強大になっていくものだから、本来なら干渉してはいけないのだが、厄介になっている礼として消してやることにした。


「なに」

「うん?」

「いきなり息、吹きかけてきただろ」

「羽虫が居ったのを祓ってやったまでよ」

「なんでちょっと得意げなんだよ」

「いやなに。私は羽虫を祓うのは得意なんだ」

「? 誰でも出来ることだろ」

「ん。命の恩人になんたる無礼な。勉学の邪魔をしてやろうか」

「やめろ。受験生になんてこと言ってんだ馬鹿」

「ははは。私を馬鹿呼ばわりするモノはそうは居ないぞ」

「アンタの回りどうなってんだよ」


動物園で蹲っていた自分のことを『神』と名乗る女が家に住み憑いてから数カ月。俺が大学に合格したその日に、女はなんてことない雑談の流れで言った。


「さて、そろそろ帰るかな」

「ああ、アンタようやく家に帰る気になったんだ」

「うむ。長いこと世話になったな」

「本当にな」

「感動の別れとやらはしないのか? この前見た『どらま』では別れの時は抱擁を交わしまた会い見えることを約束しておったぞ」

「アンタとだけはしたくねぇ」

「冷たい男よな」


着物の袖で口元を隠しているけれど、全く悲しんでいないことは良く分かる。
それだけの日々を過ごしたのだから。


――その日を最後に女は消えた。


これは俺と神と名乗った女の不思議な話。
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