SS 101~120

「キミを殺せば、楽になるのかな?」


涙に濡れた声の主を見上げれば、怯える瞳が視界に入った。
ああ、またか。なんて思いながら吐き出した溜息に彼はびくりと身体を震わせる。


「いつも言ってるけど、私を殺してアンタが楽になれるなら、私はアンタに殺されてもいいよ」


嘘偽りない本心だ。
アンタがそんな情けなくも頼りない顔をしなくて済むようになるのなら、私は喜んでこの命を捧げられる。
なのに彼は、緩く首を振った。
その仕草が、私の気持ちを否定されたかのようで、少しだけ気分が落ち込んだ。


「……俺は、キミが好きだよ?好きで、好きで、本当に、心の底から大好きなんだよ……」


でも、


「だから、殺してしまいたい。キミの身体だけでなく、命まで。俺のモノにしてしまいたい」

「だから、すればいいじゃない」

「したい、けど。でも、そんなことしたって、意味なんかないじゃないか」


泣き出してしまうんじゃないかと思うくらい弱々しい声に、腕をあげる。じゃら、と金属が擦れる音がしたが、気にはしない。
ぽんぽん、と頭の上に手を置いて、宥めるように軽く叩いたり、指通りのいいムカつくくらいサラサラとした髪を梳きながら撫でてやる。
彼は甘えるように私の首筋に顔を埋めた。


「馬鹿だよね」

「うん」

「本当に、馬鹿だと思うよ」

「……うん」


そんなに心の均衡を保てなくなってしまうくらい私を好きなら。
私の命まで自分のモノにしてしまいたいと言うのなら。


「どうして、心が欲しいって言わないかな」


彼は決して私の『心』が欲しいとは言わない。
私の何もかもを欲しているくせに、ソレだけは叶わない願いだと望むことすらしない。


「……キミが、こんなことをしてしまった俺を好きになってくれる訳がないって、分かってるからだよ」


キミは優しいから。
だから、俺が望んだなら確かに俺に『心』をくれるんだろう。
だけど、


「俺はキミにはキミの意思で、意思だけで、俺のことを好きになって欲しいって」


そう思ってるから。
私の肩に額を押し当て、俯いたまま、彼は言う。
全てを諦めてしまったかのような声音で、言う。
私は彼の頭を撫で続けた。
彼が放った言葉は強ち間違いではないだろう。
こんな、歩くのも億劫なほど重くはないけれど、軽くもない鎖を手足に繋がれて。
彼に従わなければどうなるかを、身を以て知っている状態で。
彼に逆らおうだなんて気力など、端からない私が、彼の望みを叶えてやろうと行動するだろうことは、想像に難くない。


(でもだからなんだって言うのかな)


私はそれでも、お人好しではない。
彼の言うような優しいなんて言葉が似合う女でもない。
どうでもいい相手にするように、上辺だけ取り繕った、耳障りのいい言葉を並べることは簡単だけど。
彼は、どうでもいい訳ではないから。
だから彼には、私が思ったこと、感じたことしか言わない。
第一。閉鎖的な空間で過ごす内に鈍った頭を、わざわざ働かせてまで上辺を取り繕うのは面倒じゃないか。


「だから、」

「不愉快ね」

「……え?」

「私の気持ちをアンタに勝手に決め付けられるのは、不愉快極まりないわ」


勝手に決めつけないで頂戴。


「私はね。私の意思でアンタに『ココロ』をあげるって言ってるの」


誰かに何かを言われるような状況でもなく。
私にはでろでろに甘いアンタに接して得た感情を、アンタが否定しないでよ。


「ねぇ。言ってよ。言ってくれたら、全部あげるわ」


たった一言。
『心が欲しい』と。
その言葉を待っているの。


「……いいの?」


迷子の子供のような顔をして、私を見つめる彼に目尻を下げた。


「駄目なら言わないわね」

「そう。……そう、」


ぽろり、涙が彼の目尻から頬を伝った。


「やっぱり無しとかは無しだからね?」

「そうね。それは、アンタ次第なんでしょうけど」

「駄目だよ。一回俺のモノになったなら、もう、逃がしてなんかあげない」

「じゃあ聞く必要なんてないでしょうに」


それもそうかと頷いた彼は、本当に嬉しいと笑みを浮かべ、


「僕のモノだ」


と、噛み締めるように呟くと、私の身体を抱き締めた。
絞め殺さんとばかりの強さに息が苦しくなったけれど、彼が嬉しそうだから、まあ、いいかと甘受する。
私はどうやら、このどうしようもない男にどうしようもなく弱いようだ。










「あ、ねぇ?この鎖いい加減外してくれる?」

「それは無理」

「どうして?もう逃げ出そうだなんて思わないわよ」

「だって、」

「だって?」

「……君の全てを捕まえているみたいで、安心するんだもん」

「……前言撤回していいかしら?今すぐアンタから逃げたいわ」

「それはだぁめ。もう逃がさないって行ったでしょ?」


――死んだって離さないから、覚悟しててね?


そう言って微笑んだ彼に、ああ、選択を早まったかも知れないと私は頭を抱えた。
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