SS 101~120

思えば。そう。思えば私達は『敵同士』であった筈だ。
それは世界が反転したとして変わることはないだろう事実として世界の仕組みに組み込まれている。
私は『魔王』で、アイツは『勇者』。
それが世界が与えた全てだ。
変えようなど何処にもない。
それがどうしてか、『勇者』が。
『魔王』を殺すことが使命であり役割である筈のアイツが、私に対して「好きだ」などと言ったのだ。
何かの間違いか、聞き間違えか、それても単に奴の気が触れたのかとさえ思った。
けれど、いつもはへらへらとだらしなく笑っているアイツが妙に真剣な顔をして言うものだから、真実なのではないのかと思えて。いや、思いたくて。


「馬鹿か、貴様は」


目頭が熱くなった。
涙が零れるかと思った。
心臓の音がいつもよりも速く感じた。


「馬鹿だなんて、酷いなぁ」


へらり、笑った奴は然して気にした様子もなく。
まるでその言葉が想定内であったかのような立ち居振舞いに、私の方が動揺する。
けれどそれを押し留めたのは、『魔王』であり『勇者の敵である』という立場から。


「貴様は、何を言っているのか、いや。何を言ったのか、分かっているのか?」

「そりゃあもう、当然デショ」

「なら、」


なら、何故。
何故、


「そんなことを口にしたとして、何になる?貴様が辛くなるだけだろう。貴様が苦しむだけだろう。何故、言った」


『勇者』は『魔王』を倒す者。
悪しき魔なる存在を滅ぼす者。
それが世界が定めた鉄の法であり、全てだ。
それに習って、今まで生きていた筈だろう。
生かされてきた筈だろう。


「貴様は今、それを全て無駄にしたのだぞ」


誰からも好かれる勇者は、決して魔王を好いてはならない。
そんなことあってはならない。
何故ならそこに、未来がないから。


「貴様は私を殺して全てを終わらせる。それが役目で、全てで。そんな言葉は、何も生まないというのに…っ」

「うん。でも、俺はお前が好きだよ。それは世界がどうこうとか関係なく、ただ、それだけを伝えたかった。強いて言うなら、俺のわがまま、なのかな?」


困ったように笑う奴の私を見つめる瞳に宿る意味に気付きたくはない。
気付いてはいけない。


「苦しむだけだと分かっていて、どうして告げられたんだ…」


囁くような、ともすれば消えてしまいそうな小さな声を落とした。
奴は可笑しなことを聞かれたとばかりに目を見開いて、そうして幸せそうに笑った。


「さっき自分で言ってたじゃない。お前の言っていた通り、俺が苦しむ為だよ」

「っだから、どうしてそんな馬鹿な真似をしたのかと!」

「俺はお前を殺す。そういう道しか用意されていない」


でも、さ。


「仮にも好きな子を殺すんだよ?苦しくて、辛くて、どうにかなっちゃうかも知れないけれど、お前を殺した後の未来も俺には用意されている。変えようがない、どうしようもなくくだらない未来がね?だから、少しでも留めて起きたかったんだ」


お前をこの手で殺したという、その事実を。


「……王国の姫君と結婚することを、くだらないなどと言うのは、きっと貴様くらいだぞ」

「だろうね」


ハハッ、と笑った奴はでもね?と目を細めた。


「お前以外の女とどうなろうと、俺はどうでもいいんだよ」


心底幸せそうに笑った奴は、どうしてだか泣き出してしまいそうにも見えて。
それでもそれをどうにかしてやる術を、私は知らない。


「ね、魔王」

「……なんだ」

「好きなんだよ。本当に、心の底から」

「……」

「……こんなに好きなのに、どうして」


――どうして俺達は、殺しあわなくちゃいけないんだろうね?


疑問のような、問い掛けのようなその言葉に返す言葉は『魔王』である私には用意されていない。
用意されているのは、奴が言ったように、ただ殺しあう道だけ。


「……もう、喋るな」


何とか紡いだ言葉は、震えてはいなかっただろうか?
頬は、濡れてはいないだろうか?
私は悪役らしく、笑えているだろうか?
鏡などないこの場では確認しようがないが、それでも、そうであれと願う。
『勇者』の吐いた戯れ言を、私は一笑に付してしまわねばならないのだから。


「お喋りが過ぎたな。勇者よ。そろそろ良い時だろう――殺しあいを始めようか」


――それで、私の想いにも終いを付けられるというものだ。


「……お前も大概狡いね」

「知らなかったのか?私は狡く卑怯な魔物なんだよ」


勇者が哀しげに吐いた言葉に、けれど私は嗤って言った。
『魔王』として『勇者』に殺される。
私達には世界が決めた取り決め通りに歩むだけしか最初から道が用意されていない。
少しばかり予想外な展開はあったが、この程度は修正の効く範囲だろう。
何せ『勇者』が想いを告げた『魔王』は、もうすぐ世界から居なくなるのだから。


(『好き』と、そう言って貰えた。その言葉で、もう、満足だ)


だから世界よ。
お前が決めた通りに散り逝く悪しき者の言葉など、聞いたりなどしないかも知れないが。
それでもどうか、どうか、


(アイツの苦しむ時間を、少しでも短く)


願うことは、もうそれだけだ。
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