SS 101~120

例えば僕が勇者ではなくて。
キミが魔王ではなくて。
ただの普通の、何の力も持たない人間だったなら。
僕達の関係は、何か変わっていたのかな?


そんなことを問いかければ、彼女はくだらないと一蹴する。
結構真剣な悩みなのに、酷いなぁとボヤけば鼻で嗤われた。酷い。


「でもでも、考えない?こんな殺し合うだけの運命よりも、平和で平凡で、つまらない人生で出会いたかったって」

「お前勇者になる前の人生はそんなにつまらなかったのか」

「つまらなかったよ」


キミに出会うまで、つまらなくてつまらなくて、本当にただ生きているような状態だった。
楽しみなんて見出せない、誰がどう見てもつまらない人生を送っていた。
それに不平も不満も言う気力すらなかったんだから、本当につまらない男だったんだろうな。僕は。
――けど、


「キミが現れてから、僕の世界に色が付いた。だから、キミの存在だけが僕の今の生きる理由」

「それは……かなり問題になる発言じゃないか?」

「ふふ。そうだね」


そうだけど、でもやっぱり。


「好きな子には「好きだ」って、誰に憚ることなく僕は言いたいし、そんな誰にだって許されているような事さえままならない世界なら、いっそ壊れてしまったって構わないって、僕は思ってるんだよね」

「ご乱心か?勇者殿」


馬鹿にするような笑みを浮かべながらも、その声色には諌めるような色が混ざっていた。
殊更優しい魔物の王は、人間にすら優しくするのだ。
それが例えば、自分を虫の息にした相手にだって。
何の戸惑いもなく。何の疑問も抱かず。


「ね、魔王。僕はキミが好きだよ」

「そうか。それは聞かなかったことにしておこう」

「ふふ。優しいなぁ。キミは」


優しすぎて、いっそ悪意の塊にしか感じないよ。
心の中だけで吐き捨てて、ニコリと笑みを浮かべる。


「それでも、キミが好きだ」

「生憎、お前の戯れ言は何も聞こえんよ」

「酷いなぁ、本当」


優しくて、酷い。
それでもどうしようもなく愛しくて。堪らない。
僕のものには決してなってはくれなかった、気高き魔物の王。


「ねぇ、大好きなんだ」


何を言っても聞かなかったことにしてやるとしか言われないだろうけれど。
好きだと言うことを僕はやめない。
唇を動かすことをやめない。
聞こえないと言うのなら、何度だって言い続けてやる。
しつこいと、うるさいと。そう言われても。

――だって、コレで最期なのだ。


「……お前は本当に、しつこいなぁ」


呆れたような声に、うん、と返す。


「うん。しつこいんだよ。僕。それに凄く執念深くて嫉妬深い」

「そんな情報は、別に要らないんだが」

「知ってよ。僕のこと。僕のことでキミの頭をいっぱいにしたいんだから。だから、」


――知ってよ。


囁きのような言葉に、けれど彼女はただ形の良い唇を歪め弧を作り「しつこい男は嫌われるぞ」と笑うだけ。
結局、最期まで答えはくれなかった。


「……本当に、キミは酷いよね」


降り積もったばかりの、誰にも穢されていない新雪のような白い頬に手を当てる。
体温を感じられない肌は、まるで氷のように冷たい。


「僕、まだキミの頭を僕でいっぱいに出来てないんだけど」


不満の声は空気に溶けるだけで返事は返ってこない。
彼女は出逢った時から全く変わらない容赦の無さで、僕の言葉に一度も答えを返してはくれなかった。


「酷いな」


もう何度も吐き捨てた言葉を零して、固く瞼を閉じている彼女を見下ろした。
ポツリ。彼女の頬に雫が落ちる。
ああ、雨でも降っているのかな、なんて思っていれば、もう一滴、雫が頬に落ちてきた。
ポツリ。ポツリ。増えていく雫に、このまま雨が激しくなったら大変だと思いながらも動けない。


「……ああ、そうか」


しばらくして、ふと思う。


「僕の役目は終わったんだから、もう僕が何をしたっていいよね…?」


ぽそり、呟いた言葉に反論してくれる相手はいない。
つまりそれは、この雨が止むまで、いや。止んだ後も。
僕が彼女の側に居たって誰にも何も言われないということで。


もう『魔王』はこの世界の何処にも居ない。
『勇者』が倒してしまったから。
つまりそれは、この世界に『勇者』は不要の存在になったということで。
これから『勇者』がどうなろうと、きっとこの国の人間は気にも掛けないのだろう。
異端が消えたと、喜ばれはするかも知れないけど、と自嘲気味に嗤う。


「ねえ、好きだよ」


もう『魔王』は何処にも居ない。
もう『勇者』は何処にも要らない。
何を言っても、誰に咎められることはない。
まあ、咎められたとしても言っていたけれど。


「ね、キミの答えを聞かせてよ?」


温度のない彼女の頬を両の掌で包んで、額を寄せ合った。


「教えてくれないなら、訊きに行くけど……いい?」


悪いなんて言わせるつもりはないけれど。
何も応えてくれないのを知りながら、それを良い事に訊いてしまう。
『魔王』と『勇者』なんて型枠が取り払われた僕達の間に、もう阻む壁はない。
きっと彼女は怒るだろうけれど、二人で幸せになるにはコレしか方法が思い付かなかったのだから仕方ない。


キミの居ない世界に魅力なんてないよ。
折角キミが僕の世界に色をくれたのだから。
それを無駄にするなんてできないしね。


だから、さ。


――どうか次に会うときは、素直なキミの言葉を聞かせて欲しいな。


「大好きだよ」
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