SS 81~100

またか、と溜め息を吐きながら靴箱の中を呆れた目で見やる。
上履きの上にちょこんと置かれたシンプルな白い封筒。ここ最近見慣れてしまったものだ。
初めてコレが靴箱に入っていた日には驚きと、少しばかりの嬉しさが滲んだものだ。手紙を開いた数秒後には違う意味で驚いたけれど。


(さて、どうするべきか)


出来ればこの手紙の中身は見たくない。正直触りたくもない。
けれど、開かない。という選択は存在しない。
無視して捨ててしまったその日の放課後に、この手紙の送り主に、何をしてもいいけど一度は読んで欲しい、と直接言われたから。
コレを聞いたとき、「話しかけて来れるならこんな手紙を送ってこないで直接言いにくればいいのに」なんて少々的外れなことを思ったものだ。
まあ、本当にそんな事をされたら困るから言わなかったけども。


「……読むしかないかね」


はあ、と深い溜め息をもう一度吐いて、上靴の上に置かれた手紙を手に取る。
真白い便箋にはいつだってたった一言しか書かれていない。


【好きです】


この言葉自体はいい。好意を寄せられて嬉しくない人間なんて余程相性が悪くない限りは居ないはずだ。
だから、それはいい。
問題はその言葉が書かれている字体というか、色というか。
まあ、つまり、


「血文字の殴り書きはやめてってあれだけ言ったのに……」


そういうことだ。
真っ白な便箋一杯に大きく血で書かれた「好きです」なんてただのホラーだ。
怖いとか恐ろしいとかいう以前に重い。重すぎる。気持ちが重すぎて受け止めきれない。
朝からこんな疲れた気分にさせられるのはもう嫌なんだけどなぁ。なんて言った所であの男は聞かないのだろう。
というか初めて接触してきた日からちょいちょい話しかけてくるようになったんだからこの手紙はもうやめようよ。
まあ、そんな言葉も無視されたけれど。
私が好きなら私の話くらいは聞いて欲しいなぁ、ホントに。


(そしてちゃんと私が読んでるか見てるなら、もう逸そ直接渡しに来ればいいのに)


「直接渡すなんて……恥ずかしいじゃないですか」なんて頬を赤らめながら言っていたけれど、恥じらう場面が明らかに違うと思うのは私だけだろうか。
実害がコレだけだから別にいいんだけど。いや、全然全く良くはない。処分方法とか保存場所とかもし万が一この手紙を誰かに見られてあらぬ噂を立てられたらとか、そんなことを考えると決して良い訳ではない。
だけど別に、知らない相手じゃないからいいか。なんて思えるくらいには慣れてしまった。んん。正確には慣らされてしまった、か。


「はあ……困ったなぁ」


いい加減こんな重たくてしょうがない手紙なんて貰いたくはないし、毎日毎日ストーカーばりに見張っているあの男にもどうしたものかと思わないわけでもない。
でも、


(別に心の底から嫌だとは思ってないんだよね)


それが一番困ったものだ。





「あ、先輩!今日も読んでくださってありがとうございます!」

「いや、「読んでくれないと先輩の目の前で先輩の記憶に焼き付けるようなえぐい死に方で死にます」って言われたら読むしかないよね」

「明日は趣向を凝らしてみようかと思うんで、是非明日も読んでくださいね!」

「いつもやめてって言ってるのに趣向を凝らすとか……君はもしかして実は私のことが嫌いだったりするのかな?」

「俺が先輩のこと嫌うなんて――明日人類が滅亡するとか言われるくらいありえません」

「君の発想はすごいね。斜め上すぎてついて行けないよ。あとイケメンの真顔ほど怖いものはないからやめて」

「先輩に褒められた…!」

「ううん。別に褒めてはいないかな」
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