短編置き場(ほの庭)
神がおわす村。彼々津村。
何十年、もしかしたら何百年も昔だったのかも知れない。
どれほど昔か分からないが、ある時からこの村を救ってくださった神を讃え敬う為のお祭りが開かれるようになった。
また次の一年を何事もなく過ごす為の祈願の祭り。
その祭りには時折、祀っている神が遊びに来る時があるらしい。
神は狐の仮面を被り、稲穂のような髪を持った姿をしているのだとか。
そこまで知られていながら誰も見たことがないというその神の姿。
――そんな神が今、りんご飴を売っていたオレの目の前に居る。
「キスケ、りんご飴食べたい」
「またか? 本当に好きだな、てめぇは」
目の前に居るのは狐面を被った男と、その男の傍にぴたりと寄り添う同じく狐面を被った子供。
性別は分からないが、女物の浴衣を着ているので、女の子なのだろうか? 今はマイノリティの時代なので服だけではまったく性別は分からないし判断も出来ないが。
狐面はこの祭りでは普通に売っているからよく見る。よく見るならどうしてこの二人を神だと思ったのか。
簡単な話だ。この二人が『誰にも認識されていない』からに他ならない。
認識はされていないのに、そこに何かが、誰かが居るかのように二人が居るそこだけを人は上手いこと避けていく。
これはもう、神が祭りに遊びに来たとしか言えないだろう。
だが、オレは言ってはならない。神に気づいたことを口に出してはならない。
村の掟にあるからだ。【気付いても口に出してはならない】と。
その掟の意味だけが今まで分からなかったが、きっとこの二人に関してのことだったのだろう。
「おい、りんご飴ふたつくれ」
「……は、はい!」
震える手でりんご飴をふたつ手渡せば、嬉しそうな雰囲気を纏った子供はぺこりと頭を下げる。
「ありがとう、キスケ」
狐面を上げ、ふわりと口元だけでも笑ったと分かる子供はりんご飴に嬉しそうに口付ける。その子供らしからぬ仕草と妖艶な雰囲気を見てしまい、何故だかどきりとしてしまう。
それに目敏く気づいたのだろう。男は低い声で小さく呟いた。
「幸せに生涯を過ごしたいなら、今のことは忘れるこったな」
ああ、これは牽制だと気づいた。この子供を見るなという牽制だと。見てしまったなら忘れてしまえと。きっとそうしなければオレの人生には良くないことが起きるのだと、嫌でも理解した。
男の声に首がもげる程に頷けば、満足したのだろう。二人の姿はもうそこにはなかった。
気が抜けたのか、なんなのか。へなへなと腰が抜けたオレを見て村長が近寄って静かに言った。
「今のは忘れろ。決して誰にも言うなよ」
知っているのか、とか。気づいていたのか、とか。なら助けてくれても良かったんじゃないか、とか。
色々言いたいことはあったけれども。
腰を抜かしたオレは気の抜けた声で「はい……」と返事をすることしか出来なかった。
***
「キスケ、あんなに殺気を向けたら可哀想だよ?」
「てめぇに好意を持った人間を俺が許せると思ってんのか?」
「アメはキスケしか見てないのに?」
その言葉に少しばかり気が張っていた心が和らぐ。
アメは時折、気紛れに祭りがある日に外に出ては祭りを楽しんでいる。
昔よりもだいぶ変容した祭りだが、それでもりんご飴の味だけは変わらない。
くるくるとりんご飴の棒を回していれば「食べないの?」と聞かれた。アメはもう食べてしまったらしい。
「食うか?」
「それはキスケのだよ」
「なら、俺からの贈り物ってことで」
「どういうこと?」
首を傾げながら受け取るアメに曖昧に笑う。
嫌だったのだ。あの人間に意識を向けたことが。あまり好きではない甘いものを自分も買ったのは、そんな理由で。
全部自分にのみ向けて欲しいと願ってしまうのは、未だ人間だった頃と同じような欲が残っているということなのだろうか。
この欲が消えるくらいならば、アメへの執着がなくなってしまうくらいならば。
このままでいいと思ってはいるけれども。
「キスケ、またお祭り行こうね」
「……まあ、てめぇの気が向いたらな」
「そうだね、また明日から庭の手入れをしなくちゃだもんね」
次は何年後かなあ、というアメの声に、次がすぐ来ないことを何処かで願ってしまうのだ。
何十年、もしかしたら何百年も昔だったのかも知れない。
どれほど昔か分からないが、ある時からこの村を救ってくださった神を讃え敬う為のお祭りが開かれるようになった。
また次の一年を何事もなく過ごす為の祈願の祭り。
その祭りには時折、祀っている神が遊びに来る時があるらしい。
神は狐の仮面を被り、稲穂のような髪を持った姿をしているのだとか。
そこまで知られていながら誰も見たことがないというその神の姿。
――そんな神が今、りんご飴を売っていたオレの目の前に居る。
「キスケ、りんご飴食べたい」
「またか? 本当に好きだな、てめぇは」
目の前に居るのは狐面を被った男と、その男の傍にぴたりと寄り添う同じく狐面を被った子供。
性別は分からないが、女物の浴衣を着ているので、女の子なのだろうか? 今はマイノリティの時代なので服だけではまったく性別は分からないし判断も出来ないが。
狐面はこの祭りでは普通に売っているからよく見る。よく見るならどうしてこの二人を神だと思ったのか。
簡単な話だ。この二人が『誰にも認識されていない』からに他ならない。
認識はされていないのに、そこに何かが、誰かが居るかのように二人が居るそこだけを人は上手いこと避けていく。
これはもう、神が祭りに遊びに来たとしか言えないだろう。
だが、オレは言ってはならない。神に気づいたことを口に出してはならない。
村の掟にあるからだ。【気付いても口に出してはならない】と。
その掟の意味だけが今まで分からなかったが、きっとこの二人に関してのことだったのだろう。
「おい、りんご飴ふたつくれ」
「……は、はい!」
震える手でりんご飴をふたつ手渡せば、嬉しそうな雰囲気を纏った子供はぺこりと頭を下げる。
「ありがとう、キスケ」
狐面を上げ、ふわりと口元だけでも笑ったと分かる子供はりんご飴に嬉しそうに口付ける。その子供らしからぬ仕草と妖艶な雰囲気を見てしまい、何故だかどきりとしてしまう。
それに目敏く気づいたのだろう。男は低い声で小さく呟いた。
「幸せに生涯を過ごしたいなら、今のことは忘れるこったな」
ああ、これは牽制だと気づいた。この子供を見るなという牽制だと。見てしまったなら忘れてしまえと。きっとそうしなければオレの人生には良くないことが起きるのだと、嫌でも理解した。
男の声に首がもげる程に頷けば、満足したのだろう。二人の姿はもうそこにはなかった。
気が抜けたのか、なんなのか。へなへなと腰が抜けたオレを見て村長が近寄って静かに言った。
「今のは忘れろ。決して誰にも言うなよ」
知っているのか、とか。気づいていたのか、とか。なら助けてくれても良かったんじゃないか、とか。
色々言いたいことはあったけれども。
腰を抜かしたオレは気の抜けた声で「はい……」と返事をすることしか出来なかった。
***
「キスケ、あんなに殺気を向けたら可哀想だよ?」
「てめぇに好意を持った人間を俺が許せると思ってんのか?」
「アメはキスケしか見てないのに?」
その言葉に少しばかり気が張っていた心が和らぐ。
アメは時折、気紛れに祭りがある日に外に出ては祭りを楽しんでいる。
昔よりもだいぶ変容した祭りだが、それでもりんご飴の味だけは変わらない。
くるくるとりんご飴の棒を回していれば「食べないの?」と聞かれた。アメはもう食べてしまったらしい。
「食うか?」
「それはキスケのだよ」
「なら、俺からの贈り物ってことで」
「どういうこと?」
首を傾げながら受け取るアメに曖昧に笑う。
嫌だったのだ。あの人間に意識を向けたことが。あまり好きではない甘いものを自分も買ったのは、そんな理由で。
全部自分にのみ向けて欲しいと願ってしまうのは、未だ人間だった頃と同じような欲が残っているということなのだろうか。
この欲が消えるくらいならば、アメへの執着がなくなってしまうくらいならば。
このままでいいと思ってはいるけれども。
「キスケ、またお祭り行こうね」
「……まあ、てめぇの気が向いたらな」
「そうだね、また明日から庭の手入れをしなくちゃだもんね」
次は何年後かなあ、というアメの声に、次がすぐ来ないことを何処かで願ってしまうのだ。
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