短編置き場(ほの庭)
キスケに会いに行ったら知らない女の人がキスケの上に乗っかっていた。
「……っアメ!? これは、ちがっ!」
「き、」
「あ、アメ?」
「キスケのばかーー!!」
「誰が馬鹿だ!? 待ちやがれ!」
女の人にのしかかられた状態から抜け出せないままのキスケの声が背中越しに聞こえるけれども、そんなどころではない。
あの女の人は誰だろう? どうしてキスケのところに居たんだろう? というか、どうしてキスケは抵抗していなかったんだろう。
何巡目かの問い掛けに答えは出ず。答えを知っている筈のキスケはまるでそれが当然だとばかりに追いかけてこない。
ああ、キスケはあの女の人の方がいいんだ。アメよりも……。
そこまで考えると心がどんよりと沈んでいくのが分かった。
はあ、と溜め息を吐いても庭に帰ってきてしまえば誰も気にかけてくれる人は居ない。
自分のことを気にかけてくれるのは精々庭で飼っている愛犬くらいだ。
心配そうに、くぅんと鳴く愛犬はそのままペロペロと頬を撫でてくる。
「わ、どうしたの?」
甘えたになるなんてあまりないのに。
主の思考でも読み取って心配してくれたのだろうか?
なんて優しい愛犬なのだろう。あまりの優しさに涙が出そうになる。
「あれ?」
そこではたと気付いた。
どうしてこんなに傷ついているのだろう、と。
キスケは人の子だ。いくら左目を対価にアメのことを助けてくれたとしても、今の道理ではキスケ人の子。
人は人と番うのが自然の摂理。ずっと見てきたじゃないか。人の営みとはそういうものだと。
どうしてキスケだけは違うのだろう。どうしてキスケのことを想うとこんなにも心臓が痛くなるのだろう。
分からないことに混乱している間に、愛犬に押し倒されていた。未だペロペロと舐める舌は顔中に広がっている。
ただの戯れなので止めはしないし、そんなことよりさっきの光景が脳裏に受かんではズキンズキンと心臓が痛む。
「……どうして」
どうしてキスケだけは違うのだろう。
「おいコラ。てめぇそれは浮気だろう」
「……キスケ?」
「……よお」
視線を上に向ければそこにはキスケが居た。
どうして? さっきの女の人は誰? もういいの?
そんな思考が襲ってきては、声になる前に喉元で止まってしまう。
「てめぇ、さっきはよくも逃げてくれたな」
「だって、キスケはお楽しみ中ってやつだったんでしょ?」
「はあ? 誰からそんな言葉覚えたんだ?」
「……コンノ」
「……一回、話し合いが必要そうだなァ」
ボソッとそんなことを呟くキスケは気に喰わないとばかりにアメの上にのしかかったままの愛犬を退かす。
愛犬は心なしか「まったく世話の焼ける子達だ」とばかりに一瞥をくれたあと、庭を駆けて行った。
「で? お前はナニ勝手に舐められてんだよ?」
「犬に舐められるのは親愛の証拠だよ」
「ああ、そうかよ」
なるほどな、と頷くとキスケはアメの肩をがしりと掴む。
「キスケ……?」
無言でキスケはアメに身体を近付ける。
ベロリ
「~~っ!? き、キスケ!?」
「なんだよ、犬がご主人様のこと舐めるのは親愛の証拠なんだろ?」
「キスケは人間!」
「なんでもいいんだよ。てめぇに嫌われるくらいなら、犬にでもなんでもなってやるぜ?」
本気なのか冗談なのか、キスケはそんなことを言って笑った。
心なしか先程よりは機嫌がよさそうだ。
「……さっきの人、誰?」
「ん? ……さぁな?」
「さぁな、って」
「寝込みを急に襲われたから抵抗したらどっか消えた。だから知らねぇよ」
「……そう」
その言葉にきっと嘘はない。でも、本当のことも隠してる。
それが分かったけれども、分からないふりをして頷いた。
「びっくりした」
「そりゃ悪かったな」
「本当にびっくりしたんだよ?」
「悪かったって」
「……キスケ」
お願い、約束して?
キスケがもしも誰かに恋したら、その時は――
「アメに一番に会いに来てね?」
そうしたらアメが、一番に祝福するから。
にっこりと笑ってそう言えば、キスケは少しだけ考える素振りを見せたあとに「いいぜ」と頷く。
「その時がくりゃあな」
まるでそんな日が来ないみたいな発言だ。
その態度に今は少しだけ安心する。
なのにどうしてこんなにも心臓の辺りがざわつくのだろう。
キスケの未来を考えたら、その方がいい筈なのに、どうして……。
そこまで考えていたらキスケが不意に頭を撫でてきた。
「キスケ?」
「てめぇはただ、この村に居てくれりゃあいいんだ。それだけでいい」
そう言ってキスケは朗らかに笑う。
その笑顔がアメは好き。キスケの笑顔は春のお日様みたいにあたたかくて、大好き。
「ふふ」
「んだよ、機嫌よくなりやがって」
「うん、だってアメ、キスケのことが大好きだから」
「……は、」
「うん? どうしたの、キスケ? 顔、真っ赤だよ?」
「いや、……ダイジョウブダ、ナンデモナイ」
そう言いながらもキスケは「どうせアメのことだから深い意味はない」だの、「期待するな」だのブツブツ言っている。
一体どうしたんだろう、とキスケの挙動を見ている。
可愛くて可哀想で憐れで愛しい人の子。
誰のものにもならなければいいのに。
誰のものにもならなければ、優しいキスケはきっとアメと一緒に居てくれるのに。
……ああ、そうか。
「キスケをアメのものにしちゃえばいいのか」
そっか、そっか。それがいい。
キスケはアメのところに三日三晩も通ってくれた。
アメもそれに応えなくてはいけないね。
「キスケ」
くいっとキスケの袖を引く。
キスケは「どうした?」と首を傾げた。
「だいすき」
憐れで愛しい人の子よ。
ヒトデナシに想われると云うことを知るが良い。
「……っアメ!? これは、ちがっ!」
「き、」
「あ、アメ?」
「キスケのばかーー!!」
「誰が馬鹿だ!? 待ちやがれ!」
女の人にのしかかられた状態から抜け出せないままのキスケの声が背中越しに聞こえるけれども、そんなどころではない。
あの女の人は誰だろう? どうしてキスケのところに居たんだろう? というか、どうしてキスケは抵抗していなかったんだろう。
何巡目かの問い掛けに答えは出ず。答えを知っている筈のキスケはまるでそれが当然だとばかりに追いかけてこない。
ああ、キスケはあの女の人の方がいいんだ。アメよりも……。
そこまで考えると心がどんよりと沈んでいくのが分かった。
はあ、と溜め息を吐いても庭に帰ってきてしまえば誰も気にかけてくれる人は居ない。
自分のことを気にかけてくれるのは精々庭で飼っている愛犬くらいだ。
心配そうに、くぅんと鳴く愛犬はそのままペロペロと頬を撫でてくる。
「わ、どうしたの?」
甘えたになるなんてあまりないのに。
主の思考でも読み取って心配してくれたのだろうか?
なんて優しい愛犬なのだろう。あまりの優しさに涙が出そうになる。
「あれ?」
そこではたと気付いた。
どうしてこんなに傷ついているのだろう、と。
キスケは人の子だ。いくら左目を対価にアメのことを助けてくれたとしても、今の道理ではキスケ人の子。
人は人と番うのが自然の摂理。ずっと見てきたじゃないか。人の営みとはそういうものだと。
どうしてキスケだけは違うのだろう。どうしてキスケのことを想うとこんなにも心臓が痛くなるのだろう。
分からないことに混乱している間に、愛犬に押し倒されていた。未だペロペロと舐める舌は顔中に広がっている。
ただの戯れなので止めはしないし、そんなことよりさっきの光景が脳裏に受かんではズキンズキンと心臓が痛む。
「……どうして」
どうしてキスケだけは違うのだろう。
「おいコラ。てめぇそれは浮気だろう」
「……キスケ?」
「……よお」
視線を上に向ければそこにはキスケが居た。
どうして? さっきの女の人は誰? もういいの?
そんな思考が襲ってきては、声になる前に喉元で止まってしまう。
「てめぇ、さっきはよくも逃げてくれたな」
「だって、キスケはお楽しみ中ってやつだったんでしょ?」
「はあ? 誰からそんな言葉覚えたんだ?」
「……コンノ」
「……一回、話し合いが必要そうだなァ」
ボソッとそんなことを呟くキスケは気に喰わないとばかりにアメの上にのしかかったままの愛犬を退かす。
愛犬は心なしか「まったく世話の焼ける子達だ」とばかりに一瞥をくれたあと、庭を駆けて行った。
「で? お前はナニ勝手に舐められてんだよ?」
「犬に舐められるのは親愛の証拠だよ」
「ああ、そうかよ」
なるほどな、と頷くとキスケはアメの肩をがしりと掴む。
「キスケ……?」
無言でキスケはアメに身体を近付ける。
ベロリ
「~~っ!? き、キスケ!?」
「なんだよ、犬がご主人様のこと舐めるのは親愛の証拠なんだろ?」
「キスケは人間!」
「なんでもいいんだよ。てめぇに嫌われるくらいなら、犬にでもなんでもなってやるぜ?」
本気なのか冗談なのか、キスケはそんなことを言って笑った。
心なしか先程よりは機嫌がよさそうだ。
「……さっきの人、誰?」
「ん? ……さぁな?」
「さぁな、って」
「寝込みを急に襲われたから抵抗したらどっか消えた。だから知らねぇよ」
「……そう」
その言葉にきっと嘘はない。でも、本当のことも隠してる。
それが分かったけれども、分からないふりをして頷いた。
「びっくりした」
「そりゃ悪かったな」
「本当にびっくりしたんだよ?」
「悪かったって」
「……キスケ」
お願い、約束して?
キスケがもしも誰かに恋したら、その時は――
「アメに一番に会いに来てね?」
そうしたらアメが、一番に祝福するから。
にっこりと笑ってそう言えば、キスケは少しだけ考える素振りを見せたあとに「いいぜ」と頷く。
「その時がくりゃあな」
まるでそんな日が来ないみたいな発言だ。
その態度に今は少しだけ安心する。
なのにどうしてこんなにも心臓の辺りがざわつくのだろう。
キスケの未来を考えたら、その方がいい筈なのに、どうして……。
そこまで考えていたらキスケが不意に頭を撫でてきた。
「キスケ?」
「てめぇはただ、この村に居てくれりゃあいいんだ。それだけでいい」
そう言ってキスケは朗らかに笑う。
その笑顔がアメは好き。キスケの笑顔は春のお日様みたいにあたたかくて、大好き。
「ふふ」
「んだよ、機嫌よくなりやがって」
「うん、だってアメ、キスケのことが大好きだから」
「……は、」
「うん? どうしたの、キスケ? 顔、真っ赤だよ?」
「いや、……ダイジョウブダ、ナンデモナイ」
そう言いながらもキスケは「どうせアメのことだから深い意味はない」だの、「期待するな」だのブツブツ言っている。
一体どうしたんだろう、とキスケの挙動を見ている。
可愛くて可哀想で憐れで愛しい人の子。
誰のものにもならなければいいのに。
誰のものにもならなければ、優しいキスケはきっとアメと一緒に居てくれるのに。
……ああ、そうか。
「キスケをアメのものにしちゃえばいいのか」
そっか、そっか。それがいい。
キスケはアメのところに三日三晩も通ってくれた。
アメもそれに応えなくてはいけないね。
「キスケ」
くいっとキスケの袖を引く。
キスケは「どうした?」と首を傾げた。
「だいすき」
憐れで愛しい人の子よ。
ヒトデナシに想われると云うことを知るが良い。
