短編置き場(ほの庭)
アメ、……アメ……。
眠っていた頭がすすり泣きながら自分を呼ぶ声を拾い上げる。
ぼんやりとした重い瞼をゆっくりと開ける。
その瞬間、飛び込んできた光景に驚いてベッドの上で後退ってしまう。
「……キスケ?」
「アメ……」
そこに居たのはキスケ。その両目はどこか虚ろで何を見ているか分からない。
否、正確には自分という存在を見ていることは分かる。分かるのだが、その視線はどこか遠く、視線がどうにも合わない。
慌てて起き上がった自分の背丈に合わせるように、ベッドを覗き込んでいたキスケの首も少し動く。
「どうしたの?」
けれどもやっぱり視線だけは合わない。
首を傾げてキスケを見れば、キスケは眉を顰めながら自分に触れるか触れまいかを悩むような素振りを見せた。
まるで触れたら何か嫌なことが起きるとばかりに。
……ならないのに。キスケに触れられた程度で、自分は決して何者にもならないのに。
それはキスケがどうこう、ということではない。
キスケという人の子が好きだ。だから自分に悪影響は起きないと、そういうだけの話。
「キスケ、――アメのこと見て」
その言葉を聞いてキスケはビクリと肩を震わせえる。命令のように聞こえたのかも知れない。けれど自分としてはただのお願いだ。
キスケに自分を、「アメ」という存在を見て欲しいと。それだけの思いのただのお願い。
虚ろな視線はぐるぐると目玉を動かし、徐々に落ち着いて視点が定まっていく。
そうしているうちにキスケは不意に「あ?」と小さく声を上げた。
「なんで、てめぇが居るんだ?」
「ここ、アメの家」
「は?」
ぐるりと辺りを見回すとその言葉の意味が分かったのか、キスケは驚いたように目を見開いて「んなっ」と声を上げる。
「なんで!」
それはアメが知りたい。
心底そう思ったけど、キスケが自分以上に動揺しているのが分かったから仕方がないと肩を竦める。
きっとキスケは悪い夢でも見ていたのだ。そういうことにしておこう。
「キスケ。もう夜遅いよ。寝よう」
「ああ、そうだ……は?」
たまたま今日、大きなベッドを作っておいて良かった。
眠気に負け始めたまなことぼやけた頭は睡眠を欲している。
ポンポンと布団を叩いてキスケを呼べば、キスケは戸惑ったように「さすがに婚前交渉は……」とか変なことを言っている。
……コンゼンコウショウ、ってなんだろう?
「いいから、寝よ? キスケ」
「~~っ! アメ、俺は……!」
「寝よ?」
いいから寝かせて欲しい。
今日は深夜に起こされなかったのに、まさかキスケに起こされるとは思わなかった。
昼間の仕事で疲れ切った身体は何度でも言うが、睡眠を欲していた。
キスケは顔を真っ赤に染めておずおずと布団の中に入ってくる。
それを確認して、ようやく眠れると安心して瞼を伏せた。
「……アメ? ……何も聞かねぇのか……?」
「……」
いいから寝ようよ、キスケ。
たぶんキスケは悪い夢を見ていたんだ。
だから仕方がないんだよ。
「……俺は、――てめぇが居なくなるのが怖い」
「……」
「心底、怖い」
その声は震えていて、とてもじゃないがいつものキスケじゃないみたい。
まるで子供のようだ。そう、例えば――大人の居ない嵐の夜に怯える子供のよう。
不安でいっぱいで仕方がないと、その声だけで伝わってくる。
「キスケ」
「……起きてたのか」
「アメはどこにも行かないよ」
「……っ! そんなの、」
「どこにも行かない。ここに居るよ」
のそのそと腕を上げキスケの頬にそっと手を添えると、よしよしと安心させるように優しく撫でる。
「アメはずっと、ここに居るから」
だからキスケも安心して寝ていいんだよ。
そう言えば、キスケに身体を抱き締められた。
ギュッと内臓でも出てしまいそうな強さで抱き締められて、少し苦しい。
苦しいけど、キスケがこれで安心して眠れるならそれでもいいか。
日々は暗い夜ばかりが続くわけじゃない。明るい太陽は必ず朝に顔を出すから。
だから安心して眠ってね。
「おやすみ、キスケ」
「……おやすみ、アメ」
***
ちゅん、ちゅん、とスズメの鳴く声が聞こえる。
強い身体への圧迫感で目が覚めた。
(そうだ、昨日キスケが来たんだった)
身体をずらそうと捻っても、起き上がろうともがいても、キスケは起きない。
すやすやと穏やかな寝顔を見せている。
その顔を見て、まあたまにはいいかとあくびをひとつ嚙み殺すと、再び瞼を閉じた。
余談ではあるが。
昼頃に目を覚ましたキスケが自分の腕の中で眠っているアメを見て、自体の把握が出来ず大きな声で叫び声をあげたせいで、アメと約束をしていたリンがコンノを連れて般若の顔で飛んでくるのは、――そう遠くない話。
「あなたも罪なヒトですねェ」
「そう思うなら変わって欲しい」
「嫌ですよ。タダでそんなことするわけないじゃないですか」
それにあなた、あの人を手放せるんですか?
「……やっぱりコンノはアメと変わらなくていい」
「おやおや、誰とのことも言っていないというのに」
ニヤニヤと笑うコンノの顔は心底楽しいと語っている。
ヒトのことを娯楽か何かだと思っているのだろうか。
困ったものだと思いながらも、この村で暮らすことが嫌ではないと思っている自分が居る。
コンノの言う手放せない人が今まさに烈火の如く己よりもひと回りは年下に怒られて小さくなっていようとも、それすらもいとおしくて仕方がないのだから。
本当に、困ったものだ。
一体どちらが真に依存しているというのだろうか。
ふふ、と口角を上げてリンに怒られているキスケを見つめる。
自分の中のどろりとした感情はまだキスケには見せてあげない。
同じくらいどろどろになったら、見せてあげてもいいかも知れない。
その日が来るのはとってもとっても、
「楽しみ」
そんな声を聞いてコンノは溜め息を吐くと、「馬には蹴られたくないものですねェ」と小さく呟いた。
眠っていた頭がすすり泣きながら自分を呼ぶ声を拾い上げる。
ぼんやりとした重い瞼をゆっくりと開ける。
その瞬間、飛び込んできた光景に驚いてベッドの上で後退ってしまう。
「……キスケ?」
「アメ……」
そこに居たのはキスケ。その両目はどこか虚ろで何を見ているか分からない。
否、正確には自分という存在を見ていることは分かる。分かるのだが、その視線はどこか遠く、視線がどうにも合わない。
慌てて起き上がった自分の背丈に合わせるように、ベッドを覗き込んでいたキスケの首も少し動く。
「どうしたの?」
けれどもやっぱり視線だけは合わない。
首を傾げてキスケを見れば、キスケは眉を顰めながら自分に触れるか触れまいかを悩むような素振りを見せた。
まるで触れたら何か嫌なことが起きるとばかりに。
……ならないのに。キスケに触れられた程度で、自分は決して何者にもならないのに。
それはキスケがどうこう、ということではない。
キスケという人の子が好きだ。だから自分に悪影響は起きないと、そういうだけの話。
「キスケ、――アメのこと見て」
その言葉を聞いてキスケはビクリと肩を震わせえる。命令のように聞こえたのかも知れない。けれど自分としてはただのお願いだ。
キスケに自分を、「アメ」という存在を見て欲しいと。それだけの思いのただのお願い。
虚ろな視線はぐるぐると目玉を動かし、徐々に落ち着いて視点が定まっていく。
そうしているうちにキスケは不意に「あ?」と小さく声を上げた。
「なんで、てめぇが居るんだ?」
「ここ、アメの家」
「は?」
ぐるりと辺りを見回すとその言葉の意味が分かったのか、キスケは驚いたように目を見開いて「んなっ」と声を上げる。
「なんで!」
それはアメが知りたい。
心底そう思ったけど、キスケが自分以上に動揺しているのが分かったから仕方がないと肩を竦める。
きっとキスケは悪い夢でも見ていたのだ。そういうことにしておこう。
「キスケ。もう夜遅いよ。寝よう」
「ああ、そうだ……は?」
たまたま今日、大きなベッドを作っておいて良かった。
眠気に負け始めたまなことぼやけた頭は睡眠を欲している。
ポンポンと布団を叩いてキスケを呼べば、キスケは戸惑ったように「さすがに婚前交渉は……」とか変なことを言っている。
……コンゼンコウショウ、ってなんだろう?
「いいから、寝よ? キスケ」
「~~っ! アメ、俺は……!」
「寝よ?」
いいから寝かせて欲しい。
今日は深夜に起こされなかったのに、まさかキスケに起こされるとは思わなかった。
昼間の仕事で疲れ切った身体は何度でも言うが、睡眠を欲していた。
キスケは顔を真っ赤に染めておずおずと布団の中に入ってくる。
それを確認して、ようやく眠れると安心して瞼を伏せた。
「……アメ? ……何も聞かねぇのか……?」
「……」
いいから寝ようよ、キスケ。
たぶんキスケは悪い夢を見ていたんだ。
だから仕方がないんだよ。
「……俺は、――てめぇが居なくなるのが怖い」
「……」
「心底、怖い」
その声は震えていて、とてもじゃないがいつものキスケじゃないみたい。
まるで子供のようだ。そう、例えば――大人の居ない嵐の夜に怯える子供のよう。
不安でいっぱいで仕方がないと、その声だけで伝わってくる。
「キスケ」
「……起きてたのか」
「アメはどこにも行かないよ」
「……っ! そんなの、」
「どこにも行かない。ここに居るよ」
のそのそと腕を上げキスケの頬にそっと手を添えると、よしよしと安心させるように優しく撫でる。
「アメはずっと、ここに居るから」
だからキスケも安心して寝ていいんだよ。
そう言えば、キスケに身体を抱き締められた。
ギュッと内臓でも出てしまいそうな強さで抱き締められて、少し苦しい。
苦しいけど、キスケがこれで安心して眠れるならそれでもいいか。
日々は暗い夜ばかりが続くわけじゃない。明るい太陽は必ず朝に顔を出すから。
だから安心して眠ってね。
「おやすみ、キスケ」
「……おやすみ、アメ」
***
ちゅん、ちゅん、とスズメの鳴く声が聞こえる。
強い身体への圧迫感で目が覚めた。
(そうだ、昨日キスケが来たんだった)
身体をずらそうと捻っても、起き上がろうともがいても、キスケは起きない。
すやすやと穏やかな寝顔を見せている。
その顔を見て、まあたまにはいいかとあくびをひとつ嚙み殺すと、再び瞼を閉じた。
余談ではあるが。
昼頃に目を覚ましたキスケが自分の腕の中で眠っているアメを見て、自体の把握が出来ず大きな声で叫び声をあげたせいで、アメと約束をしていたリンがコンノを連れて般若の顔で飛んでくるのは、――そう遠くない話。
「あなたも罪なヒトですねェ」
「そう思うなら変わって欲しい」
「嫌ですよ。タダでそんなことするわけないじゃないですか」
それにあなた、あの人を手放せるんですか?
「……やっぱりコンノはアメと変わらなくていい」
「おやおや、誰とのことも言っていないというのに」
ニヤニヤと笑うコンノの顔は心底楽しいと語っている。
ヒトのことを娯楽か何かだと思っているのだろうか。
困ったものだと思いながらも、この村で暮らすことが嫌ではないと思っている自分が居る。
コンノの言う手放せない人が今まさに烈火の如く己よりもひと回りは年下に怒られて小さくなっていようとも、それすらもいとおしくて仕方がないのだから。
本当に、困ったものだ。
一体どちらが真に依存しているというのだろうか。
ふふ、と口角を上げてリンに怒られているキスケを見つめる。
自分の中のどろりとした感情はまだキスケには見せてあげない。
同じくらいどろどろになったら、見せてあげてもいいかも知れない。
その日が来るのはとってもとっても、
「楽しみ」
そんな声を聞いてコンノは溜め息を吐くと、「馬には蹴られたくないものですねェ」と小さく呟いた。
