短編置き場(ほの庭)
雨が降っている。
この雨はいつ止むのだろうか?
ザーザーと降りしきる雨粒を浴びながら天を仰ぐ。
「……どうしたの?」
小さな、けれどもその中にしっかりと意思を感じる声が聞こえてそちらを見やる。
そこには自分と同じく雨粒に濡れたアメの姿。
「ナニしてやがる……」
こんな雨の中、こいつはせっせと仕事をこなしているのは分かっていた。
真面目なこいつは願われれば断ることが出来ないこいつは、ただそうあることが普通であるとでも言うかのようにその身を粉にしながら働く。
いつかこいつの小さな身体が壊れてしまわないかと不安に襲わては、こいつの正体を思い出してその可能性を否定する。
否定して、安心したいのだろう。
こいつが自分の前から居なくなる未来を、そうなってしまう運命の欠片を。ひとつひとつ静かに、けれども確実に潰していくことが出来たなら。
そんなことが出来たなら、俺はどれだけ安心して夜を眠ることが出来るだろうか。
困ったように眉を下げるアメを見て、問いに応えていないことを思い出す。
「……雨に打たれてたんだよ」
「……!? どうして?」
驚いた顔をするアメに、小さく笑って「別に、深い意味はねぇ」と答えた。
本当に深い意味はない。
この雨粒ひとつひとつを感じたかった。ただそれだけ。
そうしたらもしかしたらアメ自身を感じられるような……そんな気がしたから。
「びしょ濡れなのに」
「テメェだってびしょ濡れだろうが」
きょとんとした顔をするアメに、ああもう仕方がないとばかりにアメに近付くとその身体に触れた。
恐ろしいほどに冷たいその身体は雨のせいか、それとも――
一瞬過った考えを振り払うように頭を小さく振ってから「行くぞ」と、アメに聞こえるようにハッキリと言う。
「どこに?」
慌てるような素振りを見せるアメは何がなんだか分からないと言わんばかりだ。
その姿に自然と口角が上がるのが分かる。
「俺ん家」
「……なんで?」
その問いが、即答でなくて良かった。意味が分からないとばかりに即答されたらその腕に、足に、枷を付けていたかも知れない。
自分の心臓はアメの一挙手一投足によって跳ねるし、自分の心はアメの言動によって動かされる。
そんな風にアメに生かされている自分が心地好いと、そう感じてしまっている時点で相当この子に依存しているのだろう。分かっていても、もうやめられないのだが。
願わくば、どうかこの小さな神様も自分に依存してくれたならば。
そんなことを浅ましくも願ってしまうのだ。
「風邪引かねぇように」
「……そっか」
何かを飲み込むように、アメは小さく頷いた。
本当に納得したのかは分からない。けれどもこの問答が無意味だと気づいたのだろう。
何をしても何を言っても俺の家に連れて行かれる運命なのだと。
そう、気づいたのだろう。
「あのね、キスケさん」
「んー?」
担がれながらアメが俺の名を呼ぶ。その声は柔らかく、春の風のように優しい。
それがどれほど甘く、脳に痺れるように聞こえているか、アメはきっとアメのすべてを掛けても知ることはないだろう。
アメという存在が消えてしまうほど長く俺が在れたなら。
そうしたら二人仲良く消えることが出来るのに。
雨粒に打たれながら考えていたことなんて、そんな程度のことなのだ。
自分はどう足掻いても、もう小さな神様のことしか考えられない。
そういう運命の輪に入ってしまったし、それを悔やむ人生を俺は送りたくはない。
そんなことを考えていたら、アメは小さく「ありがとう」とお礼を言ってくる。
「……何に対してだよ?」
「雨宿りさせてくれるんでしょ? だから、ありがとう」
その言葉はいけない。甘い甘い柔らかな棘。
心に突き刺さって取れてはくれない。
(ああ、この雨がもっともっと降ってくれたなら)
――そうしたらアメは、あの庭に帰らずにいてくれるだろうか?
この浅ましい願いがこの土地の神々に届くことはないだろう。
それでいい、それがいい。
それでも願ってしまうのは人間のサガなのだろう。
(浅ましいなァ)
アメに出逢ってから、俺の世界はまるで一等星が照らすように輝いている。
それに比例するように、心の影も濃くなったが。そんなことはどうでもいい。
アメは誰にでも優しいから。誰にでも優しいままで在ってくれるなら、俺はまだ地に落ちる必要はないだろうから。
でも、もし。ナニかの手違いで誰かのモノになってしまうのならば。
その時は――
「キスケさん? どうしたの?」
「……なんでも、」
なんでもないと言おうとした。
けれどもその小さな手のひらで頬を撫でられたことで言葉が詰まる。
まるで傷口にでも触れるような手つきだ。触れられた場所が涙が出そうになるほど痛んだような、そんな気がした。
だというのに、
「いたいのいたいのとんでけー」
「っは、……なんだ、それ」
柔らかくて、優しい言葉。無垢なまでの優しさが突き刺さる。
可愛くて、愛おしくて。だからこそ傷つけてしまいたくなって。
それでもどうしたって、自分がどうなったって守ってやりたくなる。
「痛そうな顔してたから」
「……ありがとな」
願って、祈って。いつかそれが呪いになってしまったとしても。
アメという神様は、それすらも受け止めてくれるのだろうか?
礼を言えば嬉しそうにくしゃりと顔を歪めてご機嫌な表情を浮かべるアメに、俺も自然と口角が上がってしまう。
こんなに雨が降っているのに。こんなにお互いずぶ濡れなのに。
なんだか可笑しくて、不思議で。一体自分は何をしているのだろうと笑いたくなってしまった。
いつかこの黒いモヤが心臓から飛び出して、アメを傷つけてしまう日が来た時は。
今度こそ、この命を捧げてでもアメを守ってやりたい。
きっとそれが今の一番の本心。
「まだ雨、降ってるね」
「そうだなァ」
いつやむかも分からない雨の中、二人きり。
この日常もいつかはなくなって、ただの記憶になってしまうのだろうか?
ザーザーと降りしきる雨は未だやまず。
けれどもこの雨もいつかはやんで、太陽は必ず現れる。
それでも今は、今だけは。
この二人きりの雨宿りに幸福を感じていたいと、そう願ってやまないのだ。
この雨はいつ止むのだろうか?
ザーザーと降りしきる雨粒を浴びながら天を仰ぐ。
「……どうしたの?」
小さな、けれどもその中にしっかりと意思を感じる声が聞こえてそちらを見やる。
そこには自分と同じく雨粒に濡れたアメの姿。
「ナニしてやがる……」
こんな雨の中、こいつはせっせと仕事をこなしているのは分かっていた。
真面目なこいつは願われれば断ることが出来ないこいつは、ただそうあることが普通であるとでも言うかのようにその身を粉にしながら働く。
いつかこいつの小さな身体が壊れてしまわないかと不安に襲わては、こいつの正体を思い出してその可能性を否定する。
否定して、安心したいのだろう。
こいつが自分の前から居なくなる未来を、そうなってしまう運命の欠片を。ひとつひとつ静かに、けれども確実に潰していくことが出来たなら。
そんなことが出来たなら、俺はどれだけ安心して夜を眠ることが出来るだろうか。
困ったように眉を下げるアメを見て、問いに応えていないことを思い出す。
「……雨に打たれてたんだよ」
「……!? どうして?」
驚いた顔をするアメに、小さく笑って「別に、深い意味はねぇ」と答えた。
本当に深い意味はない。
この雨粒ひとつひとつを感じたかった。ただそれだけ。
そうしたらもしかしたらアメ自身を感じられるような……そんな気がしたから。
「びしょ濡れなのに」
「テメェだってびしょ濡れだろうが」
きょとんとした顔をするアメに、ああもう仕方がないとばかりにアメに近付くとその身体に触れた。
恐ろしいほどに冷たいその身体は雨のせいか、それとも――
一瞬過った考えを振り払うように頭を小さく振ってから「行くぞ」と、アメに聞こえるようにハッキリと言う。
「どこに?」
慌てるような素振りを見せるアメは何がなんだか分からないと言わんばかりだ。
その姿に自然と口角が上がるのが分かる。
「俺ん家」
「……なんで?」
その問いが、即答でなくて良かった。意味が分からないとばかりに即答されたらその腕に、足に、枷を付けていたかも知れない。
自分の心臓はアメの一挙手一投足によって跳ねるし、自分の心はアメの言動によって動かされる。
そんな風にアメに生かされている自分が心地好いと、そう感じてしまっている時点で相当この子に依存しているのだろう。分かっていても、もうやめられないのだが。
願わくば、どうかこの小さな神様も自分に依存してくれたならば。
そんなことを浅ましくも願ってしまうのだ。
「風邪引かねぇように」
「……そっか」
何かを飲み込むように、アメは小さく頷いた。
本当に納得したのかは分からない。けれどもこの問答が無意味だと気づいたのだろう。
何をしても何を言っても俺の家に連れて行かれる運命なのだと。
そう、気づいたのだろう。
「あのね、キスケさん」
「んー?」
担がれながらアメが俺の名を呼ぶ。その声は柔らかく、春の風のように優しい。
それがどれほど甘く、脳に痺れるように聞こえているか、アメはきっとアメのすべてを掛けても知ることはないだろう。
アメという存在が消えてしまうほど長く俺が在れたなら。
そうしたら二人仲良く消えることが出来るのに。
雨粒に打たれながら考えていたことなんて、そんな程度のことなのだ。
自分はどう足掻いても、もう小さな神様のことしか考えられない。
そういう運命の輪に入ってしまったし、それを悔やむ人生を俺は送りたくはない。
そんなことを考えていたら、アメは小さく「ありがとう」とお礼を言ってくる。
「……何に対してだよ?」
「雨宿りさせてくれるんでしょ? だから、ありがとう」
その言葉はいけない。甘い甘い柔らかな棘。
心に突き刺さって取れてはくれない。
(ああ、この雨がもっともっと降ってくれたなら)
――そうしたらアメは、あの庭に帰らずにいてくれるだろうか?
この浅ましい願いがこの土地の神々に届くことはないだろう。
それでいい、それがいい。
それでも願ってしまうのは人間のサガなのだろう。
(浅ましいなァ)
アメに出逢ってから、俺の世界はまるで一等星が照らすように輝いている。
それに比例するように、心の影も濃くなったが。そんなことはどうでもいい。
アメは誰にでも優しいから。誰にでも優しいままで在ってくれるなら、俺はまだ地に落ちる必要はないだろうから。
でも、もし。ナニかの手違いで誰かのモノになってしまうのならば。
その時は――
「キスケさん? どうしたの?」
「……なんでも、」
なんでもないと言おうとした。
けれどもその小さな手のひらで頬を撫でられたことで言葉が詰まる。
まるで傷口にでも触れるような手つきだ。触れられた場所が涙が出そうになるほど痛んだような、そんな気がした。
だというのに、
「いたいのいたいのとんでけー」
「っは、……なんだ、それ」
柔らかくて、優しい言葉。無垢なまでの優しさが突き刺さる。
可愛くて、愛おしくて。だからこそ傷つけてしまいたくなって。
それでもどうしたって、自分がどうなったって守ってやりたくなる。
「痛そうな顔してたから」
「……ありがとな」
願って、祈って。いつかそれが呪いになってしまったとしても。
アメという神様は、それすらも受け止めてくれるのだろうか?
礼を言えば嬉しそうにくしゃりと顔を歪めてご機嫌な表情を浮かべるアメに、俺も自然と口角が上がってしまう。
こんなに雨が降っているのに。こんなにお互いずぶ濡れなのに。
なんだか可笑しくて、不思議で。一体自分は何をしているのだろうと笑いたくなってしまった。
いつかこの黒いモヤが心臓から飛び出して、アメを傷つけてしまう日が来た時は。
今度こそ、この命を捧げてでもアメを守ってやりたい。
きっとそれが今の一番の本心。
「まだ雨、降ってるね」
「そうだなァ」
いつやむかも分からない雨の中、二人きり。
この日常もいつかはなくなって、ただの記憶になってしまうのだろうか?
ザーザーと降りしきる雨は未だやまず。
けれどもこの雨もいつかはやんで、太陽は必ず現れる。
それでも今は、今だけは。
この二人きりの雨宿りに幸福を感じていたいと、そう願ってやまないのだ。
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