夢術廻戦
これは秘密。誰にも話せない、僕だけの秘密。
「あのね、」
彼岸花のような赤い髪を頭の上でひとつに括り、新緑を閉じ込めたような瞳を輝かせる目の前の女の子。
同級生である、花彼此舞宵さんは嬉しそうにその頬を紅潮させながら語っていた。
僕はそれをうんうんと聞いている、聞いているようでいて、ただその印象的な瞳を見つめているに等しいかも知れない。彼女の反応のすべてが、僕にとっては宝物なのだ。
——でも、彼女が語るのは別に僕の話ではない。
「乙骨くん。聞いてるの?」
「あはは、ごめんごめん。大丈夫。聞いてるよ?」
「それならいいけど……」
「それで? 狗巻くんがその時どうしたの?」
「そうそう。その時棘くんがね、」
滑らかに話し出す言の葉のすべては狗巻くんへの愛の言葉。
僕と彼女はいつからか秘密の会話をするようになった。会話と言っても、狗巻くんに対しての愛を語る彼女に相槌を打つだけだけだから、会話と言っていいのかは分からないけれども。
恋をする女の子は可愛く見える、というのは本当らしい。
僕は狗巻くんに恋をしている舞宵さんに恋をしている。
だからきっと、この秘密の会話はその恋心に気付いた時点でやめなくてはいけなかったのだ。
(とはいえ伝える気はないんだけどね……)
狗巻くんも舞宵さんも僕にとってはどちらも大事な仲間で友達だ。
この仲間の輪を乱すようなことを僕は決してしたくない。
いや、そんなことは建前で。本当は彼女と過ごすこの時間を失いたくないだけなのかも知れないけれども。
(それでも、もし)
もしも僕に彼女との間に可能性があるのなら、——そこまで考えて、やめた。
可能性が億が一にでもあったところで、舞宵さんが狗巻くんへの恋心を消すことも、ましてや狗巻くんを諦めることも現状ないだろう。
それくらいは分かる。分かるくらいにはこの秘密の時間は続いているのだ。
狗巻くんが任務に行って学校にいない時に交わされるこの時間を、僕はいとおしいと感じてしまっている。
だからこそ、僕こそがこの恋心を諦めるべきだというのに。
「舞宵さんは狗巻くんが本当に好きなんだね」
「当たり前だよ! 棘くんは優しくて格好良くて素敵で、本当に本当に大好き!」
力説する彼女の新緑の瞳はキラキラと輝いていて、舞宵さんが狗巻くんに対して抱く恋心が本物だと証明している。
それでもどこかで夢想するのだ。
彼女が僕を見てくれるのではないのかと。
そんな夢を見ては、やはりそれは夢だったのだと落胆する。
やめてしまえばいいのに、やめられない。
彼女が狗巻くんを諦めるだなんて世界は、天地がひっくり返ってもないというのに。それなのに、それでも僕はどうしたって彼女のことが好きなのだ。
「早く、伝えちゃえばいいのに……」
「乙骨くん? 何か言った?」
「……ううん。何も」
何も言ってないよ。そう言って僕は笑いながら座っていた教室の椅子の背もたれに体重をかけた。古い椅子はぎしりと音を立てて悲鳴を上げる。
舞宵さんが狗巻くんに想いを伝えてしまったら、この秘密の時間はなくなってしまうのだろうか? それは少し悲しい。いや、少しどころではないか。
どこまでも自分本位で、それを人間の醜さと言われたらそれまでだけれども。
「狗巻くんに、早く伝わるといいね」
口から滑り出た言葉は本当なのに。
きみの想い、ぜんぶ。僕にくれたなら。そんなにも嬉しいことはないというのに。
彼女の想いのすべては、狗巻くんのものなのだから笑ってしまうな。
「乙骨くんは優しいね」
何も知らない彼女はそう言って微笑むから、僕も同じように笑みを浮かべる。
この優しさに関しては舞宵さんだけなんだよ。
そう言ったなら、舞宵さんはどういう反応をするだろうか?
見てみたいような、困らせたくないような。いっそ困って欲しいような。
きっとこれが僕が抱く舞宵さんへの想いの形なのだろう。
(それはなんて歪な形をしているのだろうか)
それでも。どれだけ歪でも、これは確かに——恋なのだ。
(不毛だな……)
早く、はやく。彼女が狗巻くんと幸せになってくれたなら。
僕もそれを見て幸せになれる気がする。
そう思って、瞼を閉じた。
「あのね、」
彼岸花のような赤い髪を頭の上でひとつに括り、新緑を閉じ込めたような瞳を輝かせる目の前の女の子。
同級生である、花彼此舞宵さんは嬉しそうにその頬を紅潮させながら語っていた。
僕はそれをうんうんと聞いている、聞いているようでいて、ただその印象的な瞳を見つめているに等しいかも知れない。彼女の反応のすべてが、僕にとっては宝物なのだ。
——でも、彼女が語るのは別に僕の話ではない。
「乙骨くん。聞いてるの?」
「あはは、ごめんごめん。大丈夫。聞いてるよ?」
「それならいいけど……」
「それで? 狗巻くんがその時どうしたの?」
「そうそう。その時棘くんがね、」
滑らかに話し出す言の葉のすべては狗巻くんへの愛の言葉。
僕と彼女はいつからか秘密の会話をするようになった。会話と言っても、狗巻くんに対しての愛を語る彼女に相槌を打つだけだけだから、会話と言っていいのかは分からないけれども。
恋をする女の子は可愛く見える、というのは本当らしい。
僕は狗巻くんに恋をしている舞宵さんに恋をしている。
だからきっと、この秘密の会話はその恋心に気付いた時点でやめなくてはいけなかったのだ。
(とはいえ伝える気はないんだけどね……)
狗巻くんも舞宵さんも僕にとってはどちらも大事な仲間で友達だ。
この仲間の輪を乱すようなことを僕は決してしたくない。
いや、そんなことは建前で。本当は彼女と過ごすこの時間を失いたくないだけなのかも知れないけれども。
(それでも、もし)
もしも僕に彼女との間に可能性があるのなら、——そこまで考えて、やめた。
可能性が億が一にでもあったところで、舞宵さんが狗巻くんへの恋心を消すことも、ましてや狗巻くんを諦めることも現状ないだろう。
それくらいは分かる。分かるくらいにはこの秘密の時間は続いているのだ。
狗巻くんが任務に行って学校にいない時に交わされるこの時間を、僕はいとおしいと感じてしまっている。
だからこそ、僕こそがこの恋心を諦めるべきだというのに。
「舞宵さんは狗巻くんが本当に好きなんだね」
「当たり前だよ! 棘くんは優しくて格好良くて素敵で、本当に本当に大好き!」
力説する彼女の新緑の瞳はキラキラと輝いていて、舞宵さんが狗巻くんに対して抱く恋心が本物だと証明している。
それでもどこかで夢想するのだ。
彼女が僕を見てくれるのではないのかと。
そんな夢を見ては、やはりそれは夢だったのだと落胆する。
やめてしまえばいいのに、やめられない。
彼女が狗巻くんを諦めるだなんて世界は、天地がひっくり返ってもないというのに。それなのに、それでも僕はどうしたって彼女のことが好きなのだ。
「早く、伝えちゃえばいいのに……」
「乙骨くん? 何か言った?」
「……ううん。何も」
何も言ってないよ。そう言って僕は笑いながら座っていた教室の椅子の背もたれに体重をかけた。古い椅子はぎしりと音を立てて悲鳴を上げる。
舞宵さんが狗巻くんに想いを伝えてしまったら、この秘密の時間はなくなってしまうのだろうか? それは少し悲しい。いや、少しどころではないか。
どこまでも自分本位で、それを人間の醜さと言われたらそれまでだけれども。
「狗巻くんに、早く伝わるといいね」
口から滑り出た言葉は本当なのに。
きみの想い、ぜんぶ。僕にくれたなら。そんなにも嬉しいことはないというのに。
彼女の想いのすべては、狗巻くんのものなのだから笑ってしまうな。
「乙骨くんは優しいね」
何も知らない彼女はそう言って微笑むから、僕も同じように笑みを浮かべる。
この優しさに関しては舞宵さんだけなんだよ。
そう言ったなら、舞宵さんはどういう反応をするだろうか?
見てみたいような、困らせたくないような。いっそ困って欲しいような。
きっとこれが僕が抱く舞宵さんへの想いの形なのだろう。
(それはなんて歪な形をしているのだろうか)
それでも。どれだけ歪でも、これは確かに——恋なのだ。
(不毛だな……)
早く、はやく。彼女が狗巻くんと幸せになってくれたなら。
僕もそれを見て幸せになれる気がする。
そう思って、瞼を閉じた。
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