夢術廻戦
そこに彼女が居たのが分かった。
嬉しくて、早く彼女を感じたくて走り出せば、まるでそれを邪魔するかのように足に纏わりつく花の群衆。
「棘くん」
あたたかなきみの声。会いたくて堪らなかった、きみの姿。
声を出したい。きみの名前を呼びたい。一度も呼んだことのない、きみの名前を。
「まだ、こっちに来たら駄目だよ」
困ったように笑ってそう言うきみは指を指す。
それは自分の背後に向けられていた。
それが何処を意味しているのか分かって、眉を顰める。
ようやく同じところに来れたのに。
ようやく自分の役目も終わったと言うのに。
きみの居ない世界で、まだ自分に息をしろと言うのか。
なんて惨いことを言うのだろう。
それでも、彼女は微笑み続けていた。
足元で炎が燃え盛る。まるで足にしがみ付く死神を追い払うような炎だった。きっと彼女が行ったのだろうと、なんとなくだが分かった。
「さ、棘くん。今ならまだ帰れるよ」
声を出そうとした。せめて否定の言葉を吐こうとした。なのに出来なかった。
これも彼女がしていることなのだろうか? 彼女は自分と再び会えてもまったく嬉しくはなかったのだろうか?
そんな疑念が顔に出たのだろう。彼女は困ったように眉根を下げて、そうして言った。
「棘くんお願い。どうか生きて。私の分まで。――生きて」
生きて、と願うならどうしてきみは生きてはくれなかったのだろう?
どうして自分を置いて逝ってしまったのだろう。
嫌だと首を振るのに、世界はどんどん自分を元居た世界に引き戻していく。
「……っ、待ってろ!」
どうなるか分からないのに。
こんな寂しい場所で待たせてしまうのは申し訳なかったのに。
それでも自分を待っていて欲しかった。
視界が明るく染まる。
最後に見えた彼女は――嬉しそうに頷いていた。
***
ふと、意識が浮上する。
目をゆるりと開ければそこは真白い天井で、消毒液の臭いがツンと鼻を擽る。
「……っ」
起き上がろうとしたけれども、できなかった。身体に痛みが走る。
ふらふらと視線を彷徨わせれば、ここが医務室だということが分かった。
「棘⁉ 起きたのか!」
パンダが声を掛けてきた。それに釣られるように真希もこちらを見る。
ああ、ここは。彼女の居ない、――現実だ。
彼女は一年前。呪霊との死闘により死んだ。相打ちだったらしい。
その死体は今も尚、彼女を囲って居た家が保管しているらしいが、其れは秘匿されていて、今の自分では攫うことすらできない。
死体になんて興味はないが。自分が興味があるのは、コロコロと表情の変わる、彼女自身。
「……っ、めんた、いこ」
鼻声で呟いた言葉を正確に理解してくれる彼女はもうこの世界の何処にもいない。
ふいに泣き出した自分が誰を想い、何を感じているのかが分かったのだろう。二人は顔を見合わせると部屋の外に出て行った。
今はその気遣いにすらも何も言えないくらい、疲弊していた。
彼女が居た場所はきっと地獄だろう。あんな場所が天国だと言われても、彼女が居てくれるのであれば納得してしまうかもしれないが。
そんな場所に「待っていろ!」だなんて言ってしまった。
呪いの言葉を吐いてしまった。
彼女のことだからあまり深くは考えていないかもしれないが。
それでも、どうか。……どうか。
(また会えるその日まで)
きみがあの場所でも安寧に過ごせますように。
きみだけが大事なんだ。大事で、大切で。
だから、もっと強くなったらきみを取り戻す。
死んでからも尚、呪物として使われている魂の抜けたきみの空の躰を。
(待っていて)
どうか。どうかきみを取り戻した後、其処に往くその日まで。
――待っていて。
嬉しくて、早く彼女を感じたくて走り出せば、まるでそれを邪魔するかのように足に纏わりつく花の群衆。
「棘くん」
あたたかなきみの声。会いたくて堪らなかった、きみの姿。
声を出したい。きみの名前を呼びたい。一度も呼んだことのない、きみの名前を。
「まだ、こっちに来たら駄目だよ」
困ったように笑ってそう言うきみは指を指す。
それは自分の背後に向けられていた。
それが何処を意味しているのか分かって、眉を顰める。
ようやく同じところに来れたのに。
ようやく自分の役目も終わったと言うのに。
きみの居ない世界で、まだ自分に息をしろと言うのか。
なんて惨いことを言うのだろう。
それでも、彼女は微笑み続けていた。
足元で炎が燃え盛る。まるで足にしがみ付く死神を追い払うような炎だった。きっと彼女が行ったのだろうと、なんとなくだが分かった。
「さ、棘くん。今ならまだ帰れるよ」
声を出そうとした。せめて否定の言葉を吐こうとした。なのに出来なかった。
これも彼女がしていることなのだろうか? 彼女は自分と再び会えてもまったく嬉しくはなかったのだろうか?
そんな疑念が顔に出たのだろう。彼女は困ったように眉根を下げて、そうして言った。
「棘くんお願い。どうか生きて。私の分まで。――生きて」
生きて、と願うならどうしてきみは生きてはくれなかったのだろう?
どうして自分を置いて逝ってしまったのだろう。
嫌だと首を振るのに、世界はどんどん自分を元居た世界に引き戻していく。
「……っ、待ってろ!」
どうなるか分からないのに。
こんな寂しい場所で待たせてしまうのは申し訳なかったのに。
それでも自分を待っていて欲しかった。
視界が明るく染まる。
最後に見えた彼女は――嬉しそうに頷いていた。
***
ふと、意識が浮上する。
目をゆるりと開ければそこは真白い天井で、消毒液の臭いがツンと鼻を擽る。
「……っ」
起き上がろうとしたけれども、できなかった。身体に痛みが走る。
ふらふらと視線を彷徨わせれば、ここが医務室だということが分かった。
「棘⁉ 起きたのか!」
パンダが声を掛けてきた。それに釣られるように真希もこちらを見る。
ああ、ここは。彼女の居ない、――現実だ。
彼女は一年前。呪霊との死闘により死んだ。相打ちだったらしい。
その死体は今も尚、彼女を囲って居た家が保管しているらしいが、其れは秘匿されていて、今の自分では攫うことすらできない。
死体になんて興味はないが。自分が興味があるのは、コロコロと表情の変わる、彼女自身。
「……っ、めんた、いこ」
鼻声で呟いた言葉を正確に理解してくれる彼女はもうこの世界の何処にもいない。
ふいに泣き出した自分が誰を想い、何を感じているのかが分かったのだろう。二人は顔を見合わせると部屋の外に出て行った。
今はその気遣いにすらも何も言えないくらい、疲弊していた。
彼女が居た場所はきっと地獄だろう。あんな場所が天国だと言われても、彼女が居てくれるのであれば納得してしまうかもしれないが。
そんな場所に「待っていろ!」だなんて言ってしまった。
呪いの言葉を吐いてしまった。
彼女のことだからあまり深くは考えていないかもしれないが。
それでも、どうか。……どうか。
(また会えるその日まで)
きみがあの場所でも安寧に過ごせますように。
きみだけが大事なんだ。大事で、大切で。
だから、もっと強くなったらきみを取り戻す。
死んでからも尚、呪物として使われている魂の抜けたきみの空の躰を。
(待っていて)
どうか。どうかきみを取り戻した後、其処に往くその日まで。
――待っていて。