夢術廻戦

何度繰り返しても。
何度生き返っても。
何度死んだって。


この命はあなたの為に使いたいと。
ずっとそう思っているの。


にっこり笑ったその先には目を大きく開いた棘くんの姿。
やめろと言わんばかりに、ふるふると首を振るその姿が可愛いなぁ、と思うのに、どうしてだか少しだけツンと鼻の奥が痛くなった。

数日前、棘くんと合同任務の命を下された。
それを聞いた瞬間、はしゃぎまくって真希ちゃんに怒られたのは良い思い出だ。
私上級生なのに酷いよ真希ちゃん! っと叫べば、それすらも面倒くさそうな顔で、もっと正確に言うといつも通りの顔で、はいはい、と躱された。
もう! そんなつれないところも好きだよ! なんて叫べば、知ってる。とにやりと笑われた。
危うく本気で恋に落ちかけたのは良い思い出だ。

思い出。そうかぁ、これ、走馬灯かぁ。

そこまで考えて、ハッと目を覚ます。
そこには真っ赤な血だまりがあって、きっとこれは誰のものでもない私のものなのだろう。
そうでなければ、こんなにも脇腹が痛むこともないだろうて。
痛い通り越して、段々無になってきたなぁ。なんて脇腹を抑えながら辺りを見回す。

そこは真っ暗で、何もない。
何もないくせに、ナニか在る。
そんな空間だった。
ああ、これは不味いかも知れないなぁ、とギュッと唇を噛み締める。
少しの痛みで自我を保てるのはいいことだ。私はただでさえ燃費が悪いからね。

少し歩いてみようと足を踏み出せば、その空間がぐにゃりと曲がった。
なんだ、これ。こんなことが出来る呪霊なんて聞いたことがない。いや、居るのかも知れないけれども。少なくとも私は会ったことがない。会ったことがなければ、居るのか居ないのかも分からないというものだ。

「……っ、ぅ」

ぐにゃぐにゃするこんにゃくの上みたいな道を歩いていれば、うめき声が聞こえた。
その声には聞き覚えがあった。

「棘くん!」

一も二もなく走り出す。
視界に収めたのは、確かに棘くんだった。
ただし、その身体は真っ赤に染まっていた。
慌てて近寄れば棘くんは来るなとばかりに首を振る。
棘くんの視線の先。そこを見てしまった。
その時にはもう、後戻りは出来なかったのかも知れない。


分岐点と言えば、きっと此処なんだろうね?


『キタキタキキキキキキタ』

「……っ!?」

その呪力は一級以上。つまりは――特級呪物。
私の階級は一級。つまりは――
そこまで考えて首を振る。自分の死があまりに鮮明に見えたが、そんな未来を覆さないと私は棘くんを失ってしまう。
脇腹の痛みはもう感じない。噛み締めた唇からは鮮血が溢れ続けている。
でも、戦わないといけないから。
私は、呪術師だから。

「来なよ、特級」

ニヤリと笑って、誘う。
意味が通じたかは分からないけれども、特級は私に向かって飛んできた。
そこそこ気持ち悪いビジュアルの化け物が飛んでくる。
あー、最期に棘くんに抱き着きたかったなぁ。

まあ、でもいっか。


「棘くん。だいすきだよ」


いつもの声音で、いつもの言葉。
違うのはお互い瀕死の重傷ということ。
でも、棘くんは助かるだろう。
乙女の勘がそう言っている。こう見えてこの勘は結構当たるのだ。それだけは信じたい。
でも、もし。助からなくて。
もし、神様とやらが居るのだとしたら、どうか。

(最初っから、やり直したいなぁ……)

棘くんを好きな私だけど。棘くんは最後まで私を好きにはなってくれなかった。
それも悪くないけれども、私は折角この世に生を受けていたのだから、好きな人に好きだと言って貰えるような人生を送ってみたかった。
ま、それもこれから死ぬ運命の私には関係ないか。









ぱちりと目を開けたら、そこは見慣れた学校の教室だった。

「え?」

さっき確かに私、死んだ気がしたんだけどなぁ?
長い夢でも見てたのかな。

「あれ?――が起きてるの珍しいね」

「悟がちゃんと授業に来ることも珍しいね」

「僕これでも教師だからね? あ、そうそう」

今日からきみの後輩が入って来るよ! それも三人も!
なんて言葉を吐かれた瞬間、嫌な予想に心臓がバクバクと鳴り出す。

「へ、え……」

「あれ? あんまり興味ない? 確か、昔馴染みでしょ?」

「誰と、誰が?」

ああ、お願い。その名をどうか言わないで。

「ええとね、――狗巻棘。狗巻家の子だよ? 確か、知ってたよね?」

「……なるほどね」

「どうかした?」

「悟。今日、何年何月何日」

「は? どうしたの? まだ寝惚けてたりして」

「教えて」

私の気迫にきょとんとしている悟が呟いたその年月日は。
棘くんに再会した、その日だった。

「こんな、望みは叶えてくれるくせに……」

「どーしたの? おーい」

もう一度苦しめということか。
ただもう一度チャンスをやるということか。
そこは分からないけれども。

俯いていた顔を上げ、前を向く。
少し先に彼の、彼らの懐かしい気配を感じた。
もう二度と私は棘くんをあんな目に合わせたくない。
なら、どうする?

そこまで考えて、笑った。


「私が、――棘くんを好きにならなければいいんだ」


そうしたら関わりも少なくなる。もう抱き着いて呆れたような顔もされない。一石二鳥ではないか。
棘くんが死ぬリスクが減るのは良いことだ。
私には良いことしかない。

なのに、どうしてこんなにも胸が痛いのだろう?

ハッと息を吐く。落ち着けるように息を何度か吸って吐いた。



どうかこの過去で、あなたが死なない未来の為に。
この恋心よ。



――死んでくれ。
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