夢術廻戦
呪術高専三年、階級は一級。呪いをばっさばっさと文字通り切り捨てているわたしは、とある男の子に恋をしています。
「とっげくーん! 今日も大好き!」
「……おかか」
「え? いきなり何だって? やだなぁ、そこに棘くんが居たから抱き着いただけだよ!」
「……」
呆れておにぎりの具すら言わない棘くんは、それでも引き離すことはなかった。
「センパイ。後輩に何やってんスか」
「あ、真希ちゃーん! 真希ちゃんにもハグを……!」
「いや、要らないけど」
「酷いな⁉ わたしのハグだよ⁉」
「アンタどんだけ自分を過大評価してんだよ」
真希ちゃんは呆れたように眼鏡を直していた。
過大評価? 正当な評価だと思うんだけどなぁ。
「あ、そうそう。すっかり忘れてた」
「まだなんか二年の教室に用があるんですか、センパイ」
「うん。まだあるんだよ」
「勿体ぶってないで早く言ってください」
真希ちゃんはイライラしたように眉を顰める。
「あと棘からそろそろ離れてやったら?」
パンダくんは面白そうに笑っていた。
「五条せんせーから聞いた話なんだけど、乙骨くん。帰ってくるみたいだね」
「しゃけ!」
「棘くんが嬉しそうだとわたしも嬉しいよぉ!」
あの腹の中に何を抱えているか分からない男は苦手だが、まあ、棘くんが喜んでくれるならわたしはもうなんでもいい。棘くんこそ至上だからね。
わたしの命と棘くんの命、どっちが大事? と問われたら即答で『棘くん!』って答えられる自信がある。その自信しかないな。棘くん大好きか。大好きだよ。
そんな自問自答をしていたら真希ちゃんが鋭い視線でわたしを見て来た。どうしたんだろうなぁ、今日の真希ちゃん。いつもよりわたしの傍に居るのがつらそう。
これでも自分が能天気な自覚はあるので、まあ、なんというか。真希ちゃんにあまり好かれているとは思っていない。
真面目な真希ちゃんはそこが美徳だよね。うんうん。
わたしが男だったら真希ちゃんをお嫁さんにしていたかも知れないくらいには、わたしは真希ちゃんのこと大好きなんだけどなあ。
ままならないよね。禪院という力こそ至上みたいな家が絡むと。
かくいうわたしの家もそこそこそんな感じなんだけど。
「どうして、嘘なんて吐いた」
「嘘?」
「アイツはまだ帰って来る時期じゃねぇだろ」
「うーん。本当なんだけどなあ」
「アンタな……っ」
「ツナマヨ!」
「真希⁉」
真希ちゃんが倒れる。棘くんはわたしの抱擁を外し、パンダくんと共に駆け寄って行った。同級生には勝てないね。さすが絆で結ばれただけはある。
それにしても……。
「呪いを吐かせようとしたけど、案外しつこいね」
自分でも驚く程ひんやりと冷たい声が出た。
そう。普段の真希ちゃんはこんなにわたしにアタリはきつくない。なんなら一緒にふざけ合うくらいの中だ。
なのに今日はどうしてだかアタリがきつかった。
それは何故か?
真希ちゃんが呪われていたからだ。
巧妙に隠されていたその呪いの匂いに気付いたのは、恐らくわたしだけ。
この呪術高専で呪いにかかるなんて滅多にないこと……というわけでもない。
呪いはどこにでも発生する。それが幾重にも守られているこの呪術高専でも、例外ではないということだ。
そんなことはまあ、とりあえず置いておいて。
「真希ちゃん、大丈夫?」
『……コロ、……ス』
「そっかそっか。いま呪いを取り除いてあげるから頑張って耐えてね?」
真希ちゃんの意識の半分は乗っ取られている。でも半分はあるから、大丈夫な方かな。
真希ちゃんの身体、胸の辺りに手を添える。その手のひらをグッと押し込む。まるで心肺蘇生をするように何度か繰り返す。すると、真希ちゃんの口からボコッと黒いナニかが溢れてきた。
「棘くん!」
棘くんの名前を呼べば、それだけで理解してくれたのか棘くんは口元の制服をずらして、口を開く。
「【爆発しろ】」
真希ちゃんの中に居た呪いは一瞬ギュッとまとまって、そのあと暴発するように爆発した。
良かった良かった。真希ちゃんも無事だし、棘くんの喉も少ししか損傷していないようだ。パンダくんはいつでも動けるような体勢を取っていたけれども、戦闘がなくて良かった。
「で、先輩? どういうことだよ」
「しゃけ」
「うーん。棘くんもパンダくん何も分からずに協力しようとしてくれてたのかぁ。そういうところ好きだよ」
「セ ン パ イ」
「話すと長くなるんだけどね?」
パンダくんの圧を感じた。普段は感じない圧に仕方ないなぁ、と頭を掻いた。
「まず、五条せんせーが絡んでます。そのあと、宿儺の器の子も絡んでます。以上!」
「げほっ。……それだけで判断しろってか」
「あ、真希ちゃん目が醒めた?」
「あー……気分わりぃ……」
「そうだよねぇ、ごめんねぇ。わたしもなんとか真希ちゃんの体内に入る前になんとかしたかったんだけど……」
「別に。センパイが悪いわけじゃないだろ」
「真希ちゃん……すき!」
「その好意を誰にでも向ける癖やめないと、棘に伝わんねぇんじゃねぇの?」
「……」
「おかか?」
「と、とげくんに……本気で伝えたりなんかしたら……、その、恥ずかしくて学校と任務バックレちゃうかも知れないから……」
「アンタもしかして純情か⁉」
「しゃけ、しゃけ」
「棘くん……! そんな真希ちゃんの言葉に同意しなくても……っ」
涙目で叫べばポンポンと頭を撫でられた。クッ、好きな人に慰められて悔しいのと嬉しいので複雑!
これはまだ平凡な日々のこと。
わたしが任務で命を落とす、ほんの少しだけ前の幸せな日常。
「とっげくーん! 今日も大好き!」
「……おかか」
「え? いきなり何だって? やだなぁ、そこに棘くんが居たから抱き着いただけだよ!」
「……」
呆れておにぎりの具すら言わない棘くんは、それでも引き離すことはなかった。
「センパイ。後輩に何やってんスか」
「あ、真希ちゃーん! 真希ちゃんにもハグを……!」
「いや、要らないけど」
「酷いな⁉ わたしのハグだよ⁉」
「アンタどんだけ自分を過大評価してんだよ」
真希ちゃんは呆れたように眼鏡を直していた。
過大評価? 正当な評価だと思うんだけどなぁ。
「あ、そうそう。すっかり忘れてた」
「まだなんか二年の教室に用があるんですか、センパイ」
「うん。まだあるんだよ」
「勿体ぶってないで早く言ってください」
真希ちゃんはイライラしたように眉を顰める。
「あと棘からそろそろ離れてやったら?」
パンダくんは面白そうに笑っていた。
「五条せんせーから聞いた話なんだけど、乙骨くん。帰ってくるみたいだね」
「しゃけ!」
「棘くんが嬉しそうだとわたしも嬉しいよぉ!」
あの腹の中に何を抱えているか分からない男は苦手だが、まあ、棘くんが喜んでくれるならわたしはもうなんでもいい。棘くんこそ至上だからね。
わたしの命と棘くんの命、どっちが大事? と問われたら即答で『棘くん!』って答えられる自信がある。その自信しかないな。棘くん大好きか。大好きだよ。
そんな自問自答をしていたら真希ちゃんが鋭い視線でわたしを見て来た。どうしたんだろうなぁ、今日の真希ちゃん。いつもよりわたしの傍に居るのがつらそう。
これでも自分が能天気な自覚はあるので、まあ、なんというか。真希ちゃんにあまり好かれているとは思っていない。
真面目な真希ちゃんはそこが美徳だよね。うんうん。
わたしが男だったら真希ちゃんをお嫁さんにしていたかも知れないくらいには、わたしは真希ちゃんのこと大好きなんだけどなあ。
ままならないよね。禪院という力こそ至上みたいな家が絡むと。
かくいうわたしの家もそこそこそんな感じなんだけど。
「どうして、嘘なんて吐いた」
「嘘?」
「アイツはまだ帰って来る時期じゃねぇだろ」
「うーん。本当なんだけどなあ」
「アンタな……っ」
「ツナマヨ!」
「真希⁉」
真希ちゃんが倒れる。棘くんはわたしの抱擁を外し、パンダくんと共に駆け寄って行った。同級生には勝てないね。さすが絆で結ばれただけはある。
それにしても……。
「呪いを吐かせようとしたけど、案外しつこいね」
自分でも驚く程ひんやりと冷たい声が出た。
そう。普段の真希ちゃんはこんなにわたしにアタリはきつくない。なんなら一緒にふざけ合うくらいの中だ。
なのに今日はどうしてだかアタリがきつかった。
それは何故か?
真希ちゃんが呪われていたからだ。
巧妙に隠されていたその呪いの匂いに気付いたのは、恐らくわたしだけ。
この呪術高専で呪いにかかるなんて滅多にないこと……というわけでもない。
呪いはどこにでも発生する。それが幾重にも守られているこの呪術高専でも、例外ではないということだ。
そんなことはまあ、とりあえず置いておいて。
「真希ちゃん、大丈夫?」
『……コロ、……ス』
「そっかそっか。いま呪いを取り除いてあげるから頑張って耐えてね?」
真希ちゃんの意識の半分は乗っ取られている。でも半分はあるから、大丈夫な方かな。
真希ちゃんの身体、胸の辺りに手を添える。その手のひらをグッと押し込む。まるで心肺蘇生をするように何度か繰り返す。すると、真希ちゃんの口からボコッと黒いナニかが溢れてきた。
「棘くん!」
棘くんの名前を呼べば、それだけで理解してくれたのか棘くんは口元の制服をずらして、口を開く。
「【爆発しろ】」
真希ちゃんの中に居た呪いは一瞬ギュッとまとまって、そのあと暴発するように爆発した。
良かった良かった。真希ちゃんも無事だし、棘くんの喉も少ししか損傷していないようだ。パンダくんはいつでも動けるような体勢を取っていたけれども、戦闘がなくて良かった。
「で、先輩? どういうことだよ」
「しゃけ」
「うーん。棘くんもパンダくん何も分からずに協力しようとしてくれてたのかぁ。そういうところ好きだよ」
「セ ン パ イ」
「話すと長くなるんだけどね?」
パンダくんの圧を感じた。普段は感じない圧に仕方ないなぁ、と頭を掻いた。
「まず、五条せんせーが絡んでます。そのあと、宿儺の器の子も絡んでます。以上!」
「げほっ。……それだけで判断しろってか」
「あ、真希ちゃん目が醒めた?」
「あー……気分わりぃ……」
「そうだよねぇ、ごめんねぇ。わたしもなんとか真希ちゃんの体内に入る前になんとかしたかったんだけど……」
「別に。センパイが悪いわけじゃないだろ」
「真希ちゃん……すき!」
「その好意を誰にでも向ける癖やめないと、棘に伝わんねぇんじゃねぇの?」
「……」
「おかか?」
「と、とげくんに……本気で伝えたりなんかしたら……、その、恥ずかしくて学校と任務バックレちゃうかも知れないから……」
「アンタもしかして純情か⁉」
「しゃけ、しゃけ」
「棘くん……! そんな真希ちゃんの言葉に同意しなくても……っ」
涙目で叫べばポンポンと頭を撫でられた。クッ、好きな人に慰められて悔しいのと嬉しいので複雑!
これはまだ平凡な日々のこと。
わたしが任務で命を落とす、ほんの少しだけ前の幸せな日常。