夢術

「夏油くんは、眩しいね」
「……は?」
「いつかわたしはきみの光に焼かれてしまうことだろう」
「ナニ言ってるんです? 甘夏先輩?」

驚いたような表情をしながら、わたしを見る夏油くん。その彼を見上げながらわたしは思う。
やはり彼は眩しい。いつかこの忌々しい目を焼いて、きっとわたしという存在は焦げてしまうことだろう。
太陽が居ないと、きみが居ないと、わたしのような人間は生きてはいけない。
そうさせたのはきみだというのに。
きみはそんなことは知らないとばかりにわたしからいつか離れていくのだろう。

「いや、きみは本当に眩しい子だと思ってね」
「馬鹿にしてます?」
「いいや? わたしにとってきみは、本当にそういう存在なんだよ」

そう言えば夏油くんはサッと頬を染める。
何故そこで頬を染めたのかまったくわからないが、もしかしたらそういうものなのかも知れない。
呪霊の見えるきみが、一般家庭で育ったきみが、ここまでまっすぐ綺麗に育ってくれたこと。いつか親御さんに感謝したいものだ。
わたしや、例えば五条くんのような呪いというものがすぐ傍にある世界で生きている人間にはない感覚を持っている。
きっとわたしはそんなところに最初に惹かれたのだろう。

「それで夏油くん。それはそれとして、」

そこで一旦切って、本題だとばかりに彼に向き合う。

「どうしてきみ、こんなところに居るんだい?」

此処は高専のある東京から遠く離れた名前すらない村。
周りは木々が生い茂り、森という漢字はこうやって成り立ったのだろうと分かるような風景が広がっている。
何を伝えたいかと言えば、今此処に夏油くんが居るわけがないということだろうか?
夏油くんは今、それこそ五条くんと任務に当たっている筈だ。

「甘夏先輩が心配だったので」

そう言って、黒く濡れたまなこをわたしに固定したまま夏油くんはきょとりと首を傾げる。

「ふむ。きみはわたしのことを心配してくれるのかい?」
「それは、まあ。当然ですよ」
「……ふふ」
「何が、」
「知っているかい? 夏油くんはわたしと二人きりのとき、わたしのことを『なっちゃん』と呼んでくれるんだ」
「……っ! くそっ」

夏油くんの皮を被ったそれは、陽炎のようにゆらりと揺れる。
ゆら、ゆらと揺れるその陽炎は最後に一度大きく揺れると本来の姿をあらわにする。
自身の背丈よりも大きな呪霊を見つめて、わたしは静かに瞼を閉じる。
そうして再び瞼を開け、呪霊をこの目で捕えた時、呪霊は苦しそうに呻き声を上げるとそのまま消え去った。
はあ、と息を細く吐く。
わたしは呪霊相手にべらべらと何を話していたのだろうな、と苦笑する。
本人が目の前に居たら言えないことを喋っていた気がするが、とはいえ本人が居ないからこそ放てた言葉でもあったのだろう。

「さて、帰るとしよう」

――わたしの太陽の元へ。



******



「おや、夏油くん」
「……! おかえり、甘夏先輩」

一度肩を跳ねさせた彼がわたしのことを呼ぶ『甘夏』という声は弾み、『おかえり』という声はあまりに甘い。
夏油くんの敬語と素の言葉が混ざるところが好きだ。
ふふ、と笑えば彼は不思議そうに首を傾げてわたしを見やる。
その仕草の可愛さは、当然ではあるがあんな呪霊では逆立ちしたって真似出来ないだろうね。
そんなことを思いながら夏油くんを見やる。

「夏油くん」
「なんですか? 甘夏先輩?」
「いや。好きだなぁ、と思ってね」

その言葉を伝えた瞬間、夏油くんは驚きのあまり近くにあったバケツに足を突っ込んてこけてしまった。

「何をしているんだい? 夏油くん」
「あ、あなたがそんなこと言うからでしょうが!」

噛み付くようにそう叫ぶ夏油くんは耳まで真っ赤に染めている。
ああ、本当に。

「可愛いね、夏油くん」
「あなた、ホント……いつか覚えてろよ……」

ボソッと呟かれた言葉は聞かなかったフリをして。
わたしは転んだままの夏油くんに手を差し出す。
夏油くんはわたしの手を取りそのまま立ち上がる……わけではなく、思いっきり引いた。
男性の力に勝てるわけもなく、そのまま夏油くんの身体の上に倒れ込む。

「ふふ、これではわたしが襲っているみたいだ」
「本当にいつも余裕あって嫌になりますね?」
「余裕? ないよ、そんなもの」
「は、そんなわけ……」
「年上だからなんとか取り繕っているだけさ。何せきみが初恋なんだ? 当たり前だろう」
「それなら少しは可愛げとか見せてくれません?」
「可愛げ? きみの方が可愛いのだから無理だろうね」
「そういうこっちゃないんですよ」

そんなことを言い合いながら夏油くんはわたしを抱き締める。
とくんとくんという少し早いお互いの鼓動が混ざり合って心地が良い。
このまま彼と溶けあえてしまえたなら、どれほど良いことなのだろう?

「夏油くん」
「なんですか、甘夏先輩」
「きみはいつかわたしを置いて行ってしまうかい?」
「? そんなことするわけないじゃないですか」

そう言ってぎゅうっと抱き締めてきた夏油くんはまるで安心させるかのようにわたしの頭を撫でる。

「私があなたを置いてどこかに行くことは絶対にない」

あまりに当たり前のようにそういうから、わたしも安心して彼に身を委ねた。

「わたしを置いてどこかに行ってしまったら、きみにハリセンボンでも飲ませてやろうか」
「それは嫌なので、約束しましょうか」

小指と小指を絡めて指切りげんまん。
絡めた指を離さないように。離れないように。
恋を知ってわたしは弱くなってしまったのだと、それも悪くはないかと、そう思ってしまうのだから。
恋というのは本当に恐ろしいものだ。
恐ろしいと思いながらも、嫌ではないのだから。
そんな自分の変化も恐ろしいものだ。


――だから、ね?


「ハリセンボン、きみに飲ませなくてはいけないね?」


夏油くんは、噓つきだから。
小さな声でそう呟いた。
その声は誰のものなのか分からないほどに震えていた。

冬の寒さのせいだろうか?
きみを殺めなくてはいけないからだろうか?

それでもわたしは未だ愚かしくもきみに恋焦がれている。
その事実だけは確かにわたしの中に在るのだから、困ったものだね。
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