twst夢小説

 最近僕はおかしい。
 監督生を見ると心臓が早鐘を打つようにドキドキするし、監督生が他の男子生徒と話していると妙にざわついた気分になる。自分はこんなにも心の狭い人間だったのだろうか?

「どう思う、エース」
「……それをオレに聞いちゃうところがさぁ」
「どういう意味だ?」

 エースが呆れたように肩を竦めた。「これは重症だ」という言葉付きである。
 僕の一体どこが重症なんだ? と首を捻るも、何も浮かばない。
 強いて言うならこの前のテストは色々な意味でやばかったが。なんとか追試で許してもらえたのでいいだろう。
 優等生になりたいと思っているのに、追試を受けているのはどうなんだ? という発言は聞かなかったことにする。
 いきなり頭が良くなるのであれば、魔法が云々どころの話ではないだろう。

「それで? 監督生を見るとドキドキするし、監督生が他の男と話してるとイライラすると……」
「ああ、その通りだ。僕は友人相手になんて狭量の狭い男なんだと……」
「ふーん……『友人』ねぇ?」

 じゃあさ、とエースが切り出した。

「監督生が他の男と付き合ったら、お前どーすんの?」
「付き合う? それは、」
「先に言っとくけど、買い物に付き合うとかじゃねぇかんな?」
「じゃあ何を付き合うんだ」

 エースの赤茶色の瞳がジッと僕を見つめる。
 その瞳の中の色は何かを見定めるような色で、僕は思わずゴクリと喉を鳴らした。

「おっまえ、ホント……恋愛レベルゼロかよ……」

 しばらくエースは僕を見つめて、そうしてはぁ~と盛大に溜息を吐かれた後に言われたのがその言葉。

「なっ、エース! 今僕のこと馬鹿にして、……え? 恋愛……?」

 聞き慣れない言葉がエースの声帯から聞こえた気がした。
 恋愛……誰に? 誰が? 誰を?
 そんなクエスチョンマークが頭の上を飛び交いながら、それでもエースはヒントは出しまくりましたとばかりにそれ以上は何も言わず、自分のベッドにゴロンと横になってマジカメを見始めた。
 きっとこれ以上本当に何も言う気がないのだろう。自分の頭で考えろということだ。
 仕方ないからそんなに良くない頭で考えることにした。
 きっとこれは僕自身が向き合わなくてはならないことなのだろう。
 エースに『恋愛』と言われて真っ先に思い浮かべたのは監督生のことだった。
 監督生はいつか元居た世界に帰る為に今尚、努力している。そんな努力家なところは好感が持てる。
 でも不意に考えた。監督生が元居た世界に帰るということは、二度と会えなくなるということだ。

(それは嫌だな)

 どうしてそう思ったのか。僕は更に考える。考えて考えて、頭から煙が出そうなほどに考える。
 ああ! これが喧嘩なら相手を一発殴っただけで終わるっていうのに!
 でも、そうか。と気付く。
 僕は監督生を殴るというシーンを思い付きもしないのだ。相手が女の子だからというのもあるが。
 でもきっと監督生なら「わたしが女だという理由で殴らないのであれば、それはある意味性差別よ」なんて言い出すのだろう。よくも悪くも変なヤツなのだ。アイツは。
 普通に考えたら暴力自体がダメだろうに。着眼点はそこではないのだ。そういうところが僕は好ましいと思う。
 ……好ましい? 本当にそれだけの感情なのだろうか?
 僕がもし、もしも、監督生を囲えるだけの力があったなら。

 ――僕はきっと、元居た世界には帰さない。

 いや、力がなくても。何もなくても。
 僕は監督生を――帰せない。

「僕は……、」
「お? ようやく答え出たかー?」
「僕は! 友人相手になんて感情を⁉」
「……おっまえ、いい加減にしろよ⁉」
「エース!」
「な、なんだよ」
「僕を殴ってくれ!」
「は⁉ 嫌だけど⁉」
「こんな感情で明日監督生に会えるわけがない! 頼む! 僕を殴ってくれ!」
「絶対! 嫌だ!」

 殴ってくれ、嫌だ。その攻防はしばらく続き、お互い疲れ果てた時にトレイ先輩とケイト先輩が何事かと部屋に訪れた時にはお互いぐったりとベッドに横になっていた。

「あはは。それで二人は言い合いをしていたのか」
「騒がしくしてすんません……」
「構わないさ。オレもちょうど新作タルトの味見役が欲しかったところだからな」
「そればっかりは僕じゃお役に立てないからね~。二人が喧嘩しててくれて良かったよ!」

 トレイ先輩が気遣うようにそう言い、ケイト先輩も同じく気遣ってくれているのだろう。この二人は優しいが腹の底が見えないので良く分からないが。先輩の好意というのは素直に貰うのが後輩の筋というものだ。

「それで、デュースくんはー。どうしたいの?」
「どうしたい、というのは?」
「うーん。そうだなぁ。……デュースくんは、監督生ちゃんとどうなりたいの?」
「どう、って……」

 僕たちは友人以上のマブダチだ。だから、

「大人になっても傍に居たい、っすね」
「それじゃあ聞き方変えるけど、監督生ちゃんの一番大事な人が出来たら、デュースくんどうする?」
「え?」
「そうだなぁ、例えば結婚して旦那さんが居て、そうして子供なんかも居たら、きっとデュースくんを一番には見てくれないと思うよ?」

 それでもいいの? それはデュースくんの望む関係?

「ぼ、くは……」

 監督生の隣に居るのが僕たち以外だと考えたこともなかった。いつかこの世界から去っていくにしろ、この世界に留まるにしろ、監督生はもしかしたら誰か特別な存在を作る日が来るのかも知れない。

(それは、嫌だな。すごく、嫌だ)

 心にモヤが出来たかのように感情が黒く染まる。
 監督生の隣に見知らぬ男。いや、違う。僕以外の男が居る。
 それは嫌だ。それだけは本当に嫌だ。
 まるで子供が駄々をこねるかのように嫌だという感情が渦巻く。支配する。

「じゃあ、そんなモヤモヤグルグルなデュースくんに問題です」

 ケイト先輩は相も変わらず明るい声を発しながら言った。

「監督生ちゃんを想うと湧き上がる。その感情の名前は、一体なんでしょーか?」

 その言葉は僕に確かな発破をかけた。

「ちょっとオンボロ寮行ってきます!」
「おいおい、今日じゃなくても……」
「まあまあ、いいじゃない。トレイくんも本当は心配してるんでしょー? だからリドルくんに外泊届出して来たんだもんねー?」
「オレは別に……デュース。ちゃんとまとまったら監督生を連れてくるといい」
「トレイくんママじゃん」
「誰がママだ⁉」

 そんなやり取りをしている先輩たちに頭を下げて、マジカメだけ持って部屋を出ようとした。

「デュース」
「なんだ? エース?」
「泣かしたら許さねぇから」
「……ああ! 分かった!」
「あ、こいつなんも分かってねぇわ。ま、行ってこい!」

 背中をバンっと叩かれて、ようやく僕は部屋を出た。
 オンボロ寮までの道のりはこんなにも長かっただろうか? そう思いながら出来るだけ早く走る。
 着いたらまずは何を伝えよう。なんて言おう。色々考えていたけれども、監督生が門から顔を出しているのを見た瞬間、口から滑り出た。ついでに抱き締めていた。

「好きだ! 監督生! 僕と結婚を前提に付き合ってくれ!」
「……状況説明が欲しいんだけど」

 栗色の瞳をぱちくりとさせながら、首を傾げる。そのせいでふわりとした柔らかな長い髪の毛を微かに揺らした。
 ああ、もう、なんだ。こんな簡単な気持ちだったのか。
 こんな簡単で、且つ解答が難しい感情だったのか。
 僕ひとりじゃ絶対にここまで導き出せなかったことだろう。

「さっき言った通りだ。僕は監督生が好きだ。元の世界にも帰したくない。一生一緒に居て欲しい。だから、結婚を前提に付き合ってくれ」
「……つまるところデュースはわたしに告白をしていると?」
「ち、違ったのか⁉」
「いや、たぶん違わないし、違うとわたしが困るのだけれども」

 うーん、と監督生はその栗色の瞳の眦を困ったように下げた。
 もしかしてこれは……告白失敗というやつだろうか?
 ドッドッと心臓が嫌な音を立てる。まるで不協和音だ。想定外のことに監督生を抱き締めていた腕に力が入る。
 恋愛というのは必ずしも実るものではないという。
 だからつまるところ、これは失恋確定というやつだろうか? 初恋は実らないとミドルスクールの時に女子が話していたのを聞いたことがあるが、そういうものなのだろうか?

「あのね、デュース。ちょっと痛いし苦しいから力を緩めて欲しいんだけれども、」
「嫌だ」
「わぉ。優等生デュースくんがまさかの反抗期。じゃなくて、デュース何か勘違いしてない?」
「勘違いって……僕は何も勘違いしていない」

 そうだ。振られたのだからこの腕を離さなくてはならない。
 エースには監督生を泣かせたら許さないなんて言われたが、僕の方が正直泣きそうだ。その証拠にスンっと鼻が鳴った。

「え? デュースまさか泣いてる?」
「し、仕方ないだろ⁉ 失恋なんて初めてなんだ!」
「失恋したの? いつ?」
「たった今、した……」
「そう。その相手は、今どんな顔をしているの?」
「困った顔だな」
「じゃあ、デュース」

 その相手が、嬉しくて困った顔をしてしまった、なんて聞いたらあなたどう思う?

「うれ、しくて……?」
「そう。嬉しくて」
「なんで、」
「そうねぇ。本当にそのままの意味なんだけれども、強いて言うのであれば。わたしはデュースに避けられていると思っていたから、かな」
「避けてない!」
「うん、まあ。告白のお陰でなんで避けられていたのかは大体把握したのだけれども、避けてたじゃない」

 わたしが話しかけるとどこかに行くし。逆に誰かと話していると急に現れて手を引いていくし。そのくせ何を言うでもなく、なんでこんなことしたんだ? とばかりの顔をするし。

「ここ最近のデュースはあまりにおもしろ……おっと、楽しかったのだけれども、少しだけ傷付いていたのも確かなのよねぇ」
「そ、れは……すまない」
「別にいいのよ。わたしもデュースと同じだから」
「どういう意味だ?」
「さあ、どういう意味だと思う?」
「監督生!」
「ああ、そう言えば告白の返事だけれども」

 はぐらかされた。と思いきや本題に戻ってしまった。というか返事? 僕は振られていなかったのか?

「わたしもあなたが好きよ。デュース」

 ふわりと、微笑んだ監督生のその言葉に、いよいよ僕は感極まって泣いてしまった。

「本当に、感情豊かよねぇ……そこが可愛いのだけれども」
「嫌じゃないのか。男が泣くだなんて」
「あら? 知っているデュース。人間は泣いて強くなるのよ」

 赤ちゃんの頃からの生存本能というやつね。

「逆に泣けなくなってしまう方がわたしは怖いわ」

 だから、デュースが泣くくらいわたしの返事を嬉しく思ってくれることがわたしは嬉しいの。
 そう言った監督生を僕は再度抱き締めた。離れないように。離さないように。しっかりと。




「そう言えば、わたしエースに殴られる準備をしておかないといけないわね」
「な、なんでそうなるんだ⁉」
「ふふ、エースからさっき連絡が来て『お前どうせ泣かせるんだから、泣かせたら殴る』って言われちゃったの」
「僕も、監督生を泣かせたら殴るとは言われていたが……」
「わたしたちは良い友人を持ったわねぇ」

 のほほんとそういう監督生は、「エースから連絡が来なかったらこのまま眠っていたところだし一発くらいは喰らっても構わないけれども」と男前な発言をする。
 確かに今の時間は学生が外に出ていい時間ではない。
 僕も外泊許可をトレイ先輩が取ってくれていなければ、確実に怒ったリドル寮長に首を跳ねられていたことだろう。

「ん? というかエースから連絡が来ていたのか? なんて?」
「ナイショ」

 人差指を唇の前に持っていき、微笑む監督生はこれ以上何も言う気はないらしい。

「外泊許可を貰っているのでしょう? 今日は泊まっていって」
「あ、ああ」
「ああ、先に言っておくけれども、何も用意していないから恋人同士になったとはいえ、いきなり襲うだなんてことはしないでね?」
「襲う?」
「……ああ、なるほど」

 監督生は人生最大のボケをスルーされたような顔をしながら「恋愛レベルはひよこちゃんってことね」と頷いていた。
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