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※話の流れ上、監督生とその子供がとても可哀想な目に合います。
※監督生死ネタです。
※何かひとつでも地雷のある方は回れ右!!でお願い致します。












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「お前、どうして俺の傍に居られる?」

 今しがた散々無体を働いた女に対して俺は一言そう言った。

「どうして、ですか?」

 真白い肌に咲いた赤い華と歯型を隠そうともせずに、生まれたままの姿で俺に背中を向けている女は、憐れにもこの世界に迷い込んできた異邦人。
 監督生、などと他の草食動物たちに呼ばれている。

「私は、私が居たいと思った人の傍に居るのが心地好いから居るだけですよ」

 そう言いながらゆったりとした仕草で下着を身に纏おうとしている女の身体に、俺は再び喰らい付いた。
 女はナニかを言いたがっていたが、その唇さえも塞いで。
 あとは泥のように抱き合った。抱き潰した、の間違いかも知れないが。
 きっとこの感情に名前は付かない。付けてはいけないだろう? こんな、一方的なものに。


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「レオナさん、最近機嫌イイッスね」
「あ?」
「いや、やっぱり嘘っすわ」

 ラギーは、怖ぇ……と唸りながら俺の部屋の掃除の続きをするのをジッと見つめる。なんすか? なんて声も聞こえた気がしたが、その言葉には答えない。俺の部屋の掃除をするのがあの草食動物だったなら、と。一瞬考えて、一体全体何を考えるんだ、俺は。
 あいつを召使にしたいわけでもないってのに。
 なら、どうして。あいつが俺の傍に居る姿を夢想するのだろうか。

「叶うわけ、ねぇのになぁ……」

 いつだって俺は、二番手だ。それは嫌というほど理解している。

「なんか言ったッスか?」
「なんでもねぇよ」

 ハッと息を吐いて、そうしてしばらく眠りにつく為の体勢を取る。
 背後でラギーが何か騒いでいた気がするが、いつものように無視を決め込んだ。


*******


 植物園で寝転がっていたら不意に影が出来るのを感じた。
 その気配に馴染みはあったが、何も言わないことを良いことに寝たフリを決め込む。

「レオナ先輩」

 凛とした、鈴を転がすような声は俺の影に落ち、静かにしゃがむような衣擦れの音を耳が拾った。

「レオナ先輩、起きてるのは分かってるんですよ?」

 お前に指図される謂われはねぇよ、と寝がえりを打つ。

「あくまで徹底抗戦というわけですか? 仕方ありませんねぇ」

 そう言って草食動物は俺の髪に触れた。ふふ、という笑い声付きで。

「レオナ先輩、早く起きないと先輩の好きなところ言い続けますよ?」
「……やめろ」
「あら、残念。おはようございます、レオナ先輩」
「ナニ残念がってんだ、クソが……」
「折角寝てたのに私のような草食動物の気配で起きて残念でしたね?」
「うるせぇ……本当に、テメェは……何がしたいんだ」
「何がしたい?」

 きょとんとした顔をする草食動物に、俺はそうだと告げる。
 お前は俺から何を得て、何を欲し、何を願う。
 そう言えば草食動物はその夜を映したような藍色の瞳を一度瞬きする。

「あら、先輩知らなかったんですか?」
「あ?」
「私は、あなたが好きなんですよ?」
「だから、何が望みなんだ」

 好きだから、それでオシマイなわけがない。必ず裏がある筈だ。そういう世界で生きて来た。きっとこれからもそうやって生きていくのだろう。
 ……ああ、吐き気がするな。

「望み……そうですねぇ……。あるとするなら、ひとつだけ」
「ハッ。なんだ? 言ってみろよ。お優しい俺は叶えてやるかも知れないぜ?」
「ふふ、レオナ先輩は優しいんですか?」
「お前、食われたいのか……?」
「いいえ、ここでは嫌ですねぇ」
「まるでここじゃなければ良いみたいな言い方だな」

 どうせお前だって何か欲しいものがあって俺に擦り寄ってきたんだろ? そうに決まっている。

「私はね、レオナ先輩」

 すみれを蜂蜜で漬けたような甘ったるい声。俺を呼ぶ声。こんな風に自分が呼ばれたことは人生で一度たりともなかった。
 だから恐ろしい。何を言われるのか。
 この草食動物のことが、――俺は恐ろしい。

「私はね、レオナ先輩。あなたの傍に居る権利が欲しいんですよ」
「王族になりてぇってか? 生憎俺は決して王座に就くことは出来ない憐れな第二王子だぜ?」
「そうですねぇ? レオナ先輩を憐れたらしめるのはその感情なのかも知れませんね」
「あ?」
「そこのところ、叱ってあげたいですね」
「俺を叱るだと?」
「私ね、先輩」
「人の話をとことん聞かねぇやつだな……。なんだよ?」
「私は、あなたの帰る場所になりたいんですよ」
「……」
「いつこの世界から弾かれるか分からない不安定な存在からそんなこと言われたくないかも知れませんけど、」

 それでもね? レオナ先輩。

「私はあなたがとっても大事で大切だから、だからあなたの傍で、あなたの帰る場所になりたいんです」
「……そんな慰めいらねぇよ」

 まるで俺には帰る場所がないかのように言う。
 その白い喉元に食らい付いてやろうかと思ったけれどもやめたのは、草食動物の藍色の瞳があまりにも輝いていたから。

「なんだよ……」
「レオナ先輩、私はね? あなたが好きだから。だからいつだってあなたの傍に居たいんです」

 その許可が欲しいんです。
 そう言う草食動物の瞳は真剣で、けれども相も変わらず蜜をまぶした菓子のような甘さを携えていた。

「許可なんてなくても居やがるくせに、どの口が言ってんだ?」
「ふふ。一体どの草食動物でしょうね?」
「……はは」
「レオナ先輩?」
「馬鹿なヤツ」
「そうですかねぇ? まあ、いいんですよ。合法的にレオナ先輩の傍に居られるなら、なんでも」

 そう言って目の前の草食動物は俺の髪に再度触れる。
 愛おしそうに。まるで母親が子供にするソレのように。そんな甘ったるいもんで、俺が満たされると思っているのか? コイツは。
 まあ、でも。

(――悪くはねぇな)

 コイツに触れられるのは、悪くねぇ。
 きっとこういうなんてことないことが幸せなのだと。
 好いた女に好かれることは奇跡なのだと。
 ――いつだって幸せは、失ってから気が付く。

(嫌になるな、本当に)


********


「レオナさん、レオナさん。聞いてください」
「なんだよ」

 NRCを無事、というかいい加減卒業し、夕焼けの草原に帰ってきた俺は、即位した兄貴の補佐として働く毎日を送っている。
 そうしてまた数年が経ち、NRCを卒業した草食動物――ユウを迎えに行ったのだ。あの時の驚いたユウの顔を思い出すと今でも笑えてくる。

「え、レオナ先輩迎えに来るって本気だったんですか?」

 なんて言いやがったから、久し振りに再会した恋人同士、二度とそんな言葉が出ないように散々いたぶってやった。
 愛なんて言葉は俺から出ることは少ない。もう、本当にそういう雰囲気にならなければ言わないのではないのかと言うくらいには、言わない。
 けれどもユウはそのことについて言及をしてくることもなかった。淡白な性格なのか? とも思ったが、なんてことはない。いつだって言われていた言葉を思い出す。

「私が邪魔になったら、いつでも切り捨てていいんですよ? 私は不安定な存在なんですから」

 そう言って、いつだって一歩引いたところに居た。傍に居る権利が欲しいとあれほど言っていたのに、いざ傍に居るとなると何処か遠慮がちになる。
 そんなユウが珍しく浮かれた様子で俺に話し掛けて来た。

「あのね、レオナさん」
「だから、なんだよ」
「赤ちゃんが出来たんです」
「……は?」
「あなたの赤ちゃんが出来たんです」

 そう言ってしてやったりとばかりにはにかんだユウのことを反射的に抱き締めていた。

「俺、の子供が……?」
「なんですか、レオナさん。そんなに泣かないでくださいよ。仕方のないパパですねぇ」
「うるせぇ……」

 きっとこんな風に涙を流すのは生まれてから今まで初めてなのではないだろうか。悲しいからではない。嬉しくて泣いたのは、人生で初めてだ。

「お前と居られて、良かった……」

 きっとこれは、初めて零したユウへの真っ直ぐな愛の言葉だった。
 ユウは嬉しそうにはにかんで、そうして俺の背中に腕を回して抱き締め返してくる。
 今思えば。もっと伝えていれば良かったと。
 何度も何度もその後に後悔することを。

 ――この時の俺はまだ何も知らずに。

 ただこの幸せを噛み締めていた。


*******


 それは唐突に行われた。
 産み月が近くなった頃、ユウは何者かによって殺されたのだ。胎の子、共々。無惨にも引き裂かれた。
 ユウの躰は重点的に胎に傷がついていた。鋭利な刃物で何度も刺されて、胎の子は引きずり出されていた。
 もちろん、どちらにも息はなかった。
 強いて言うのであれば、真っ赤に染まった俺たちの子を抱き締めて愛を囁く女がひとりそこに居たくらいか。

「レオナ様、あたくし達の子ですわ」

 その赤髪の女には見覚えがあった。
 俺に惚れた腫れただの言って何度かアプローチしてきた女だ。
 俺はユウ以外を傍に置くことはない、とハッキリ言っていた。にも関わらず、愛人でもいいから傍に置いてくれと懇願してきた厄介な女だ。
 女は正気を失った目で子供を抱き締めていた。
 その女に静かに近付いて、女の目線に合わせてしゃがみこむ。女は嬉しそうに微笑んだ。
 俺は何も言わずに女の頭に触れる。そうして、気付けば女は砂になっていた。
 兄貴が遅れてその場に来た時、兄貴は責めなかった。
 しかし兄貴の指示によりユウの死体は内密に葬られた。俺は何も反抗しなかった。
 内密に葬られたユウと我が子の墓の前で静かに問い掛ける。

「お前は、幸せだったか」

 俺みたいなやつに捕まったばかりに、俺みたいなやつに好かれたばかりに。

「お前は、本当に幸せだったのか……?」

 お前の顔も声も、未だ覚えているというのに、お前の想いだけが見えない。

「ユウ」

 ひとつ、言葉を落とした。そうしたらぽつり、ぽつりと珍しく雨が降ってきやがった。
 きっとこの雨は夕焼けの草原を覆い隠す程に降り注ぐだろう。
 そうしてふたりで沈んでしまえばいい。きっとそうしたら幸せなのかも知れない。
 たったひとつ、お前と、お前と俺の子と一緒に三人で暮らすという幸せな夢さえ、夢にさせられちまったな。

 ――なあ、ユウ?

「お前、俺の傍に居る権利が欲しいって言ってたよな?」

 良いぜ、くれてやるよ。俺の傍に居る権利。

「俺は一生、お前以外を傍に置かない」

 そう決めた。お前が何を思おうと、怒ろうとも。
 俺の番は生涯、お前だけだ。


*******



 いつかの夜に願ったの。
 あなたが幸せでありますように。
 あなたが笑って居られますように。
 私はレオナさんが大好きだから。
 だから、どうか泣かないでくださいな。
 私は今でも、幸せなんですから。
 レオナさん。泣かないで? どうか、笑ってくださないな。
 私はとても、幸せだったんですから。
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