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 雪を思わせるような肌に溶け込むような銀糸の髪。自身の恋人である彼女を外見だけで表すなら、雪原の妖精だろう。
 そう、見た目だけで表すならば。

「きみ! また無茶をしたな⁉」
「あれ? ジャミル先輩? どうしてここに?」
「俺がきみを引き取りに保健室に居る理由なら、親切な自分の友人に感謝することだな」

 嫌味ったらしく放った言葉は、監督生と呼ばれる彼女にはなんら届いてはいないのだろう。
 ぱちくりと大きな青い瞳を瞬きで隠しながらも、ふむ? と考え事をするような仕草をしている。どうせ俺に対しての言い訳を考えているのだろう。

「これでも頑張ったつもりなんですけどねぇ?」
「頑張る頑張らないの話じゃない。錬金術の授業でどうやったら部屋ごと爆発させられるんだ!」
「そうやったら? ですかね?」

 そうこの監督生。見た目は儚げではあるものの、やること言うことがめちゃくちゃ大雑把で且つ適当なのだ。頭が痛い。ついでに胃も痛くなってきた。

「頼むから、きみは何もしないでくれ……」
「それ、学生の本分を全う出来てなくないですか?」
「こんな時だけ思いついたように全うなことを言うな」
「あ、思い付きだって分かりました? さすがジャミル先輩ですね」
「……今回、きみが爆風に吹っ飛ばされたと聞いた時は肝が冷えた。もう二度とやめてくれ」
「あれ? でも私ちょっと前にジャミル先輩に吹っ飛ばされた気が?」
「……きみな。こういう時にその話を振るのはやめてくれ」
「ふう。ジャミル先輩は私の行動を制限したいんですね?」
「……そ、れは」

 さすがに口を出し過ぎただろうか? でも彼女はこれくらい言わないと絶対にまたやる。二度とやらないと誓わせたことでもやるようなお転婆だ。その辺の赤ん坊の方がまだ分別があるレベルで無茶無謀する。
 その度に誰かが止めに入ったり、なんとか救出したり、そうやって『誰か』に助けて貰わないと本当に何を仕出かすか分からない。
 この世界で最も目が離せない人間とは彼女のこと、みたいなレベルだろう。
 そんなことを考えていたら顔にでも出たのだろう。
 監督生はあまり変わらない表情のまま、ぱちくりと瞬きしたのちに口を開く。
 形良い桃色の唇から吐き出される言葉はいつだって俺の心臓を爆発させそうな言葉なのだから、いっそ口を塞いでしまいたい。いや、そういう意味ではなく。物理的にである。

「私は別にジャミル先輩なら塞がれてもいいんですけどね」
「はぁっ⁉」

 万が一にでも他の男に言っていたなら本当に彼女の行動範囲を狭めたくなる程には聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
 監督生は何を考えているのか全く読めない顔で、「まあ、ずっとは困りますけど」と続けて言う。

「私はこう見えてちゃんとしているので、先輩以外見えてないんですよ?」
「監督生……、それは今ここから脱出しそうな体勢でなければ言えなかった言葉か?」
「あ、流石にバレました?」

 流れるように靴を履き、俺の前から立ち去ろうとする監督生に待ったを掛けると監督生はさすがに不味いと思ったのか、はは、と乾いた笑みを口から零す。
 その表情が本当に変わらないものだからこの子本当に妖精か何かの類じゃあるまいな? と疑いたくなってきた。

「今すぐにでもその口塞いでやろうか?」
「さすがにファーストキスには夢がありますねぇ……あ、ファーストキスじゃないや」
「は?」
「うっわ。ジャミル先輩顔怖い」
「きみの初めては何もかも俺が予約していると言うのに、どこの馬の骨がきみのファーストキスを奪ったんだ?」
「え、さすがに言葉にするのは恥ずかしいですね」
「そうかそうか。今すぐベッドに座れ」
「セカンドキスからのバージン喪失になりそうな予感なので丁重にお断りします」

 ここまで話しながら本当に表情ひとつ変えないのだから、本当にこの子は俺のことが好きなのか? と疑問さえ浮かぶ。
 ただ彼氏という存在が欲しかっただけの、そういうステータス欲しさの関係だった。
 そう言われたなら今すぐにでもユニーク魔法を使い兼ねない。やめてくれ。流石に好きな子に対して魔法は掛けたくない。

「きみは、本当に俺が好きなのか……」

 だからこそ、その発言をしてしまったのだろう。
 あ、と思った時には遅かった。
 彼女はキョトンとした顔をしながら少し考える仕草をする。
 ドキドキと煩く心臓が脈打つ。嫌な汗が背中を伝ったのが分かった。
 気持ちはまるで死刑宣告を待つ囚人のようだ。監督生は薄い唇をゆっくりと開く。

「私がジャミル先輩のことを好きではないと。そういうことを聞かれているのでしょうか?」
「……っ、そう、いうことになるんだろうな」

 言葉が喉の奥に引っ付いたように上手く出ない。舌も上手く回らない気がする。
 少しでも何か、何か言わなくては。と思っていれば、「ふむ?」と監督生は首を傾げた。

「幾ら私でも、流石に好きでもない人とお付き合いまではしないですよ?」
「……つまり?」
「あ、そこまで言わせる気なんですね?」
「聞きたいからな」
「うぅん」
「おい」
「ふふ、冗談です。ちゃんとジャミル先輩のこと好きですよ」
「軽いんだよなぁ、きみの言葉は」
「そこは慣れてください」

 そんな言葉を交わしながらも内心では、そうか、好きなのか。とあたたかな感情で満たされていく。
 言葉ひとつでこんなにも感情が一喜一憂するとは。
 本当に……恋というのは恐ろしいものだ。

「先輩。ジャミル先輩」
「な、なんだ⁉」
「ふふ。呼んだだけです」
「……っ! きみな⁉ そういう心臓に悪いことはするな!」
「ええ……ジャミル先輩は私にどうして欲しいんですか……」

 そんな言葉を吐きながら雪のような睫毛をゆるく伏せる監督生。
 不意に監督生が身体を寄せてきたので、睫毛の長さまで見えて、なんというか。この距離感は本当にヤバいというか、危ないというか。
 恋人という認識はされているのに、この距離感に違和感を持たないのだから困ったものだ。

「おい、監督生」
「なんですか? ジャミル先輩」

 顔を向けてきた監督生に唇に触れるだけのキスをした。柔らかな感触が伝わり、離れても多幸感に包まれる。

「急ですねぇ」
「きみ、もう少し驚くとか色々あるだろう」
「はあ……」
「全く」

 反応が薄い彼女の耳が熟れた林檎よりも赤く染まっていなければ、ここで襲っていたところだ。
 色素が薄くて助かったな、と言いたいところだが、きっと俺の耳も同じく赤く染まっていることだろう。
 誰かが見たら二人して一体何をしているんだか、と言う話ではあるが。
 有難いことに今は二人きり。
 監督生と二人きりで居られる時間はあまりないので、この時間は貴重で、少しでも二人で居たかった。
 だから部屋の外で気まずそうにしている彼女の友人であるエース達と、彼女を監督生たらしめるグリムの存在を彼女に教えるのは、もう少しあとにしよう。

「ところできみのファーストキスを奪ったのは誰なんだ?」
「誰、と言うか。……土、というか」
「土?」
「飛行術の授業の時に色々あって地面にぶつかりました。その時が私のファーストキスです」
「ふざけるなよ……」

 俺の胃を痛めておきながら蓋を開けてみたらそんな話だったなんて許されるのか? 否、許せるか。

「きみのファーストキスを奪ったのは俺だ!」
「だから土ですってば」

 頑なな彼女が折れるまで永遠と説き伏せようとし、あまりの俺の激昂具合にエースとデュースが現れ止めにくるまで、そう時間は掛からないことであろう。
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