twst夢小説

「デュース」

 ふわりと微笑みながら名前を呼ばれた。
 その時に感じたこ痛みは、一体なんだったのだろうか?

「監督生。大事な話がある」
「どうしたの? 改まって?」

 オンボロ寮の談話室。机ひとつ挟んだ先に居る監督生はラフな格好で僕を見る。
 ダボダボのTシャツだとか、ハーフパンツだとか、母親がそんな格好をしていたからかあまり抵抗感はない。抵抗感はないはずなのに、どうしてこんなにもドキドキとするのだろう。
 いや、今はそんな話はどうでも良くて。
 今日僕はこの痛みの理由を解決しに来たんだからしっかりしろ、と自分に発破を掛けながら監督生を改めて見た。
 栗色の瞳と目が合う。きょとりとしたまぁるい瞳。首を傾げたことにより柔らかな甘茶色の髪がふわりと揺れた。

「その……僕は、」

 アレ? なんだ。思ったより緊張するな? 不良時代ですら感じたことのない緊張感が談話室に漂う。

「デュース、あなた今日ずっとおかしいけれども、本当にどうしたの? 何か変な魔法にでも掛かってる?」
「魔法……」

 監督生の言う魔法という単語によって一瞬本当に自分がそういう魔法に掛かっているのではないのかという幻想。
 だけれども僕はそんなものに掛かった覚えはない。……呪いを掛けられていたら分からないが、『監督生を見ただけでドキドキする呪い』なんてそんなピンポイントな呪いがあってたまるか。

「いや、違う……と思う」
「ふふ。思うなの? じゃあ、どうしたの?」

 なんだろう。これが僕の勘違いでなければ、まるで監督生は僕の中の疑問に対する答えを知っているような顔をしている。でも決して自分からは言わない。そんな顔だ。

「監督生は、その、誰かを見ただけでドキドキしたりとか、することあるか?」
「……そうねぇ? ある、かもしれないわね」
「そ、その相手が! 例えば、友達だったら……監督生はどう思う?」
「どう思う……というより、どうしたい? の方が正しいんじゃないかしら?」
「どうしたい?」

 うんうん。と頷く監督生の口角は緩やかに上がっていて、なんだか楽しそうだ。

「例えば、その相手のことが好きなのか、嫌いなのか。そこからじゃないのかしら?」
「友達なのに、嫌いなわけないだろ」

 ムッとして答えれば、監督生のまぁるい瞳は更に楽しそうな色を宿す。

「嫌いではない。なら、好き?」
「そりゃあ……友達なんだから、」

 好きに決まっているのではないのか? と首を傾げれば、そうかしら? と監督生の薄い唇が疑問を紡ぐ。

「好きにも種類があるのよ?」
「友達以外にも、ってことなら、さすがの僕でも分かるが……」

 監督生は恋愛という意味で『好き』の種類を言っているのだろう。さすがの僕でもそれくらいは分かる。

「なら、例えばわたしが今、デュースに好きって伝えたら……あなたどう思う?」
「……は?」
「ふふ。びっくりした顔してる」

 監督生はいやに大人っぽい顔つきをしながら手元の紅茶をゆるりと揺らす。
 その紅茶はリドル寮長からのプレゼントだそうだ。美味しいものが手に入ったから分けてくれたのだといつかエースと一緒にオンボロ寮に遊びに来た時に、こう言ってはなんだが当時は似つかわしくないくらい荒れていたオンボロ寮で居づらそうにしていた紅茶缶を見ていたら、そう監督生が微笑みながら語っていた。
 リドル寮長がオーバーブロットした後の話だったから、もしかしたら寮長なりの詫びの品だったのかも知れない。
 それ以降、良い紅茶が手に入ると寮長が自ら渡しに来るのだとか。
 それを聞いた時はなんでもなかったその行為が、今では少しだけモヤモヤするのだ。

「監督生、僕は……」

 僕も、監督生が好きなのだろうか? 友達としては好きだ。彼女の男前な態度にも好感が持てる。
 でも、それはこの居心地のいい関係を崩す言葉になってしまうのではないのだろうか?
 そう考えた瞬間、言葉が萎んでいた。

「デュースは、物事をハッキリさせることの方が好きでしょう?」
「あ、ああ。それはもちろん」
「なら、ハッキリさせてちょうだいな」

 ――私を振るか、受け入れるか。

「わたしが求めているのは、この二択だけ」
「僕が、監督生を……振る?」
「ええ。まあ、どちらにせよ関係性に少し変化は起きると思うけれども」

 何故ならわたしは今、あなたに告白してしまったわけだし。と監督生は微笑んだ。
 何を言おうか迷って、でも監督生のティーカップを持つ手が微かに震えているのを見てしまった。

(ああ、これはちゃんと答えなくてはいけないやつだ)

 恋愛初心者な自分でも分かる。これは茶化したり、馬鹿にしたり、そういう態度を見せた方がダサいヤツだと。
 本気の気持ちには、本心でぶつからないといけないと。

「僕は……」

 どう思っている? 僕は監督生のことを、どう思っているのだろうか?
 そんなの、もう。最初から答えなんて出ていたようなもので。監督生がたくさんヒントを出してもくれていた。
 しかも自分の気持ちを隠しても良かったのに、きちんと言葉で伝えてくれた。
 なら、僕も逃げずに言葉で伝えるのが筋というものだろう。

「僕も――監督生が好きだ」

 自然と漏れ出ていたのは、そんなシンプルな言葉だった。

「ふふ、嬉しい」

 監督生は嬉しそうに微笑むと、ホッとしたように息を細く吐いた。

「……良かった。デュースに振られたらわたし……当分立ち直れなさそうだったから」
「僕も、監督生に伝えれらえて良かった」

 なんだか甘酸っぱい空気が漂って、少しだけ居心地が悪いような、そうでもないような。むずがゆい気分になる。
 監督生と僕の距離は机ひとつ分。いつかきっと、この距離もいとおしくなるのだろう。
 なあ、監督生。

「元の世界に帰っても、元気で」
「ええ、……ありがとう。デュース」

 明日監督生は元の世界に帰る。
 引き留めたりはしない。みんなでそう決めたから。
 帰る前日に二人きりにさせてくれたのだから、みんな実は僕のこの感情を知っていたのではないのだろうか? とすら思えてくる。
 知らなかったのは、僕だけだったというやつだろうか。まったく、僕は何をやっていたのだろうか。
 もっと早く気が付いていれば、帰るなと言える権利を得られたのかも知れないのに。
 そんな女々しいことを一瞬思って、でも結局僕は最後まで監督生とは笑って過ごしたかったから。
 だけど、

「絶対、見つけるから」
「え?」
「監督生の居る世界と、この世界を繋げる方法を」

 絶対見つけるから。だからどうか、――待っていてくれ。
 このくらいの発言は許して欲しいと、そう願いながら監督生を見れば、監督生はいつも通りの笑顔で頷いていた。その眦に涙の粒が溜まっていたのを見たけれども、決して気付かないフリをして。
 その代わりに机ひとつ分の距離、身を乗り出して監督生に出来るだけ優しく、壊れ物のように、触れた。
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