まほやく
「これは例えばの話ですが、」
例えば私が魔法使いではなく、国王夫妻の間に生まれたただの人間で。あなたは賢者として召喚されなかったなら。
そうしたら一体、私たちにはどんな道が待っていたのかと。
「そんなことを考えておりました」
「両立しているように見えたアーサーでも、そんなことを考えることってあるんですね」
物思いに耽っていた時に賢者様に声を掛けられ、今の話に至るが。
賢者様はなんと応えるだろうか?
魔法使いとしての責務を放棄するような私の発言に呆れるだろうか。
「……アーサーは、優しいひとです」
「はい?」
突飛な発言にうん? と首を傾げるが賢者様はとても納得したように頷いていた。
「アーサーは優しいから、だからたくさん考えてしまうんですね。国のこと、魔法使いのこと、自分のこと。たくさんたくさん考えられる。優しいひとですね」
「……そんな、ことを言われるとは思いもしませんでした」
「そうですか? みんなに訊いても……特にオズなんかは頷きすぎて首がもげるのではないですかね?」
「……っふ、はは。オズ様のそんな姿、私も少し見てみたいです」
ああいう方だが、案外お茶目なところがあるのだ。『頷きすぎて首がもげる』という賢者様の発言は驚いたが、彼女はきっと私を励まそうとしてくれているのだろう。
「賢者様」
「どうかしましたか、アーサー? ……っは。もしや首がもげるオズが上手く想像できませんでしたか?」
「いえ、その話はもういいのですが……」
思ったよりその話が気に入ったらしい賢者様は目をキラキラとさせながら握り拳を胸の前で作っていた。
「あの、賢者様……」
オズ様のことをそんなに揶揄わないで差し上げてください。
そう言おうとして、賢者様を見る。
そこには優しい紅茶色の瞳が慈愛に満ちた色で広がっていて、思わず目を見張った。
この方は、こんな顏が出来たのか。こんな優しい顔が。いや、元々優しい方ではあるが、こんな。まるで、いつかオズ様が不意に見せた優しい目と酷く似ている気がした。
「例えば、私が賢者としてこの世界に召喚されずに」
「え、」
「例えば、アーサーが魔法使いではなく一国の王子様ですらなかったとして、」
「……」
「何も変わらないと思いますよ」
「……え、」
瞳のあたたかさはそのままに、あっけらかんと話す賢者様は一体何を言っているのかと頭を抱えたくなった。
「いえ、あの、かなり色々変わるかと思うのですが……」
「ああ、少し語弊がありましたね。……立場も何もかも違ったとして、もしかしたら出逢えなかった『例えば』もあったとして。でもきっと、アーサーは変わらずに優しいひとだったのではないのかなって。そう思うんです」
「……賢者様」
何故だか胸がポカポカとあたたかくなっていくのを感じた。
言っていることは何処か夢見がちだ。私が魔法使いを恐れる人間に育っていたらどうするというんだ。
「私のことを優しいひとだと仰ってくれる、そんなあなたは、凄いひとです」
「ええ、何言ってるんですか……」
褒めたというのに引き気味な賢者様に少し腹が立った私は、きっと優しい『だけ』の男ではないのだろう。
けれども、魔法使いとしての私も、王子としての私も、ひとりの『ひと』としての私も、すべてを認めてくれたような気になって。
嬉しかった。ただ単純に嬉しかった。
きっと、この関係で在ることは運命だったのかも知れないと、そんな風に夢想する程に――嬉しくて。
この感情をひとはなんと名付けるのだろうか?
あたたかくて、少し甘くて。心臓がトクリトクリと早鐘を打つような。
――そんな感情の、名前は一体。
「ああ、でも。もしもみんなと出逢えていなかったら、私は少し寂しいです」
例えばの話ですら少し寂しそうな顔をする、この愛らしい方へ。私はまだ何かを告げる言葉を持ち合わせてはいないから。
「そうですね、私も賢者様とお逢い出来ていなかったらと思うと、寂しいです」
『みんな』と括られたその言葉には目を逸らし。
いま思った素直な言葉を口にした。
これは私が『恋』と言う名を知る、ほんの少し前の話。
例えば私が魔法使いではなく、国王夫妻の間に生まれたただの人間で。あなたは賢者として召喚されなかったなら。
そうしたら一体、私たちにはどんな道が待っていたのかと。
「そんなことを考えておりました」
「両立しているように見えたアーサーでも、そんなことを考えることってあるんですね」
物思いに耽っていた時に賢者様に声を掛けられ、今の話に至るが。
賢者様はなんと応えるだろうか?
魔法使いとしての責務を放棄するような私の発言に呆れるだろうか。
「……アーサーは、優しいひとです」
「はい?」
突飛な発言にうん? と首を傾げるが賢者様はとても納得したように頷いていた。
「アーサーは優しいから、だからたくさん考えてしまうんですね。国のこと、魔法使いのこと、自分のこと。たくさんたくさん考えられる。優しいひとですね」
「……そんな、ことを言われるとは思いもしませんでした」
「そうですか? みんなに訊いても……特にオズなんかは頷きすぎて首がもげるのではないですかね?」
「……っふ、はは。オズ様のそんな姿、私も少し見てみたいです」
ああいう方だが、案外お茶目なところがあるのだ。『頷きすぎて首がもげる』という賢者様の発言は驚いたが、彼女はきっと私を励まそうとしてくれているのだろう。
「賢者様」
「どうかしましたか、アーサー? ……っは。もしや首がもげるオズが上手く想像できませんでしたか?」
「いえ、その話はもういいのですが……」
思ったよりその話が気に入ったらしい賢者様は目をキラキラとさせながら握り拳を胸の前で作っていた。
「あの、賢者様……」
オズ様のことをそんなに揶揄わないで差し上げてください。
そう言おうとして、賢者様を見る。
そこには優しい紅茶色の瞳が慈愛に満ちた色で広がっていて、思わず目を見張った。
この方は、こんな顏が出来たのか。こんな優しい顔が。いや、元々優しい方ではあるが、こんな。まるで、いつかオズ様が不意に見せた優しい目と酷く似ている気がした。
「例えば、私が賢者としてこの世界に召喚されずに」
「え、」
「例えば、アーサーが魔法使いではなく一国の王子様ですらなかったとして、」
「……」
「何も変わらないと思いますよ」
「……え、」
瞳のあたたかさはそのままに、あっけらかんと話す賢者様は一体何を言っているのかと頭を抱えたくなった。
「いえ、あの、かなり色々変わるかと思うのですが……」
「ああ、少し語弊がありましたね。……立場も何もかも違ったとして、もしかしたら出逢えなかった『例えば』もあったとして。でもきっと、アーサーは変わらずに優しいひとだったのではないのかなって。そう思うんです」
「……賢者様」
何故だか胸がポカポカとあたたかくなっていくのを感じた。
言っていることは何処か夢見がちだ。私が魔法使いを恐れる人間に育っていたらどうするというんだ。
「私のことを優しいひとだと仰ってくれる、そんなあなたは、凄いひとです」
「ええ、何言ってるんですか……」
褒めたというのに引き気味な賢者様に少し腹が立った私は、きっと優しい『だけ』の男ではないのだろう。
けれども、魔法使いとしての私も、王子としての私も、ひとりの『ひと』としての私も、すべてを認めてくれたような気になって。
嬉しかった。ただ単純に嬉しかった。
きっと、この関係で在ることは運命だったのかも知れないと、そんな風に夢想する程に――嬉しくて。
この感情をひとはなんと名付けるのだろうか?
あたたかくて、少し甘くて。心臓がトクリトクリと早鐘を打つような。
――そんな感情の、名前は一体。
「ああ、でも。もしもみんなと出逢えていなかったら、私は少し寂しいです」
例えばの話ですら少し寂しそうな顔をする、この愛らしい方へ。私はまだ何かを告げる言葉を持ち合わせてはいないから。
「そうですね、私も賢者様とお逢い出来ていなかったらと思うと、寂しいです」
『みんな』と括られたその言葉には目を逸らし。
いま思った素直な言葉を口にした。
これは私が『恋』と言う名を知る、ほんの少し前の話。