まほやく
はじめて逢ったその時、王子様みたいだと思った。
「月が綺麗ですね」
元居た世界での常套句を言えば、「それは愛の告白というやつですか?」と返された。
「驚いた。知っているんですか?」
「……はい。前の賢者様に教えて頂きましたから」
「そう、ですか……」
知らないと思っていたから口から滑り出た言葉だったというのに。
恥ずかしさで顏あ赤くなっていくのを如実に感じる。
今すぐにでも逃げ出したいのに、彼はそれを許してはくれなっかった。
「賢者様。私のことを想ってくださって、凄く嬉しいです。本当に……心の底から」
頬を染め、私の手を取りそこに口付けるアーサーはあの日見た時と同じ、やっぱり王子様みたいだ。いやまあ、王子様なんだけれども。
「もっと言葉で伝えてください。私も何度でも、何度でも、返しますから」
笑ってそう言うアーサーは王子様というにはあまりにも、ひとりの男の目をして私を見据える。
その眼光の中に秘められた想いに気付けぬほど、残念ながら鈍くはなかった。
「お手柔らかに……」
そう、小さく彼の鳴くような声で伝えることしか出来なかった。
アーサーは笑って私を見つめる。その瞳の中には優しさと、意地悪さと、そうしてどうしようもなく私を好んでくれている色を感じるのに。
――その瞳に奥底に在る、憂いのような感情は、何?
◇◆◇
きっと、この感情は出逢った時から。
ずっと好ましく想っていたんです。
けれども、想いが通じ合ったあと賢者様は私のことを忘れてしまうようになった。
なった、と過去形を使ったことには意味がもちろんある。
私と賢者様の心はもう何度も、何度も、周りが辟易するくらい、繋がっているのだから。
初めて想いが通じた時、嬉しくて泣いてしまったのを覚えている。
初めて賢者様の中から『恋仲であったアーサー』という存在が消えた時も、少しだけ泣いたことを覚えている。
一度だけ賢者様を責め立てたこともあった。
カインに止められなければ、賢者様は二度と私のことを愛してはくれなかっただろう。
もう何度目か。恋仲になっては忘れられるのは。賢者様がこの関係性を忘れる周期は少しずつ、しかし着実に短くなっている。まるで大いなる厄災が近付いているのに合わせるように。
「アーサー。もう賢者様のことは諦めた方がいいんじゃ……」
「大丈夫だ。カイン。私は大丈夫だよ」
今度こそきっと大丈夫。そう信じて思っても、賢者様の中から何度も消え行く『私と過ごした』記憶。
それでも、忘れられなくて。忘れて欲しくなくて。
何度でも、何度だって、同じことを繰り返す。
「月が綺麗ですね」
ああ、この言葉を聞くのはいつだって胸が苦しくなる。
この言葉を発したということは、賢者様の中から『恋仲であった私』が消えている証なのだから。
「アーサー? どうかしましたか?」
同じ言葉、同じ答え。何かが変わるかも知れないと思っても、結局。
何度でも、何度でも、繰り返そう。
賢者様の中に留まれるその日まで。
「それは、愛の告白というやつですか?」
「月が綺麗ですね」
元居た世界での常套句を言えば、「それは愛の告白というやつですか?」と返された。
「驚いた。知っているんですか?」
「……はい。前の賢者様に教えて頂きましたから」
「そう、ですか……」
知らないと思っていたから口から滑り出た言葉だったというのに。
恥ずかしさで顏あ赤くなっていくのを如実に感じる。
今すぐにでも逃げ出したいのに、彼はそれを許してはくれなっかった。
「賢者様。私のことを想ってくださって、凄く嬉しいです。本当に……心の底から」
頬を染め、私の手を取りそこに口付けるアーサーはあの日見た時と同じ、やっぱり王子様みたいだ。いやまあ、王子様なんだけれども。
「もっと言葉で伝えてください。私も何度でも、何度でも、返しますから」
笑ってそう言うアーサーは王子様というにはあまりにも、ひとりの男の目をして私を見据える。
その眼光の中に秘められた想いに気付けぬほど、残念ながら鈍くはなかった。
「お手柔らかに……」
そう、小さく彼の鳴くような声で伝えることしか出来なかった。
アーサーは笑って私を見つめる。その瞳の中には優しさと、意地悪さと、そうしてどうしようもなく私を好んでくれている色を感じるのに。
――その瞳に奥底に在る、憂いのような感情は、何?
◇◆◇
きっと、この感情は出逢った時から。
ずっと好ましく想っていたんです。
けれども、想いが通じ合ったあと賢者様は私のことを忘れてしまうようになった。
なった、と過去形を使ったことには意味がもちろんある。
私と賢者様の心はもう何度も、何度も、周りが辟易するくらい、繋がっているのだから。
初めて想いが通じた時、嬉しくて泣いてしまったのを覚えている。
初めて賢者様の中から『恋仲であったアーサー』という存在が消えた時も、少しだけ泣いたことを覚えている。
一度だけ賢者様を責め立てたこともあった。
カインに止められなければ、賢者様は二度と私のことを愛してはくれなかっただろう。
もう何度目か。恋仲になっては忘れられるのは。賢者様がこの関係性を忘れる周期は少しずつ、しかし着実に短くなっている。まるで大いなる厄災が近付いているのに合わせるように。
「アーサー。もう賢者様のことは諦めた方がいいんじゃ……」
「大丈夫だ。カイン。私は大丈夫だよ」
今度こそきっと大丈夫。そう信じて思っても、賢者様の中から何度も消え行く『私と過ごした』記憶。
それでも、忘れられなくて。忘れて欲しくなくて。
何度でも、何度だって、同じことを繰り返す。
「月が綺麗ですね」
ああ、この言葉を聞くのはいつだって胸が苦しくなる。
この言葉を発したということは、賢者様の中から『恋仲であった私』が消えている証なのだから。
「アーサー? どうかしましたか?」
同じ言葉、同じ答え。何かが変わるかも知れないと思っても、結局。
何度でも、何度でも、繰り返そう。
賢者様の中に留まれるその日まで。
「それは、愛の告白というやつですか?」
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