まほやく

大切そうにソレを拾うから、僕もソレが大切なモノのように感じた。
きっとこの感情は、その時に感じたものと似たような色をしている。


「オーエン、このチェリーパイ美味しいですよ。一緒に食べませんか?」
「どうして、僕がおまえと一緒に食べなくちゃいけないの?」
「それは……美味しいものを誰かと一緒に食べると、更に美味しくなるからですよ」
「ふぅん。でも、食べない」
「……わかりました。無理言ってすみませんでした」

普通の人間だったら嫌な顔をするだろう態度でも、賢者様は嫌味すら言わずにそうやって笑うんだね。
きっと、本当に本気で一緒に居たいわけではないのだろう。
まったく面倒くさいな。
慣れ合うのは嫌い。誰かと仲良くだなんて虫唾が走る。
だからと言ってひとりが好きかと問われると少しだけ引っ掛かるのは、どうしてだろう?

(まあ、でもどうせ。『大いなる厄災』を退けたら終わる関係だ)

それまで飽きずに賢者様に犬のように付き従ってあげるかは別だけど。
でも今は飽きてはいないから。ただそれだけの理由でこの魔法舎に居てあげている。
ここは飽きないからね。毎日色々なことが起きる。ミスラに気紛れに殺されるのはムカつくけど。
それでもちゃんと居てあげている。

でも、たまに思う。
この生活が終わる時。それは今の賢者様が居なくなる時。
僕はその時、一体どんな感情を得るのだろう。
少しだけ楽しみで、少しだけ心が踊る。
それに反するように、少しだけ嫌だとも何故だか思う。
きっとそれも、賢者様が居なくなった世界が訪れたら分かるのだろう。

「賢者様が居なくなった世界……」

その言葉を発した瞬間、キュウッと胸が締め付けられた。
小首を傾げてみても、どうして痛むのか分からなかった。
ただ締め付けられた心臓の上に添えた手のひらが、苦しみを和らげるためなのか無意識に服を掴んでいた。
それだけが、確かな事実。




「あれ? オーエン? どうし……どうして私のチェリーパイ食べちゃうんですか!?」
「ぜんぶ賢者様が悪いんだよ」
「ええ……まあ、いいですよ」
「はあ?」
「オーエンと一緒にチェリーパイを食べられたことになるから、嬉しいです」
「……おまえ、本当に変なやつ」
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