まほやく

きっといつまでも、あなたは変わらないのでしょうね。

「ムル。また月を見てるんですか?」
「うん! 彼女はキラキラしていてとっても愛しい存在だからね!」
「……そうですか」

この世界では『大いなる厄災』と呼ばれ忌み嫌われている月に、まるで焦がれるように手を伸ばし頬を緩めるのは、その『大いなる厄災』を退ける役割を持った筈の魔法使い。
なんて悲劇的で、そうして情熱的な恋なのだろう。

「隣に座ってもいいですか?」
「賢者様なら大歓迎」

そういうくせに彼は私を見てはくれないのだ。少しだけ心臓がチクリと痛んだ。この胸の痛みはいつまで続くのだろう。
ムルが月に恋焦がれ、愛し続ける限り、私はいつでも負け犬だ。
それ覚悟で「ムルの一番傍に居たいです!」と告げたのは、少し前の話だが。今では月に対してハンカチを噛みたい気分だ。そんな真似はしないけれども。

「あの、ムル……くしゅっ」

冷えてきたからさすがにそろそろ魔法舎の中に入りませんか? そう言おうと思ったら、くしゃみが出ていた。身体が冷えたのを如実に感じる。

「あれ? 賢者様風邪引いちゃった? 大丈夫?」

珍しくムルが私に意識を向けるから、そのことに驚いて、でもきっといつもの気紛れだろうと思い「大丈夫です」と言った。
ムルは少しだけ考える素振りを見せて、そうして座っている私の身体を優しく引っ張り立たせた。

「む、ムル? どうかしました?」
「ちょっと待ってね、賢者様」

そう言うとムルは「エアニュー・ランブル」と呪文を唱える。すると私とムルの間に暖かな風が身体を包むように生まれた。

「はい! これで一緒に彼女が見れるね」
「そ、そうですね……」

なんだかいつもより近くて緊張で心臓がバクバクと脈打つ。これがムルの気紛れでも、嬉しかった。
いつか私たちの道は、人生は、別たれる日が必ず来るけれども。
その日まではどうかこの優しくて気紛れで猫のような魔法使いの傍に居させて欲しいと。
夜空に静かに輝く月に願った。
14/15ページ