まほやく

 世界から異端視されている存在が在る。
 魔力を用いて魔法を使う、魔なる存在。
 『魔法使い』は存在するだけ悪なのだ。
 そんな悪の存在がとある名家に生まれた。
 まあ。魔法使いというか、魔女なのだが。

「そんな、どうして……!」

「この子はきっと凶事を生むことだろう!お前には悪いが、殺すしか……」

 静かな声で紡がれたその言葉に、魔女を生んだ女は元から白かった肌を更に白くした。

「あなた! どうか命までは! せめてこの子が成人するまでは、どうか生かしてあげてください……!」

「……お前がそこまで言うのなら、分かった」

 腕の中に抱いた娘に、十月十日胎の中に居た子供に情が湧かない筈がない。
 この子が自分で逃げられるまで、この子が自分の意思で生きられるまで。
 せめて生かそうと女は夫に歎願したのだ。
 夫たる男もまたその意図には気付いて居たが、愛しい妻がそこまで言うのならと妻の言葉に頷いたのだ。

 其れがはじまりの。
 晴れ渡った空の下、雨が地上を濡らすような、そんな不思議な天気の日のこと。
 生まれたその日に殺される筈だった魔女は、その生みの親によってまた生かされたのであった。

「それがアタシのはじまりの日ってわけ」
「はぁ……」
「何よ、アタシのこと聞きたいって言ったのアンタじゃない。賢者サマ」
「それはそうですけど……魔法使いとか魔女ってなんでそんなにヘビーな生まれ方してるんですかね」
「そういう宿命なのよ。魔女も、魔法使いも」

 そういうものですか、と彼の賢者は言う。
 珍しくアタシの住処たる屋敷に世界最強の魔法使いが訪ねてきたと思ったら、その男から「今度の賢者を助けてやってくれ」だなんて言葉が聞こえてきて耳を疑った。
 あのオズが。他の誰か他人を、幾らこの世界の要という存在たる【賢者】とはいえ、「助けてやってくれ」と言うのだから驚いた。
 無駄に年食って落ち着いたのだろうか。それとも、今回の賢者はいつもの賢者と違うのか。
 それが気になって、アタシはオズの申し出を受け入れたのだ。

「で? 賢者サマ。今日は何をお望みで?」
「実は……」

 ボソッと呟かれた言葉は羽虫が鳴くように小さくて。
 けれども確かにアタシの耳は賢者サマの声をしかと拾った。

「じゃあ、城下町に行きましょうか」
「あ、ありがとうございます!」

 本当に困っていたのだろう。賢者サマは嬉しそうに顔を明るくしていた。
 確かに男所帯の場所では言いづらい悩みだろう。

「でも、そんな底辺な悩みに気付けないなんてさすがはお子ちゃまね」
「アリシアさん……幾つなんですか」
「あら? レディに年を聞くだなんて乙女がすることではないわよ」
「はぁ……」

 にっこりと笑ってそう言えば、賢者サマは納得したのかしてないのか分からない顔をしながら、けれどもそれ以上は聞いては来なかった。

(言えないわよねぇ?)

 こんな無垢な子に。アタシの生きた時間を話すのは重すぎる。
 どうか知らないままに役目を終えて欲しい。
 本来ならこの世界に関わることのなかった心優しい人の子。

「まー、あの双子が何か言わなきゃ……絶対いつか何か言うわね」
「何か言いました? アリシアさん」
「なんにもー?」

 あの双子なら何か余計なことを言いかねない。そんな自信しかない。
 何せ、あの双子は昔からそういう生き物だから。
 魔法の師匠に対してとんでもないことを思ってはいるけれども、そうとしか言えないのだから仕方ない。

「アリシアさんが居てくれて助かりました」
「良いわよ。別に下着を買いたいって、お願いくらいなら聞くわよ。約束は出来ないけれど」
「分かってます」
「野郎共には分からないことがあれば、アタシに言えば良いわ。アタシは賢者の魔法使いじゃないけれども、アンタのことは結構気に入ってんの」
「ありがとうございます」

 少し照れながら笑う賢者サマに、アタシもつられて笑う。

「そう言えば、フィガロは元気?」
「はい、それはもう」
「アイツ、もうすぐ石になるみたいだから顏くらいは拝んでおこうかしら」
「……」
「どうしたの?」
「フィガロが石になるって、本当なんですか」
「まあ、遅かれ早かれアタシ達は冷たい石になるのよ。それがフィガロはそろそろってだけのこと。アイツが石になって悲しんでくれるヒトが居るのは良いことよ?」
「でも、」
「アタシ達は人間にとったら異端の存在。そういう存在は貴重だし、だからこそアイツも大事にしたいと思えばいいのよ」
「そういうものですか?」
「そういうものよ」

 唇を三日月の形にしてから、そうして賢者サマの腕を掴んだ。

「飛ぶよ」

 それだけを呟いて、空間から箒を取り出し賢者サマに跨らせると空に飛ぶ。
 地上にはアタシ達について回っていた人間の男が三人。

「御免遊ばせ。今日は女子会の気分なの。野郎はお呼びじゃないのよ」

 そう微笑むと、何かを騒いでいる男達からグンッと距離を取る。
 夜空は相も変わらず月が輝いていて。忌々しいような、愛おしいような。不思議な感覚に陥る。
 それが厄災という存在なのか、なんなのか。アタシが生きている内に分かるのかしら。

「あの、アリシアさん……! 急に、な、なんですか……!?」
「不要な存在から離れるには打って付けの方法でしょう?」
「そりゃそうですけど……! というかあの人達、誰ですか!?」
「さあ? アタシは知らないわよ。誰かの恨みを買った誰かじゃない?」
「意味が分かりませんが!?」
「ふふ。喋ってると舌、噛むわよ」

 キュッと顔を窄める賢者サマ。その顔が面白くてまた笑う。
 笑顔はアタシの武器のひとつで、アタシの自慢のひとつだ。
 処世術ともいう。笑っていればなんとかなるもんだ。ならない時もまあ、多いけれども。

「賢者サマ。今夜はアタシと月夜のダンスでもしましょう」
「あの、それ拒否権は……?」
「ないわよ」
「……はい」

 夜空を一回転しながら、踊るように箒を操る。
 賢者サマを連れ回したことが知れたら、きっと彼女のことを気に入っている魔法使いは気に食わないのだろうけれども。

(アタシだって気に入ってるのよ)

 まあ、ライクだけれども。
 誰かを愛するって疲れる。それがもし人間だったら大変だわ。
 そう考えるけれども、でも身近に存在した同じ魔女たるチレッタは幸せそうだった。
 人間に恋をして、人間と共に過ごして、その間に子を生して。
 それがきっと、彼女の幸せだったのだろう。

(死んで欲しくはなかったけれども)

 でも、それが彼女の運命だったのだろう。
 受け入れるしかない運命だったのだろう。

「ねぇ、賢者サマ? アタシが石になったら、どうする?」
「え、」
「泣いてくれる? それとも笑う?」
「そりゃ、泣きますよ」
「そう」

 泣いてくれるのね。
 アタシはチレッタが死んだ時すら泣けなかった薄情者だけれども。
 そんな事実を知らないこの子は泣いてくれると言ってくれたから。

「少し、死ぬのが楽しみになったわ」
「え、死なないでくださいよ!?」
「早々死なないわよ。アタシは、まだ」

 猫みたいに鳴く賢者サマ。みんなに愛される賢者サマ。
 どうか絶望なんて知らないままに、役目を終えられると良いわね。
 そんなことを考えていたら魔法舎に着いてしまった。
 待ち構えるように仁王立ちしているオズを見て、あの魔王と恐れられた男が変わったものだと感心してしまったわ。
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