まほやく
寒気もするような雨音。
しんと静まり返った魔法舎。
いつもは騒がしいのに、死人でも出たみたい。
「賢者様」
優しく、甘く、まるで恋人にでも囁きかけるかのように話しかける。
ベッドの上で眠っている賢者様には届かないだろうけれども。
呪いを受けた賢者様は今深い眠りについている。
その護衛を任されたのが、僕だった。
いつ賢者様のことを殺しちゃうかも知れない僕のことを良く護衛に付けられるね?
そう中央の騎士様に告げたなら「だってお前は、賢者様のことが好きだろう?」だなんて言うんだ。
賢者様のことが好き? 誰が? この僕が?
ああ、好きだよ。大好きさ。
なんて、からかって言ってやっても良かったのだけれども、なんだかそれも無性にムカついて、仕方ないから見ていてやることにした。
なんの変哲もない寝顔を見つめる。パッと見は何も変わらない。けれどその身体の内に渦巻く呪いは今も賢者様の命を蝕んでいた。
一体誰の許可を得て僕の玩具に呪いをかけたのだろうね。
まったく、出来るだけ残酷に、甘やかに、──殺してやりたいよ。
そんな感情を抱いたことに驚いた。
この僕が? 誰かの為に、自分の利益にもならないようなことをする?
少しくらいは面白いかも知れないけれども、やってやる義理はない。義理はない、のに。
どうしてか賢者様のこんな姿を見たくはなかった自分がいた。
「ねぇ、賢者様」
やはり甘やかな声が出る。砂糖と蜂蜜を混ぜてドロドロに溶かして煮詰めたみたいな、甘い声。
自分からそんな声が出るのは反吐が出る。
いつもの賢者様なら怯えながら、でも「どうしてそんな風に呼んでくれるんですか?」とまるですべてを包み込む春の風のような暖かな声音で理由を聞いてくれるようなことなのに。
なのに、どうして。どうして。
「起きてくれないの?」
声を随分聞いていない。
このままこうしている内にも賢者さまの身体は、命は蝕まれ、死に追いやられていく。
「賢者様」
どこか、迷子の子供のような声が出た。
どうしてその声がそういう声音なのか、教えてくれたのは賢者様なのに。
「きみは酷くて、残酷だね」
こんな風に僕の身体の柔らかな部分を掻き乱して起きながら、何も答えてくれないんだから。
まあ、でも……。
「早く起きないと、」
──悪戯しちゃうよ?
半分本気、半分冗談。
自分でもよく分からない感情を抱きながら、眠り続ける賢者様を見下ろしていた。
さて、目が覚めたらどんな悪戯を、無理難題を、投げかけてやろうか? なんて考えながら。
***
後日、呪いの解けた賢者様はすっかり元気で眠っていた時間を取り返すかのように働いていた。
呪いの残り香すらない。まさしく健康体だ。
そんな賢者様を横目に、木の上に横になっていたら、猫が擦り寄ってきた。頭を不意に撫でてやれば、暖かな陽射しのせいかくわっと欠伸が出た。
あんなよく分からない思いをするくらいなら、賢者様がムカつくくらい元気な方がまだマシだ。
賢者様を時折視界に入れながら、猫と戯れていたら、戯れるだけ戯れて満足したのか、とん、と身体の上から飛んで行った猫はどこかへ消えた。
「気まぐれなやつ」
いつか誰かにも言われた気がした。誰だったかな?
なんて考えていたらお腹が空いてきた。ドロドロに甘くてぐちゃぐちゃしたお菓子でも作ってもらおうか。
もちろん、この前まで面倒を見てやっていた賢者様に。
ふふ、と笑って目先のガラス越しに在る紅茶色の髪の毛を掬うように空中で手を動かした。
当然のように髪は掬えなかったけれども、なんだか胸の柔らかな部分が少しだけ暖かくなった……ような気がして、また笑みが零れた。
こんな穏やかな日も、たまには悪くないかも知れないね。
あたたかな陽射しが差し込み。
柔らかな声が響く魔法舎。
時折爆発音が響くが、それもまた、悪くはない。
しんと静まり返った魔法舎。
いつもは騒がしいのに、死人でも出たみたい。
「賢者様」
優しく、甘く、まるで恋人にでも囁きかけるかのように話しかける。
ベッドの上で眠っている賢者様には届かないだろうけれども。
呪いを受けた賢者様は今深い眠りについている。
その護衛を任されたのが、僕だった。
いつ賢者様のことを殺しちゃうかも知れない僕のことを良く護衛に付けられるね?
そう中央の騎士様に告げたなら「だってお前は、賢者様のことが好きだろう?」だなんて言うんだ。
賢者様のことが好き? 誰が? この僕が?
ああ、好きだよ。大好きさ。
なんて、からかって言ってやっても良かったのだけれども、なんだかそれも無性にムカついて、仕方ないから見ていてやることにした。
なんの変哲もない寝顔を見つめる。パッと見は何も変わらない。けれどその身体の内に渦巻く呪いは今も賢者様の命を蝕んでいた。
一体誰の許可を得て僕の玩具に呪いをかけたのだろうね。
まったく、出来るだけ残酷に、甘やかに、──殺してやりたいよ。
そんな感情を抱いたことに驚いた。
この僕が? 誰かの為に、自分の利益にもならないようなことをする?
少しくらいは面白いかも知れないけれども、やってやる義理はない。義理はない、のに。
どうしてか賢者様のこんな姿を見たくはなかった自分がいた。
「ねぇ、賢者様」
やはり甘やかな声が出る。砂糖と蜂蜜を混ぜてドロドロに溶かして煮詰めたみたいな、甘い声。
自分からそんな声が出るのは反吐が出る。
いつもの賢者様なら怯えながら、でも「どうしてそんな風に呼んでくれるんですか?」とまるですべてを包み込む春の風のような暖かな声音で理由を聞いてくれるようなことなのに。
なのに、どうして。どうして。
「起きてくれないの?」
声を随分聞いていない。
このままこうしている内にも賢者さまの身体は、命は蝕まれ、死に追いやられていく。
「賢者様」
どこか、迷子の子供のような声が出た。
どうしてその声がそういう声音なのか、教えてくれたのは賢者様なのに。
「きみは酷くて、残酷だね」
こんな風に僕の身体の柔らかな部分を掻き乱して起きながら、何も答えてくれないんだから。
まあ、でも……。
「早く起きないと、」
──悪戯しちゃうよ?
半分本気、半分冗談。
自分でもよく分からない感情を抱きながら、眠り続ける賢者様を見下ろしていた。
さて、目が覚めたらどんな悪戯を、無理難題を、投げかけてやろうか? なんて考えながら。
***
後日、呪いの解けた賢者様はすっかり元気で眠っていた時間を取り返すかのように働いていた。
呪いの残り香すらない。まさしく健康体だ。
そんな賢者様を横目に、木の上に横になっていたら、猫が擦り寄ってきた。頭を不意に撫でてやれば、暖かな陽射しのせいかくわっと欠伸が出た。
あんなよく分からない思いをするくらいなら、賢者様がムカつくくらい元気な方がまだマシだ。
賢者様を時折視界に入れながら、猫と戯れていたら、戯れるだけ戯れて満足したのか、とん、と身体の上から飛んで行った猫はどこかへ消えた。
「気まぐれなやつ」
いつか誰かにも言われた気がした。誰だったかな?
なんて考えていたらお腹が空いてきた。ドロドロに甘くてぐちゃぐちゃしたお菓子でも作ってもらおうか。
もちろん、この前まで面倒を見てやっていた賢者様に。
ふふ、と笑って目先のガラス越しに在る紅茶色の髪の毛を掬うように空中で手を動かした。
当然のように髪は掬えなかったけれども、なんだか胸の柔らかな部分が少しだけ暖かくなった……ような気がして、また笑みが零れた。
こんな穏やかな日も、たまには悪くないかも知れないね。
あたたかな陽射しが差し込み。
柔らかな声が響く魔法舎。
時折爆発音が響くが、それもまた、悪くはない。