妖の王と巫女姫

巫女姫に恋焦がれるだなんて、妖の王としてあってはならぬことなのだろう。
現にどんなに歴史を遡っても、巫女姫をその手にした王は――現国主。人の王であるあの男だけ。
妖の王は一度足りとてその女を手に入れたことはない。
当たり前か、とも思う。
巫女姫とは神使。その名の通り、神の使いだ。
そんな尊き存在が穢れし妖に傾くわけもなく。
けれど私は恋焦がれてしまった。
あの巫女姫ではなく、和泉という女に。
なれど和泉は決して私に傾くことはない。

「わたくしは巫女姫ですので」

そう笑って言うのだ。
その言葉を聞く度に胸が苦しくなる。
和泉にそう言わせてしまうのが。いや、その言葉を聞くことがつらいだけなのかも知れないな。

「父上?どうなされました」

「……いや」

数百年前に娶った妖の女との間に出来た子に声を掛けられ、自分がぼうっとしていたことに気がついた。

「最近の父上はあまりに可笑しいです」

「そう……なのだろうか」

「はい。母上は楽しそうにしていらっしゃいましたが、あの巫女姫が現れて以来、父上のご様子は可笑しいです」

「……鏡花は、何も言わぬか」

「はい。……あ、いえ」

「なんだ」

「……母上は『あやつの好きにしておやり』と、そう仰りました」

「相も変わらず、鏡花には敵わんな」

己よりも妻の方が分かっているというのは、また可笑しな話だ。
なれど、そうか。

「好きに、か……鏡花らしい言葉だ」

「父上は母上に愛を持ってはくださらぬのですか」

息子の言葉に一瞬何を言われているのか分からなかった。
けれど、嗚呼、と思い浮かび私は口元を綻ばせた。

「な、何を笑っていらっしゃるのですか!」

「いや、何。妖にしてはお前はあまりに素直だと思ってな」

「それは家臣にも言われます」

「そういうところすら素直だ」

凛とした佇まいは妻たる鏡花に似たのか。何にせよ、私に似なくて良かったとも思う。
こんな愚かな男に似なくて良かった、と。

「私は鏡花もお前も愛してはいる」

「……ずるいですね、父上は」

「そうか。妖というのは狡賢いものだ」

分かったらお前はお前の収めている国を守りに行け、と告げた。
長らく力の強い妖が同じ場所に居ることは良くないとされている。
故に発した言葉だった。息子は少し不満そうな顔をしたあとに、是と頷いて風に舞うように消えた。
私はそれを見送ってからまたぼうっと考える。

「好きなように、か……」

我が妻が言うのならば、きっと其れは本心なのだろう。アレは嘘が嫌いだ。冗談は好きなのが玉に瑕だが。

「まったく、私が妖の王というのを理解しての物言いならば、」

そこまで言って、切った。
いとおしい音がする。足音だけで分かってしまうとは、困ったものだ。
鏡花とも息子とも相対した時とは違う、この胸の高まりは一体なんなのだろうか。
其れを私は、知りたいと思った。
1/9ページ