「勿体ぶる程のことを、先代はわたくしに遺したのでしょうか？」

「そうさねぇ……どうだと思う？」

「……奥君」

にっこり和泉は微笑む。それはあまりに綺麗で、でも確かに鏡花が言った通り、和泉自身が放った通り。人形のようで。
魂がないとは一体どういうことなのかと、問い詰めたい気持ちはあったが。
和泉も鏡花も其れを許すような雰囲気ではなかった。

「そうさね。先ずは、――人の王へ」

「うぅ……私かい？」

「あはは、人の王よ。娘に嫌われている程度で泣くんじゃないよ」

「嫌われ……っ！？」

「自覚がなかったのかい？」

鏡花が空色の瞳をきょとりとまぁるくすれば、香朱は背中を丸めどんどん小さくなっていく。
まるで消え去りたいと願うかのようだ。
娘に嫌われる父親とはこういうものなのだろうか？
子は息子しか居ないから分からないが。確かにアレに嫌われると思うと少し来るものがあるな。

「『どうかわたくしのことなど忘れ、長生きして幸せになってくださいね』」

「……っ」

「先代、和紗の言伝だよ」

「先代らしい言葉ですね」

泣き崩れる香朱を見やることもなく、和泉は笑顔で言い放つ。

「お前さんには――『いつまでも、いといとしい我が子ですから、心に従って生きてくださいね』――そう預かっているよ」

「そうですか……」

「お前さんは、面白い女だねぇ」

「一体、どのあたりを見てのことでしょうか？」

「その身には、心がない」

「……」

鏡花の言葉に和泉はついに黙ってしまう。

「お前さんの心は、何処に在るんだろうねぇ？」

まるで何もかもを知っているかのような話し方だ。
もっとも、鏡花という妖怪は元々掴み所のないこういうモノでは在るのだが。

「鏡花、一体どういうことだ」

「ああ、夫君。忘れていた」

「何を？」

「美味しい団子の土産を持って来ていたのだ。皆で食べようではないか」

「……この雰囲気で、良くそんなことが言えるな。お前は」

「ふふん。そうであろうそうであろう」

「まったく褒めてはいない」

そんなやり取りをしていれば、和泉はぽそりと放った。

「お二人は、大変仲が良いのですね」

「あ、ああ？そこそこに付き合いだけは長いからな」

「やれやれ。夫君は一体、どうしたいのやら」

「何がだ？鏡花」

「今のところは『今はお前しか見えて居ない』とでも言うところであろう」

「……揶揄うのはやめろ。鏡花」

今の段階でそんなことを言う権利を、私は持ち得て居ないのだから。

「誰かに掠め取られないといいのぅ」

鏡花はそれだけを言うと、傍に控えていた侍女に恐らく土産だろう団子を持って来させていた。


誰かに掠め取られたら。
まったく考えなかったわけではない。
けれども、今。和泉の傍に居るのは私だ。
それだけは変わりようのない事実。