妖の王と巫女姫
「わたくしに蒼牙様の奥君が御用とは?あなた様以外の妖とはあまり縁はございませんが……」
「突然すまない。何か巫女姫と約束をしているらしく」
部屋に呼びに行けば和泉は不可思議そうに首を傾げながら鏡花の部屋に行くことを快諾した。
和泉の歩幅に合わせながら歩きながら鏡花の言っていた『約束』の話をすれば、まるで覚えがなさそうな顔をする和泉。
「……約束、ですか?」
「ああ、……覚えがないのか?」
「……そうですねぇ。お逢いすれば思い出すかも知れません」
いつものように柔らかく微笑む和泉はやはり覚えがないようだ。
鏡花の嘘か。しかし、アレは好奇心旺盛ではあるがくだらない嘘は吐かない。
なら、一体何故。
そんなことを考えているうちに鏡花が控えて居る部屋の前に着いた。
「入るぞ」
「ああ、お入んなさい」
障子を開け、部屋の中に入れば微かな香の匂い。
鏡花が好んで付けているものだ。
「ああ、お前様が『イズミ』かい?」
「……あなた様は。なるほど、先代の」
「察しがいいね。先代の巫女姫から言伝を預かっている。お前様と、人の王へ宛てて」
「そうですか……。だから、人の王もここにいらっしゃるのですね」
「おや、夫君に聞いたのかい?」
「いえ、気配で分かりますから」
「本当に良く似ているね。お前様は」
「良く言われます」
「人の王よ、出て来ても良いぞ」
屏風の内から出て来たのはこの大和国の人の王――香朱。
四十ほどの壮年だが、実力は良く知っている。
「香朱。お前も居たのか。なるほど、鏡花の香の匂いで隠されていたと」
ジトッと鏡花を睨めば、ふふ、と笑われただけだった。
香朱は和泉を見つめて、泣き出した。
「もっと早く、会いたかった……っ!」
「それはわたくしが先代の娘だからですか?」
「……私の娘だからだ」
「わたくしは、先代の血は引いておりますが、人の王の血は引いてはおりません。人違いかと」
「和泉……っ」
「お前様たち、まずはそこからなのかい?」
香朱が悲しそうに項垂れるが、和泉は何も感じていないかのように微笑んでいた。
鏡花は不思議そうに空色の瞳をまぁるくしたあと、ケラケラと笑う。
「妖の王の奥君。先代の言伝とは一体何でしょうか」
「お前様。そこの父君のことは良いのかえ?」
「わたくしには父は居りません故」
「……その我の強いところ、似ているね」
「そうでしょうか?」
和泉はにっこりと笑ったまま、そのままで。香朱のことは完全に触れなくなった。
あの優しい和泉が何故ここまで頑なになるのか知りたかった。
けれどもきっと、今の和泉は何も言わないのだろう。
「奥君。言伝とは?」
「ああ、そうだったそうだった」
「言伝など……何故、今更。まさか……」
和泉が何かを囁くように言ったけれども、私の耳にはまるで何かが邪魔をするかのように聞こえなかった。
その仕草を見ていた鏡花はぼそりと一言発する。
「お前様はまるで人形のようだね」
「そうでしょうか。ああ、でも……魂がない、人形のようだ。そのようなお言葉であったなら、その通りではありますね」
「魂が、ない?」
和泉の発言に驚いて言葉を発せば和泉はきょとりと首を傾げて見せた。
その年相応の振る舞いが珍しくて更に驚く。
「わたくしは、大罪を犯しましたので。――なので、魂はこの身体にはないのです」
そう、当たり前のように言う和泉の笑顔にほんの少しだけ陰りが見えた。
すぐにその陰りも消えてしまったので、気のせいかとも思ったが。
「お前様はまるで掴み所がない」
鏡花だけがケラケラと楽しそうに笑っているだけで。
そんな鏡花に「はあ」とまるで興味がなさそうな声といつもの笑顔のままの和泉。それにまた可笑しそうに笑う鏡花。
和泉の父である香朱も、私のことも、まるで置いてけぼりで。
一体この話し合いはどうなるのかと、頭を抱えたくなった。
「突然すまない。何か巫女姫と約束をしているらしく」
部屋に呼びに行けば和泉は不可思議そうに首を傾げながら鏡花の部屋に行くことを快諾した。
和泉の歩幅に合わせながら歩きながら鏡花の言っていた『約束』の話をすれば、まるで覚えがなさそうな顔をする和泉。
「……約束、ですか?」
「ああ、……覚えがないのか?」
「……そうですねぇ。お逢いすれば思い出すかも知れません」
いつものように柔らかく微笑む和泉はやはり覚えがないようだ。
鏡花の嘘か。しかし、アレは好奇心旺盛ではあるがくだらない嘘は吐かない。
なら、一体何故。
そんなことを考えているうちに鏡花が控えて居る部屋の前に着いた。
「入るぞ」
「ああ、お入んなさい」
障子を開け、部屋の中に入れば微かな香の匂い。
鏡花が好んで付けているものだ。
「ああ、お前様が『イズミ』かい?」
「……あなた様は。なるほど、先代の」
「察しがいいね。先代の巫女姫から言伝を預かっている。お前様と、人の王へ宛てて」
「そうですか……。だから、人の王もここにいらっしゃるのですね」
「おや、夫君に聞いたのかい?」
「いえ、気配で分かりますから」
「本当に良く似ているね。お前様は」
「良く言われます」
「人の王よ、出て来ても良いぞ」
屏風の内から出て来たのはこの大和国の人の王――香朱。
四十ほどの壮年だが、実力は良く知っている。
「香朱。お前も居たのか。なるほど、鏡花の香の匂いで隠されていたと」
ジトッと鏡花を睨めば、ふふ、と笑われただけだった。
香朱は和泉を見つめて、泣き出した。
「もっと早く、会いたかった……っ!」
「それはわたくしが先代の娘だからですか?」
「……私の娘だからだ」
「わたくしは、先代の血は引いておりますが、人の王の血は引いてはおりません。人違いかと」
「和泉……っ」
「お前様たち、まずはそこからなのかい?」
香朱が悲しそうに項垂れるが、和泉は何も感じていないかのように微笑んでいた。
鏡花は不思議そうに空色の瞳をまぁるくしたあと、ケラケラと笑う。
「妖の王の奥君。先代の言伝とは一体何でしょうか」
「お前様。そこの父君のことは良いのかえ?」
「わたくしには父は居りません故」
「……その我の強いところ、似ているね」
「そうでしょうか?」
和泉はにっこりと笑ったまま、そのままで。香朱のことは完全に触れなくなった。
あの優しい和泉が何故ここまで頑なになるのか知りたかった。
けれどもきっと、今の和泉は何も言わないのだろう。
「奥君。言伝とは?」
「ああ、そうだったそうだった」
「言伝など……何故、今更。まさか……」
和泉が何かを囁くように言ったけれども、私の耳にはまるで何かが邪魔をするかのように聞こえなかった。
その仕草を見ていた鏡花はぼそりと一言発する。
「お前様はまるで人形のようだね」
「そうでしょうか。ああ、でも……魂がない、人形のようだ。そのようなお言葉であったなら、その通りではありますね」
「魂が、ない?」
和泉の発言に驚いて言葉を発せば和泉はきょとりと首を傾げて見せた。
その年相応の振る舞いが珍しくて更に驚く。
「わたくしは、大罪を犯しましたので。――なので、魂はこの身体にはないのです」
そう、当たり前のように言う和泉の笑顔にほんの少しだけ陰りが見えた。
すぐにその陰りも消えてしまったので、気のせいかとも思ったが。
「お前様はまるで掴み所がない」
鏡花だけがケラケラと楽しそうに笑っているだけで。
そんな鏡花に「はあ」とまるで興味がなさそうな声といつもの笑顔のままの和泉。それにまた可笑しそうに笑う鏡花。
和泉の父である香朱も、私のことも、まるで置いてけぼりで。
一体この話し合いはどうなるのかと、頭を抱えたくなった。