黒バス【名前有り固定夢主】

 赤司紅緒は怒っていた。
 それはもう、烈火の如くと言っていい程には怒っていた。
 それでもその顔面に貼り付けるのは常の笑みである。
 すべてがちぐはぐな彼女の心は、穏やかというにはあまりに遠く離れてたのは確かなことだろう。

「ねぇ? 幸男さん?」
「どうした?」

 常と変わらないテンションで首を傾げる幸男さんはわたしを見る。
 黒曜石のような瞳の中にわたしが映ることでほんの少し怒りは収まったが、それでもやはり許せなかったのだ。

「日曜日、誰とデートしてたんですか?」
「……は?」
「わたしとの予定、断ってまで。誰と出掛けたんですか?」
「……いや、」

 いつもスパッと竹を割ったような発言をする男前な幸男さんが歯切れの悪い発言をすること自体がもう既にクロだと告げている。
 幸男さんはつまるところ——

「わたしが居るっていうのに浮気ですかー!?」
「うわっ。急にでかい声出すな!」
「大きな声も出したくなるってものですよ! 私という存在が居ながら浮気だなんてー!」

 しかも否定してくれないー!
 そう叫べば、幸男さんは心底面倒臭そうな顔をしながら溜め息を吐いた。

「少しは落ち着け。あと俺は浮気してない」
「だってー! 見たんですよ!? 幸男さんが女の子と出掛けてるの!」
「いつ、どこで?」
「日曜日に、ショッピングモールで、ですけど……」

 そう言えば幸男さんは「ああ……」と納得したように頷いた。

「海常のマネージャーとたまたま会ったんだよ」
「たまたま……たまたまで、映画館に行きます?」
「……お前、どこまで着いてきてたんだ?」
「映画終わってカフェでお茶してるまで、ですけど……」
「お前一人で?」
「いえ、友達とですけど?」
「あのな、その状況をそのまま俺に当てはめてみろ。友人と出掛けるのはなんら可笑しくはない」
「でもでも! 女の子ですよ!? 幸男さんが! 女の子と出掛けるなんて珍しくないですか!? 槍でも降るんですか!?」
「あのなぁ。さすがに殆ど毎日居るマネージャーくらいは慣れてるっての」

 ああいえばこういう状態で、幸男さんはなかなか浮気と認めない。
 わたしも段々と引っ込みがつかなくなっていくのを感じてはいるのだが、それでも恋の恐ろしいところで恋人が浮気をしていると知ったらもう、心が追い付かないのだ。
 分かって居る。四つも年上の女よりも同学年の女子高生の方が一緒に居て楽しいことくらい。そんなことくらい分かっているのに。
 もっと年上らしく落ち着いて話が出来たら良かったのに、それでも駄目なのだ。
 恋は人を容易に可笑しくするというのは本当なのだと身に染みて感じている。
 だけどまあ、浮気は許せないっていう事実があるよね!

「幸男さんは……」

 そこまで言って、でもその先を紡げなかった。

「お、おい……大丈夫か?」

 ぼろぼろと涙が頬を伝い、顎まで流れていく。震える唇を引き結び、そうしてギュッと拳を握ると幸男さんに向かって宣言する。

「わたしも浮気します」
「はあ⁉」
「幸男さんが浮気したから、わたしも浮気します」
「……お、まえなぁ……」

 はあ、と溜め息を吐く幸男さんにわたしはびくりと肩を揺らすが、一度口から出した言葉はもう後には戻せない。
 鼻を啜りながらわたしは幸男さんを睨み付け、そうしてそのまま——逢引き場所に使っている自分の家から転がるように飛び出した。
 ……飛び、出そうとしたのだけれども。

「ちょ、っと待て紅緒! 話を聞け!」

 しかして相手は高校生とはいえ現役バスケ選手。わたしが飛び出そうとしたことに身体が反応したのか、その腕の中に抱き込まれ羽交い絞めにされる。

「イヤです! 別れません!」
「なんでそう話が飛躍してるんだ⁉」
「だってぇ……」

 鼻を鳴らしながらべそべそと泣けば、幸男さんは本当に仕方ねぇな、とばかりに頭を撫でてくる。
 わたしを落ち着けさせる為に行っている行動だとは分かるけれども、子供に対して行うみたいでなんだか癪だ。まあ、癇癪起こした子供みたいな態度だという自覚はあるけれども。

「俺があのマネージャーと出掛けたのは、その……」

 なんとも歯切れの悪い言葉ではある。やっぱり浮気なのだろうか。捨てられる? こんな面倒な彼女わたしだったら捨ててるしな。と謎の諦念を抱きながら死刑判決を待つ囚人のような気持ちで幸男さんの言葉を待った。

「今度、お前……誕生日だろ?」

 だから、これ。そう言われて取り出されたのは綺麗にラッピングされた小箱。

「たんじょうび……」

 見知らぬ単語のように言ってしまったが、確かにわたしの誕生日は来月で、その日は幸男さんとデートするのだともう去年の誕生日終わりからワクワクしていたイベントである。
 幸男さんと一瞬でも年齢に差が付くのは辛いけれども、それでもこの日ばかりは誕生日ということで何をしても幸男さんは「はいはい」と聞いてくれるスペシャルデー。普段は嫌がる甘い雰囲気を作っても照れて怒られない最高の日なのだ。だからわたしは幸男さんに今年もそういった誕生日プレゼントを貰おうと思っていた。
 物でのプレゼントよりもそう言った行動でのプレゼントの方が遥かにわたしは嬉しかったから。だから、そう思っていたのに、これは一体どういうことなのだろうか?

「中身、見ねぇの?」
「見てもいいんですか?」
「それでお前が安心するなら」

 本当は誕生日に渡す予定だったんだけどな、と言われてしまったが、そんなことはどうでもいい。
 幸男さんからの初めてのプレゼントである。めちゃくちゃ緊張する。なんだこれ、もしかして今日わたしは死ぬの? 命日だったりする?
 心臓がバクバクと高鳴りながらゆっくりと小箱の包装を解いていく。
 中身はシンプルな黒い箱。それを更に開ければ、中に入っていたのは——

「ピアス?」
「センスがないって突っ返すなよ」
「か、返せって言われても返しませんよ⁉」
「いや、本当に返されても困るからいいけどよ……」

 二つ輝くピアスには赤い石が付いている。赤い石はわたしの名前が紅緒だからなのか、それとも単にこれを気に入ったのか。でも、もしかしてこれ……とふと気が付いた。
 これは幸男さんの誕生石であり、わたしの誕生石の別名でもある宝石だ。

「おい、なんとか言えよ」

 照れたような幸男さんが口調を強めてそんなことを言うものだからわたしは笑って答えていた。

「幸男さんって、結構独占欲高いんですね」
「おっまえ、なんでそういうのはすぐ気付くんだよ⁉」
「ふふ、幸男さん検定一級ですからね? わたし」

 小ぶりだけれどもシンプルで普段使いしやすいデザインのピアスだ。これは今すぐにでも付けたい。でも、もうちょっと眺めてから使いたい気もする。
 幸男さんの独占欲の塊とも言えるこのピアスを、わたしが貰ってもいいのだろうか? という気持ちには一瞬なるが。それでもこれは間違えようもなく、わたしの物だ。

「ありがとうございます、幸男さん」
「……おう」

 照れたような幸男さんは、これで疑いは晴れたな? とばかりに離れて行こうとする。
 まあまあ待たれよ幸男さん、とばかりにわたしは幸男さんにしなだれ掛かった。

「な、んだよ……」
「あのね、幸男さん」

 わたしたぶん、

「人生で今、一番嬉しいプレゼント貰ったの」
「そ、そうか……」
「だから、ね? 付けて?」
「は、」
「幸男さんがこのピアス、わたしに付けて?」
「いや、普通に嫌だ」
「まあまあ、そう言わず」
「嫌だ」

 そんな会話を繰り返していたら最後は折れてくれたのか、幸男さんはわたしにピアスを付けてくれた。新しく耳に嵌まったピアスに、つい頬が緩んでしまう。

「あのな、お前かなり変態行為してるからな?」
「でも結局付けてくれてる辺り、幸男さんって甘いですよね」
「そんなんお前にだけだっての」

 面倒臭そうにそう言った幸男さんの言葉。出逢ってから五年。付き合い始めてから二年。これが幸男さんの本当の言葉で、しかもうっかり漏れ出た本音だというのには気づいているが。当の本人がまったく言葉の意味に気が付いていないから、だからわたしはどんどん調子に乗っていくというのに。

「まったく、幸男さんは……わたしをこれ以上メロメロにして、どうしたいんですか?」
「今の会話のどこにそんな要素があったんだ?」

 きょとんとしている幸男さんに、さあ? どこでしょう。と答える。
 幸男さんは納得していない顔をしていたが、これはわたしだけが分かっていればいいことで、幸男さんにだって内緒にしておきたい。

「幸男さん、大好き!」
「はいはい」

 俺も好きだよ、なんて甘い言葉は返って来ないけれども。
 抱き着いた身体を抱きとめてくれるその態度がわたしにとっては何よりも嬉しい言葉なのだ。



****



「それはそれとして、お前俺がマネージャーとお前のプレゼント見てるとき、誰と何処まで行ってきたんだ?」
「ここぞとばかりに嫉妬してくる。幸男さん可愛い」
「おい」
「んー、別にいつもと一緒ですよ? いつも通り幼馴染のたっくんと買い物に行って、ごはん食べて、映画見ようとしたら幸男さん見掛けて、尾行しました」
「……おい」
「なんですか?」
「お前……お前の方がよっぽど浮気してんじゃねぇか⁉」
「え、何言ってんですか。幼馴染ですよ?」
「ホントお前は……分かった。紅緒、明日足腰立つと思うなよ……」
「幸男さんにされることなら喜んで! ……って言いたいところですが、明日はそれこそたっくんと出掛ける予定が」
「んなもんキャンセルしろ!」
「わぁ、珍しく激おこな幸男さん。激レアじゃないですかー」

 そんな会話をしながら着々と迫られています。
 ま、いっか。幼馴染の推しがライブをするから着いてこいって言われて行くだけだしね!
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