黒バス【名前有り固定夢主】

 赤司紅緒は悩んでいた。
 それはもう、ブラコン通り越してお巡りさんこちらです! と言われ兼ねない程に弟愛にあふれているのに、その究極の二択はないだろう? と真剣に悩んでいた。
 完璧超人通り越して何れ天下を治めるのだろうマイスイートラバーな弟、赤司征十郎こと征ちゃんと、この世の何を於いても決してあなただけは生かすと決めた恋人、笠松幸男こと幸男さん。
 その二人とのデート……いやまあ、征ちゃんの方はお年頃なのか最近は「デートと言うのはやめて欲しい」と言ってくるようになったのだが、今はそんなことはどうでも良い。横に置いておくとしよう。
 ――ダブった。
 何がって? 予定が、である。むしろそれ以外に何が重なり合うことがあるだろうか?

「……この私が? ダブルブッキングするだと……?」

 あまりの事態に思わずそんな言葉が漏れ出ていた。
 事の発端は一通のメッセージからだった。

 『明日のこと、覚えてんだろーな?』

 およそ恋人に使う言葉遣いではなかったが、このメッセージ一行を打つ為に何十分も考えて打ってくれたのだと知って身としては、「覚えてますって!」と自信満々に送った。
 そのすぐ後のことであった。

『姉さん。明日の予定、覚えてるよね?』

 弟から送られてきたメッセージを見た瞬間、ヒヤリと冷たい汗が背中を伝ったのは言わずもがな。
 困ったことに幸男さんとのやり取りは自分から頻繁に行う為、めちゃくちゃ覚えていたし何ならスケジュール帳にもしっかりと書き込まれていた。
 しかしながら征ちゃんとの予定はというと――これがさっぱりスケジュール帳に書いてなかったのだ。
 しかし「好きな子に贈るプレゼントを一緒に考えて欲しい」と言われたのは覚えている。
何せわたしは征ちゃんへの愛が強いからね! えっへん。……じゃなくてだな。

「ダブルブッキング? え、何そのクズの所業……」
「別にいいんじゃねぇの? つーかダブルブッキングくらいでぎゃーすか言うんじゃねぇよ」

 背後で面白そうにニヤついた笑みを浮かべる花宮拓斗こと、愛称たっくん。またの名を不憫系ゲス野郎は背後から声を掛けてきた。

「いや、ゲス野郎ってなんだよ。というか不憫言うな。そもそもお前がダブルブッキングしたのは事実だろ?」
「なんで⁉ なんでこのわたしが⁉ この世で最も愛してる幸男さんと! この世で最も大事にしたい征ちゃんとの予定をダブルブッキングさせてるの⁉」
「知らねぇよ。つーか、ダブルブッキングはお前のスケジュール管理の甘さと記憶力の無さのせいだろ? 色恋に浮かれて色々吹っ飛んでるのザマァ」
「たっくんのバカ! 人が真剣に悩んで考えてるっていうのに!」
「お前……じゃあ聞くがな?」

 ゲス野郎もといたっくんは面倒くさそうに頭を掻きながら言う。

「お前、恋人より弟取るの?」
「幸男さんは大事!」
「じゃあ分かってるんじゃねぇの?」
「でも征ちゃんの用事もめちゃくちゃ気になるのよ!」
「なるほど。つまりただ弟の恋路に口を出したいと」

 お前最低だな。と、最低野郎に言われたのは甚だしく遺憾ではあるが、しかしわたしだって反論する手札がないわけではないのだ。

「いいの、たっくん? この話にはたっくんも深ーく関わってくるのよ?」
「ハッ。俺に何が関わって来るって言うんだよ?」
「――黒子テツナ」

 その名を静かに紡げば、たっくんは狼狽するように目を見開く。

「……おい、おいまさか……⁉」
「あなたの弟くん『も』狙っている、あのテツナが絡んでいるのよ……」

 わたしの声にたっくんは「あー……」と思い悩むように額を抑えた後、つまり、と声を発した。

「……ゲスな出会い方をしちまったから未だに連絡先すら交換できず、そのままほぼストーカー化しかけてる愚弟に恋人が出来るか出来ないかの分かれ道、ってわけか」
「そういうことね。ああでもテツナを義妹にする座は渡すわけにはいかないから。そこのところはき違えないで頂戴」
「黙れ小娘。あんな愚弟にもめげず負けず立ち向かってくるイイ子なんてこの機会を逃したら二度と会えない希少種だろ。あの子を義妹にするのはウチだ」
「たっくん必死すぎてだいぶキャラ崩壊してるの凄い面白いけどこの勝負、勝つのは征ちゃんよ!」

 どんどん話が脱線しているけれども、今はとにかくこのダブルブッキングをどうにかしなくては。
 もういい加減ダブルブッキングって言い過ぎてダブルブッキングのゲシュタルト崩壊が起きそう。なんだっけ? ダブルブッキングって。

「まあ、でもさ」

 そんな頭の中がどんどん黒で塗り潰されたような状態になった時、たっくんはそれを晴らすように言葉を紡いだ。

「お前は恋人を優先したいんだろ?」
「それは、……そうだけど」
「なら任せとけって」
「たっくん……」
「俺が弟の方に行ってやるからさ」
「たっくん。……たっくん? 今一瞬ですべての感情が心変わりした後にあなたを殺してわたしも死ぬみたいな状態になったんだけれども?」

 たっくんの言葉は有難いような、その場のすべてを台無しにはしないだろうけれども確かに面白がっているような、そんな感情を感じて思わず何度か愛称を呼んでしまう。
 確かにわたしにとって征ちゃんは大事な大事な弟だ。
 何があっても守りたいと、そう思っている。ブラコンと言われようと何だろうと関係ない。何が何でも守ると征ちゃんが生まれた時に母に誓ったのだ。
 だから槍が降ろうが飴が降ろうが、それこそバスケットボールが降って来ようが守ってあげたい。守ってあげたい……わけなのだけれども。

「恋人優先にするのって、そんなに悪いことかねぇ?」

 脳裏にちらつく幸男さんの姿を察したのか、たっくんは不思議そうな顔でそんなことを言う。わたしはやる瀬なく呟いた。

「母さんと、約束したからね?」
「……お前、」
「征ちゃんにお嫁さんが出来たら、父さんにだけは絶対に黙って盛大に式を挙げるって」
「一瞬感動して泣きそうになった俺の心返してくれない?」
「勝手に感動しておいてそれはないでしょうよ」

 げっそりとした顔をしながらわたしを見つめるたっくんは、「じゃあさ」と言った。

「手っ取り早い方法、教えてやるよ」
「たっくんにしては珍しくわたしに好意的ね」
「分かるか、紅緒? 俺はもうこのやり取りが面倒くさくて敵わん」
「たっくんってめちゃくちゃ分かりやすいよね。そういうところ結構好きよ」
「そぉかよ。嬉しかねぇな」

 感動しそうだったわたしが馬鹿みたいだけど、と付け足せば、たっくんはくしゃりと笑ってそう言った。言動の不一致は良くあることなので何も突っ込まないけれども。
たっくんはゆっくりと口を開く。
その言葉は、あまりに衝撃的な言葉であった。


*****


「状況説明」
「だから言ってるじゃないですか? みんなでバスケやりたくなった! って」
「……本当に言ってんのか?」
「本当デスヨー」
「紅緒……お前、」

 じろっとわたしのことを睨むように見る幸男さんに、わたしは乾いた笑みを浮かべながら視線を逸らす。
 これでは何かありましたよー、と言っているようなものではないか。と確信に近いモノを感じながら、それでも逸らした視線のせいでもう逸らす前には戻れないのだから、人生って不思議。

「紅緒さん」
「うわっ」
「なぁに? どうしたの、テツナ?」
「……相変わらず紅緒さんはボクが声を掛けても驚かないですよね」
「見えてるからねー」

 にこっとテツナに幸雄さんに向けたのとは違う笑みを向ければ、テツナは不思議そうな顔でわたしを見てそうして言う。

「みんなでバスケするのはボクとしては大賛成なのですが、……どうしてあのゲス麻呂野郎が居るんですか?」
「ゲス麻呂? もしかして、あっはは。お兄ちゃん⁉ 弟、麻呂だって! あはは!」
「お前のツボ本当に意味分かんねえところにあるよな、昔から……」

 近くで休んでいたたっくんに笑いながら声を掛ければ、呆れ顔を向けられた。背中をバンバンと叩くのも忘れない。忘れてくれや、と叩かれる側は思っていそうな視線を向けてくるが、そんなことは無視だ無視。
 だって、麻呂は仕方なくない? とどんどんツボが深くなっていくのを確かに感じながら笑ったせいで滲み出た涙を指で拭う。

「真くんの麻呂眉、可愛いじゃない?」
「男に向かって可愛いは誉め言葉じゃねぇな」
「同感。というか紅緒。花宮と知り合いだったんだな」
「まあ、そりゃお兄ちゃんの方とは幼馴染みたいなもの……あれ? 幸男さん? もしかしてめちゃくちゃ怒ってます?」
「……」

 無言は肯定とはよく言うが、幸男さんは確かに怒っていた。
 たっくん提案。みんなでバスケしようぜ! はきっと楽しいと思ったのに。
 まあ、ちょっと色々貸切って△△県の山の中に入ってきてしまったわけではあるけれども。

「紅緒さん? もしかして今日は笠松先輩とデートとかだったりしました?」
「……ノーコメント」
「おい」

 幸男さんは地を這うような声音を発する。

「ゆ、幸男さん! お願いします! 後でなんでもしますからぁ!」
「その態度がすべての答えだってことにこいつ気付いてないぞ、きっと」
「ちょっと抜けたところも可愛いですよね、姉さんは」
「まあ……って、急に現れるな! 弟!」

 色々キャパオーバーし掛けたその時、マイスイートラバー征ちゃんは現れた。

「征ちゃん! さっきのパス良かったわよ! もうあと0.5mm修正出来たら更に良くなるわ!」
「姉さんの観察眼、たまに怖くなるし何なら今その雰囲気ですらないと思うんだけれども?」
「それをきみが言いますか」
「僕だから言うんだよ」

 テツナが征ちゃんにタオルを渡して、それを征ちゃんが受け取った。
 ああ、今すぐにもでカメラを構えたい! 将来の弟夫妻よ幸せになって欲しい……。
 なんて考えていたら、腕をグッと掴まれた。
 ん? と首を一瞬傾げて、視線を腕を掴んでいる主に向ければ、そこには見知った顔の幸男さんの姿があった。
 否、見知っているのは顔だけであってその表情は無である。怒っている。これは、非常に怒っている。
 わたしはゆっくりと隣の座るたっくんに顔を向けて助けを求める。
 だがしかしたっくんはゆっくりと顔をわたしとは別方向に向けた。どうやら助ける意思はこれっぽっちもないようだ。酷い! もう一緒にライブ行かないからね! なんて恨み節を吐きそうになったが、寸でで抑える。

「ちょっと来い」
「……はい」

 思ったよりも胃がひっくり返ったような声が出た。こっわ。幸男さんめちゃくちゃ怒ってる。怖い。
 ずるずるとドナドナされるように連れてこられた場所は山の中にある体育館より少し離れた場所。近くには川が流れていた。
 いや、これ川っていう勢いじゃないな。流されたら危ないから後でみんなに言っておこう。そうしよう。

「紅緒。俺がなんで怒ってるか、お前分かるか?」
「……だ、ダブルブッキングを隠そうとしたから?」
「それもある、が。それに関しては弟相手なら仕方ない。お前がどれだけ大事にしてるかも分かってるつもりだ」

 だけどな? と幸男さんは続けて言う。

「他の男に助言を求めるのは違うんじゃねぇの?」
「……だって、」
「なら、例えば俺が他の女とダブルブッキングしたとして、」
「や、やだ!」
「……はあ。つまりお前はそれと同じことをしたんだけど?」
「……っうぅ」

 大好きな幸男さんにそう言われてしまえばそこまでで。小さく
「ごめんなさい」と謝った。

「わたし、自分のことばかりでした……」
「分かればよろしい」

 まったく、と困ったように幸男さんが笑う。そんな顔も好き!

「お前、マジで分かってんのか?」
「大丈夫です。次は絶対、幸男さんに一番に言います!」
「……そうだな。そうしてくれ」

 ――じゃないと、嫉妬で狂いそうになる。

「え? 幸男さん、何か言いました?」
「なんでもねぇよ!」

 川の音でわたしの耳には届かなかったその言葉。
 幸男さんはなんでもないとばかりにニィっと口角を上げて、そうしてわたしの手を取るとそのまま大事そうに包んだ。
 わたしは突然の幸男さんのデレに困惑して顔が赤くなっていくのを感じる。
 幸せだなぁ。
 この幸せがずっと続けばいいのに。
 でも、世界は無情だから。
 幸せが続かないことを、わたしは良く知っている。


*****


「……え? テツナが消えた?」

 幸男さんと体育館に帰ってまず聞いたのは、そんな言葉。
 その言葉を発したのは、彼女の相棒と元相棒、そうして鷹の目を持つ男の子。絶対にテツナを見失わない自信のある子たちばかりだ。
 わたしもしっかりと辺りを見てみる。けれどもどこにも痕跡はない。
 うん? と思わず首を傾げる。
 テツナが何も言わず何処かに行くという状況がまず理解出来ない。
 まっすぐで、真面目で、何よりも誰よりも真剣にバスケを愛している彼女が、本当に誰にも何も言わずに何処かに消えるだろうか?

「黒子っち、もしかして誘拐されたとか⁉」

 涼太のその一言でざわりとした空気が蔓延する。
 確かに赤司姉弟に気に入られているテツナを誘拐したらメリットしかない。
 ――でも、と今一度首を傾げる。
 本当に誘拐だろうか? あんなにも見つけにくい子を誘拐したところで、簡単に逃げられてしまうのがオチではないだろうか?
 そこでふと、体育館の出入り口にテツナが使っていたタオルが落ちていることに気が付いた。
 近付いてみれば、そのタオルには少量の血が付いていた。

「ど、どうしよう⁉ テっちゃん怪我させられてる⁉」

 それを目敏く見ていたさつきが狼狽える。
 不安は不安を助長させる。だからこそ、その不安を断ち切るようにわたしはにっこりと笑みを浮かべた。

「……姉さん?」
「紅緒! お前! テツが居なくなってるのに笑うなんてどんな神経して!」
「落ち着け青峰! でも、オレも同感だ! です!」
「あー……お前らやめとけ。あの状態の紅緒に近付くと、」

 征ちゃんが不思議そうに、大輝と大我くんが怒りながら近付いてくる。幸男さんも気付いて三人から庇おうとするが、たっくんはわたしが今どんな感情を抱いているのか分かっているからだろう。そんな四人を更に制止しようと声を掛けた。
 でも、わたしはもうそれを止められなかった。

「わたしの大事なものを奪う者は、死者でも殺す」

 うわっ⁉ と急に転んだ三人を尻目にわたしはたっくんに向かって歩み出す。
 幸男さんが不思議そうに見ていたが、今はそれどころではない。
 たっくんは溜め息を吐きながらスマホを静かに取り出した。さすが幼馴染。わたしがやりたいことが分かってる!

「いい。みんな? これから送るURLを必ず開くこと」
「は? なんで、」
「返事は『はい』か『YES』のみ。それ以外をわたしは認めない」

 わたしの空気に押されたのか、戸惑っていた子達も静かにスマホを取り出す。
 わたしは慣れた手つきでとあるサイトを操作、全員のスマホに強制的にURLを送った。
 そこは所謂【くろちゃんねる】と呼ばれる場所。
 タイトルは簡単で、手短に。


【拝啓山神様】大事な仲間が攫われた【義妹を返せ】


 ――わたしの大事な義妹を返せ。
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