黒バス

高校バスケットボール界で花宮真と聞けば返ってくる言葉は『ゲス』の一言だろう。
口を開けば悪辣な嘘で人を貶し、一度試合に出ればラフプレーを好んで行い人を壊すことに興じる彼は『悪童』などと呼ばれ。
ある種の畏怖と軽蔑、一部からは妄信的な視線を向けられている。


そんな花宮には人には言えない秘密があった。
秘密、というか。別に知られても全く構わないが、恐らく知った所で誰も信じないだろうと解っているようなこと。
だからからこそ、花宮の秘密を知っている人間は敢えて口に出すことはない。


それは、



「……っテツヤくん!もう嫌だよ!こんなゲスなキャラ止めたい!」

「……今度は何があったんですか?真さん」


花宮真さんの秘密の1つ目は僕。黒子テツヤと幼馴染みであるということ。

進学先の先輩が真さんのせいで膝を壊され、恐らく今年のウィンターカップが高校最後の選手参加となるだろうと宣告された故に、本人は全く気にしていないがチームメイトはこぞって真さんを恨んでいる。
ので、僕も真さんを恨んでいるという態度を取っているが、実際は家族ぐるみのお付き合いを高校に入った今でもするくらいには仲が良い。

テンプレのように母親同士が親友で家もお隣さん。
それこそ生まれた時から仲良くしているのだから仲が悪くないわけがない。
僕達の仲はご近所で知らない人は居ないと言われる程なのだから。

そしてもう1つの秘密は、勘の良い方はこの時点でお気付きだろう。
というか真さんがハッキリキッパリ言ってしまったけれど。


「だったらさっさと止めたらどうです?昔のように良識的で困っている人を見たら率先して手助けしてあげるような優しさを持った、将来の夢は社会に貢献出来る大人になりたいと頬を染めて言っていた。あの時の真さんに戻ればいいじゃないですか」

「無理だって!今更そんな事したら絶対苛められる!いじめ・ダメ・絶対!」


あなたがそれを言いますか。
そんな言葉はグッと飲み込む。


「……じゃあ続ければいいじゃないですか」

「それもイヤ!もう人を傷付けるのは本当に嫌なんだよ!どうして俺、ゲスキャラなんかになっちゃったんだろう?親友まであんな風に傷付けて……俺なんて生きてる価値ないよ」


グスグスと鼻を鳴らし始めた真さんを誰があのゲスの申し子。花宮真だと認識するのだろうか?


(まあ、無理でしょうね)


辛うじて悪童だと分かるのはその特徴的な麿眉だけで、他はゲスの片鱗すら存在しない。
『悪童』としての真さんしか知らない人間にしてみれば、兄弟か何かだとしか思われないだろうと予想が付く。


(あー、それにしても本当に面倒くさいですね)


けれどここで放置すればもっと面倒くさい事になることは経験上分かりきっている。
僕は真さんに極力優しく話し掛けた。


「悲しいこと言わないで下さい。冗談もそのオタマロだけにしないといい加減許しませんよ?」

「テツヤくん冷たい!あとあんなおたまじゃくしと一緒にしないでよ!麿眉は俺のチャームポイントだもん!」

「男子高校生の『もん』ほど萌えられないものはありませんね。あとオタマロは僕の一番好きなポケ○ンです。貶すのは許しません」

「俺、オタマロでいい!おたまじゃくし最高!」

「正直ドン引きです」

「……」

「そんな顔しても駄目です。面倒くささ増すだけなので止めて下さい」


僕がそう言えば真さんはしゅんと肩を落とす。その際に垂れた耳の幻覚が見えた気がしたが気のせいだろう。
グスッとまた鼻を鳴らす真さんに溜め息が出そうです。

正直鬱陶しくて堪らない。なら何故付き合っているのか。
そんなの真さんが嫌いじゃないからに決まっているじゃないですか。


真さんは昔から頭が良くてバスケの才能がむかつくくらい有って、顔が良くて。それなのに気弱で引っ込み思案で僕よりも1つ上だと言うのにいつだって僕の後ろに隠れていた。
なのに困っている人が居たらそれが誰であろうと迷わず助ける事が出来る、大変優しい少年で。僕の憧れだった。例えるならヒーローだ。

本当に大好きで、僕は良く真さんのような人間になりたいと思っていたものだ。

な の に 。
今は何が悲しくてゲスキャラなんてものを演じているのか。
本当に嘆かわしい。
そして理由が馬鹿馬鹿しい。
真さんにとっては重大なことだったのだろうけれど、僕からしたらひたすら馬鹿馬鹿しい。


真さんはキセキの世代の影に隠れてしまったが、世が世ならキセキ同様に騒がれていただろう『無冠の五将』の1人だ。
別に、そのせいで根性ひん曲がってゲスになったならいい。
無冠の五将なんて格好良く言われていても要は一度も勝てなかったと貶されているようなものだ。
気弱な癖にプライドが高い真さんがグレても僕は納得して、その上で真っ向から更生させようとしただろう。

けれど真さんがゲスになった理由は、キセキに勝てなかったとか、そのせいで不名誉な言われ方をしたとかでは全くなく。
強いて原因を上げるなら僕の事だ。


あれは僕がレギュラーになり、黄瀬くんが1軍に上がって初めての試合を終えた少し後。
部活であまり会えない真さんと部活休みが重なり久しぶりにストバスをしようと誘われた。
その帰りの事だった。


『テツヤくん最近楽しそうだね?』

『初めてレギュラーになれましたからね。誰でも嬉しいと思いますけど』

『ううん。そういう事じゃなくて、最近巻藤くん以外の子と遊ぶようになったなって』

『ああ、その楽しいですか』


確かに少し前までは巻藤くんか真さんくらいしか休日に遊ぼうだなんて誘う人も誘われる人も居なかったから、真さんが疑問に思うのも当たり前だろう。


『バスケ部に煩いのが入ったんですが、その彼がアウトドア派で、ことある事に連れ出されるんです。この前も何が楽しいのか遊園地に男6人で行ってきたんですが、目立つことに慣れていないので酷く疲れましたよ』


まあ、楽しかったのでいいんですけどね。
そこまで言って気付いた。
真さんから発せられるオーラが嘗てない程凶悪で邪悪なものになっていることに。
真さんはゆっくりと口を開く。


『テツヤくんはその子達と遊ぶのが楽しいんだ』

『真さん?どうかしたんですか?』

『そうだよね。俺みたいに女々しい奴と遊ぶより楽いのは当たり前だよね』

『……そんなことあるわけないじゃないですか。怒りますよ』

『……っ怒ってるのは俺の方だよバァカ!テツヤくんは俺のなのに!』

『は、?バカ?』


今思えば人生で初めて真さんに馬鹿と言われたのはこの時だ。
真さんは興奮しているのか僕の声が届いていないらしい。


『テツヤくんを俺から盗ってくキセキの奴らなんて嫌い!大っ嫌いだあああああ!!』


わんわんとついには泣き始め、僕は耳を抑えながらもどう真さんを宥めようか思案した。


それからは、まあ。
僕がキセキの世代に盗られたと感じ、またそんなキセキの世代に勝てない自分に歯痒さを感じていた真さんは。
ぷつりと理性とか常識とかスポーツマンシップとかが切れてしまったのか。
皆さんご存知のゲス街道に走り出してしまったというわけです。
と、言ってもそれはバスケに関する時だけで、普段は実に真面目で優しい好青年なんですが。
ただその普段じゃない、つまりはバスケをしている時が悪目立ちし過ぎだと思います。

対戦校の有能な選手を物理的にも精神的にも壊して試合中に乱闘寸前。
自分の親友とさえ言っていた僕も面識のある無冠の1人。木吉さんの膝にダメージを与えて入院騒ぎ。

僕の憧れであった真さんはほんっっっとうに!
最低な選手に成り下がってしまった。

しかも真さんはそんな自分に嫌気が差していながらもゲスな行為を止めない。
自分で言うのもなんだが僕はかなり真さんに溺愛されている。
だからつまり何が言いたいのかと言えば。真さんは僕がキセキの世代と関わっている限り、真さん以外を排除しない限り。ゲスな行為を止めないんじゃないかと僕は睨んでいる。

それなら離れればいいんだろうけれど、何故かキセキの彼らも僕に執着してくれているらしく、中々上手くいかない。
その間にも真さんのゲスキャラは治らない所か悪化していくし。


もう匙を投げたい気分だ。
ただ、そうしないのは。何度も言うけれど本来の真さんが心優しい善良な少年だから。
外では猫被りinゲスを演じて、非道なこともしょっちゅうやっているらしいけど…。

僕とお互いの家族を除けば霧崎第一の方々と無冠の彼らくらいしか真さんの本性を知らないから。ただの悪童としか思われていないのは僕としても中々に辛いというものだ。
木吉先輩なんかは「花宮がいいなら大丈夫だ!」と謎の自信を持っていたけれど。


(ああもう、いっそ嫌いにでもなってしまえれば楽なんですけどね)


僕はそもそもバスケに不誠実な人は嫌いだ。
それは僕が憧れた、まだゲスになる前の真さんのバスケが正々堂々とした真摯な態度のバスケだったからだろう。

だから今の真さんには失望しているし、正直理解に苦しむ。
けれど、どうしたって嫌いにはなれない。
真さんがゲスな行為を止めない限り、大手を振って好きだとも言えないけれど。

―――まあ、でも。
真さんは僕が本気で嫌だと言えば、ゲスキャラをだろうがなんだろうがあっさりと止めるんでしょうね。
それが分かって居るからといって、本気で真さんを止める気はないですが。


「真さん。もう面倒くさいし僕まだこの本を読んでいる途中なので端的に言いますけど」

「俺より本を取るのっ!?」

「当たり前じゃないですか。というかこの本を持ってきたのは真さんですよ」


分かったなら遮らないで下さいとピシャリと言い放つ。
真さんは「なんで持ってきちゃったんだろう!」と顔を覆っていた。
僕はそんな真さんの様子を無視して口を開く。


「まあ、そんな話は後で良いとして。僕は真さんがゲスい事を止める気がないなら、もうそのままでいいんじゃないかとは思いますよ」


人としてはアレですけど。
そう思って言った言葉は真さんには不満だったようだ。


「でもっ!テツヤくんはバスケに不誠実な人、嫌いでしょ?」

「嫌いですよ?当たり前じゃないですか」

「……っ」


ああ、ちゃんと覚えてたんですか。そう言えば無駄に頭いいですもんね。
でも、やっぱり真さんは馬鹿です。


「嫌いですが、イコールで真さんまで嫌いだということはありませんよ」

「……本当に?」

「残念なことに」


そう。本当に残念なことに。
僕は真さんを嫌いにはなれない。
生まれた時にはもう傍にいて。どう頑張っても足掻いても嫌いになんてなれないくらい。
僕は真さんの良い所を一杯知ってしまっている。

だからそんなに不安気な目で見ないで下さいよ。あざと可愛いなこんちくしょー。顔がイイからって調子乗るんじゃねえですよ全く。
内心で毒を吐きながら、これだけ言っても信じない真さんの為に、出血大サービスをしてあげることにした。



「好きですよ。真さん」



だから、いい加減。自分を卑下する事を言わないで下さい。
僕の好きな人を貶すのは、真さんでも許しませんよ。

そこまで言えば真さんはぷるぷると震え出し、ボンッと音がするんじゃないかというくらいの速度で顔を赤く染め上げた。
僕はそれを見て満足気に頷く。


僕は聖人君子じゃないので、見知らぬ誰かが傷付けられてもなんとも思わないんです。
真さんがそうしたいならすればいいと思いますし、僕にとっては見知らぬ誰かよりも、何よりも。
真さんが誰より一番大切だから。



「俺もっ!俺もテツヤくんが大好き!」



もじもじと指を動かしながら、それでも「大好き」の言葉は僕の顔を見ながら言った真さん。
心無し嬉しそうな真さんの様子に、僕は目を細めた。


(ゲスだろうがなんだろうが真さんが真さんである限り僕は真さんが大好きですよ)


だから誰かなんて気にしないで、あなたは僕の事だけ考えていて下さいね。


そう思いながら。
僕は真さんを構うために読んでいた本を閉じたのだった。
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