黒バス
「古橋さん。ホシの行動はどうでしたか」
「問題ない。いつも通り授業中は猫を被り偽善顔をしながらクラスメイトに勉強を教えていた」
「相変わらずの猫被りに惚れ惚れしちゃいますね。で? 問題のブツは」
「それこそ俺が抜かる訳が無いだろう。勿論、授業中ずっと花宮の様子を撮影していた」
「さすが古橋さん! ボクも同じクラス何て高望みはしませんがせめて同じ学年だったなら花宮さんの隠し撮りをもっとできるのに……!」
「黒子が出来ない分、俺が思う存分余すことなく花宮を盗撮・盗聴するから気に病むな」
「古橋さん……今ほど貴方と付き合っていて良かったと思った時はありません!」
「俺もだ。同じ『花宮の為なら死ねる同盟』をこうして組めるなんて理想の恋人だと思っている」
「古橋さん……!」
「黒子……」
**
「ねえ、なんであそこあんな空気感出せの? ラブラブで今にもキスでもハグでもし始めそうな空気がくっそうざいんですけど」
「いや、問題はそこじゃねぇだろっ」
「えー、だってアイツ等が花宮厨な事は最早全校生徒が知っているようなことだし? 花宮の猫被りを邪魔するどころか、あんまり評判の良くないバスケ部の評判をあげてもいるんだからイイんじゃないの~」
「なんで盗撮・盗聴して評判があがるんだよ!」
「ザキったら、なんでなんでって、どっかのアリス気取り? うざ~」
「誰がアリス気取りだ!」
「誰って、今この部室にはオレとザキとあの二人しか居ませんけど?」
「お前のその言い方ホントムカつくな!」
「そりゃど~も」
「で?」
「ナニ?」
風船ガムをプクッと膨らませた原に山崎は結局答えを貰っていない疑問を投げ掛ける。
「なんでアイツらが花宮厨だとウチの部の株があがんだよ」
「そんなの決まってんじゃん」
ザキってあったま悪いよね~、と原がからかう。そんな原に山崎は今は耐えどころとグッと拳を握りしめて原の回答を待った。
「アイツらが片っ端から花宮の良い所をピックアップして語ってるから」
「はあ?」
「だからぁ、」
原は面倒くさいなもう、とでも言わんばかりの態度で山崎を見る。いや、実際には長い前髪のせいで見られているかどうかなんて分からないのだが。
「『監督が突然辞めてから今まで一人で監督と主将としての責任を負いながら、成績は常にトップを取り続け、生徒会業務や、教師からの頼み事を嫌な顔ひとつせず、頑張っている』みたいなことを言ってるんだよ」
おっかしいよねぇ、と原は笑った。当然だ。山崎だって笑いたくなったくらいだ。
それはつまり、花宮が品行方正で頑張り屋、そして責任感の強く、けれど決して驕ることのない人間だと言っているわけなのだから。
実際その通りではあるのだが、監督を辞めさせたのは花宮本人だし、猫を被っているのは煩わしい人間関係を円滑にする計算によるものだし、何より『頑張っている』なんて花宮から最も遠い言葉じゃなかろうか。
本来の花宮を知っている身としては「真逆すぎて別人」としか言い様がない。実際、花宮の猫被りを見ていると良くコイツは二重人格者かなんかなんじゃないかとさえ思ってしまう程なのだから。
「ま、そんな訳で今は『花宮の為なら死ねる会』やら、『花宮厨の集い』やら言われてるファンクラブ? ってかもう宗教がウチの高校に出来ちゃったんだよねぇ」
「ちなみに古橋と黒子が会長と副会長ね?」とガムを噛みながら言った原の言葉に、山崎は何だか眩暈がした。
山崎は別段花宮の為にどうこうというのは考えてはいないが、人間としてもバスケットプレイヤーとしても最悪の部類だろうし。
ただ、花宮の考えには何となく賛同しているし、今のところ居心地が悪いなんてこともない。
問題と言えば新しく入ってきた新入部員が極度のバスケ嫌いで、花宮厨で部内で一番何を考えているのか読めない死んだ魚の目をしている同性(ここが重要)の古橋と付き合っているということだろうか。
「まあ、別に誰が被害受けてるとかないんだからこのままでもいいんじゃないの」
にやり、口端を吊り上げた原に、もう何かを言う気力も削がれ、そうだなと同意しておくことにした。
一人確実に被害を受けている人物が居るだなんて言ってはならない。言ったところで何か改善されるなら言ってやらないこともないが、むしろ被害が加速する気がする。
「練習前から疲れたな」
「そんなこと言ってると花宮から練習五倍の刑に処されちゃうんじゃない」
ケラケラと面白がっている原の言葉にどうやらこの部に山崎と同じ感覚を持っている人間はどうやら居ないらしいと感じ、はあ、と溜め息を吐いた。
**
「このあくびをしている花宮さんベストショットじゃないですか! どうやって撮ったんです!?」
「ふ。俺にかかればこれくらい朝飯前だ」
「ボクの彼氏が格好良すぎて死にそうです!……ああ、この心底人を見下している顔をしている花宮さんも良いですね」
黒子は写真を手に取りながら、ほう、と溜め息を吐く。
崇拝に近い感情を抱いている人間だ。どんな姿だって素晴らしく見える。
「でもこれでは『今日の花宮』を決められませんね」
「ああ、良い写真がありすぎる。全く、花宮ときたらどんな姿でも様になるからいけないな」
「本当ですよね」
『今日の花宮』とは、花宮厨の花宮厨による花宮厨の為のサイトで毎日更新される、二人にとって今日一番輝いていると思われる写真のことだ。
例によって花宮の許可のない、完璧なる盗撮ものだ。
まあ、頭の良い花宮のこと。そんな宗教めいた団体があること自体気づいているのだろう。
――と、二人は思っているが、そんなことは全くなく。「花宮様」と頬を赤らめた女生徒に呼ばれ内心で何が起こっているのか慄いていたりする。
そんなことを知る由もない古橋と黒子は、今日一日で撮りまくった写真をあーでもない、こーでもないと言いながら選考している。
「よし!これにしましょう」
「ふむ。花宮のゲスさが隠れた品行方正優等生な猫被り素晴らしい写真だな。どうしてそれを選んだ?」
「古橋さんがおっしゃった通りですよ。まだまだ新規会員が居る状態でゲスさMAXの写真なんてあげたら折角花宮さんが円滑にバスケ部監督で居られる為に趣味と実益で行っている活動がむだになってしまいます」
「なるほど。では、今日は黒子が決めたその写真にしよう」
「ありがとうございます。これでまた一人の花宮厨を作れるかと思うとワクワクしますね」
「俺的にはお前と二人で花宮を追っていた時も楽しかったがな」
「それはボクだってそうですよ? でも、古橋さんとお付き合いする切っ掛けになった花宮さんの素晴らしさをボクはもっともっと広めたいんです。……ボクを、救ってくれた恩人ですから」
「……黒子」
「そんな顔をしないでください」
死んだ魚の目と称される古橋ではあるが、流石に恋人ともなっていれば古橋が何を思っているかなんて分かりきっている。
全中のあの事件で心を壊されてしまったと言っても過言ではない黒子を絶望の淵から拾い上げてくれたのは花宮で、傍で寄り添ってくれたのは古橋だ。他のみんなは添え木のように黒子を支えてくれた。
だからもう大丈夫なのだと言うように黒子は笑う。
「今はもう何とも思ってませんし、今のボクには皆さんが居ます。皆さんの為に、ボクの高校生活を捧げると決めているんです」
「高校生活‘だけ’か?」
「意地悪なことを聞きますね」
「先に言ったのはお前だからな」
「あなたの傍にあなたが嫌だと言うまで傍に居たいです」
「嫌だということはこれから先、決してないから安心して俺に依存していけばいい」
「……古橋さんって、実は結構黒いですよね」
「なんだ。今頃気づいたのか?」
「気づいたからといって、離してなんてくれないんでしょう?」
「当然だ」
古橋がそう言い切って、黒子がまた目を細める。
その瞬間、部室のドアが勢いよく開いた。
「テメェら。体育館にも行かずに何油売ってんだ? あ? そんなに今日の練習量五倍にされてぇのか」
その言葉に山崎と原が駆け出すように部室を出ていく。
古橋もそれに習って二人の後を続いた。
花宮に引きづられるようにして瀬戸が寝むっていたが、それは霧崎第一高校バスケ部にとっては最早日常と化した光景だ。
なんやかんやと面倒見がいいんだよなぁ、あの人。と黒子が思いながら、チームメイトの後に続いて駆けていった。
「問題ない。いつも通り授業中は猫を被り偽善顔をしながらクラスメイトに勉強を教えていた」
「相変わらずの猫被りに惚れ惚れしちゃいますね。で? 問題のブツは」
「それこそ俺が抜かる訳が無いだろう。勿論、授業中ずっと花宮の様子を撮影していた」
「さすが古橋さん! ボクも同じクラス何て高望みはしませんがせめて同じ学年だったなら花宮さんの隠し撮りをもっとできるのに……!」
「黒子が出来ない分、俺が思う存分余すことなく花宮を盗撮・盗聴するから気に病むな」
「古橋さん……今ほど貴方と付き合っていて良かったと思った時はありません!」
「俺もだ。同じ『花宮の為なら死ねる同盟』をこうして組めるなんて理想の恋人だと思っている」
「古橋さん……!」
「黒子……」
**
「ねえ、なんであそこあんな空気感出せの? ラブラブで今にもキスでもハグでもし始めそうな空気がくっそうざいんですけど」
「いや、問題はそこじゃねぇだろっ」
「えー、だってアイツ等が花宮厨な事は最早全校生徒が知っているようなことだし? 花宮の猫被りを邪魔するどころか、あんまり評判の良くないバスケ部の評判をあげてもいるんだからイイんじゃないの~」
「なんで盗撮・盗聴して評判があがるんだよ!」
「ザキったら、なんでなんでって、どっかのアリス気取り? うざ~」
「誰がアリス気取りだ!」
「誰って、今この部室にはオレとザキとあの二人しか居ませんけど?」
「お前のその言い方ホントムカつくな!」
「そりゃど~も」
「で?」
「ナニ?」
風船ガムをプクッと膨らませた原に山崎は結局答えを貰っていない疑問を投げ掛ける。
「なんでアイツらが花宮厨だとウチの部の株があがんだよ」
「そんなの決まってんじゃん」
ザキってあったま悪いよね~、と原がからかう。そんな原に山崎は今は耐えどころとグッと拳を握りしめて原の回答を待った。
「アイツらが片っ端から花宮の良い所をピックアップして語ってるから」
「はあ?」
「だからぁ、」
原は面倒くさいなもう、とでも言わんばかりの態度で山崎を見る。いや、実際には長い前髪のせいで見られているかどうかなんて分からないのだが。
「『監督が突然辞めてから今まで一人で監督と主将としての責任を負いながら、成績は常にトップを取り続け、生徒会業務や、教師からの頼み事を嫌な顔ひとつせず、頑張っている』みたいなことを言ってるんだよ」
おっかしいよねぇ、と原は笑った。当然だ。山崎だって笑いたくなったくらいだ。
それはつまり、花宮が品行方正で頑張り屋、そして責任感の強く、けれど決して驕ることのない人間だと言っているわけなのだから。
実際その通りではあるのだが、監督を辞めさせたのは花宮本人だし、猫を被っているのは煩わしい人間関係を円滑にする計算によるものだし、何より『頑張っている』なんて花宮から最も遠い言葉じゃなかろうか。
本来の花宮を知っている身としては「真逆すぎて別人」としか言い様がない。実際、花宮の猫被りを見ていると良くコイツは二重人格者かなんかなんじゃないかとさえ思ってしまう程なのだから。
「ま、そんな訳で今は『花宮の為なら死ねる会』やら、『花宮厨の集い』やら言われてるファンクラブ? ってかもう宗教がウチの高校に出来ちゃったんだよねぇ」
「ちなみに古橋と黒子が会長と副会長ね?」とガムを噛みながら言った原の言葉に、山崎は何だか眩暈がした。
山崎は別段花宮の為にどうこうというのは考えてはいないが、人間としてもバスケットプレイヤーとしても最悪の部類だろうし。
ただ、花宮の考えには何となく賛同しているし、今のところ居心地が悪いなんてこともない。
問題と言えば新しく入ってきた新入部員が極度のバスケ嫌いで、花宮厨で部内で一番何を考えているのか読めない死んだ魚の目をしている同性(ここが重要)の古橋と付き合っているということだろうか。
「まあ、別に誰が被害受けてるとかないんだからこのままでもいいんじゃないの」
にやり、口端を吊り上げた原に、もう何かを言う気力も削がれ、そうだなと同意しておくことにした。
一人確実に被害を受けている人物が居るだなんて言ってはならない。言ったところで何か改善されるなら言ってやらないこともないが、むしろ被害が加速する気がする。
「練習前から疲れたな」
「そんなこと言ってると花宮から練習五倍の刑に処されちゃうんじゃない」
ケラケラと面白がっている原の言葉にどうやらこの部に山崎と同じ感覚を持っている人間はどうやら居ないらしいと感じ、はあ、と溜め息を吐いた。
**
「このあくびをしている花宮さんベストショットじゃないですか! どうやって撮ったんです!?」
「ふ。俺にかかればこれくらい朝飯前だ」
「ボクの彼氏が格好良すぎて死にそうです!……ああ、この心底人を見下している顔をしている花宮さんも良いですね」
黒子は写真を手に取りながら、ほう、と溜め息を吐く。
崇拝に近い感情を抱いている人間だ。どんな姿だって素晴らしく見える。
「でもこれでは『今日の花宮』を決められませんね」
「ああ、良い写真がありすぎる。全く、花宮ときたらどんな姿でも様になるからいけないな」
「本当ですよね」
『今日の花宮』とは、花宮厨の花宮厨による花宮厨の為のサイトで毎日更新される、二人にとって今日一番輝いていると思われる写真のことだ。
例によって花宮の許可のない、完璧なる盗撮ものだ。
まあ、頭の良い花宮のこと。そんな宗教めいた団体があること自体気づいているのだろう。
――と、二人は思っているが、そんなことは全くなく。「花宮様」と頬を赤らめた女生徒に呼ばれ内心で何が起こっているのか慄いていたりする。
そんなことを知る由もない古橋と黒子は、今日一日で撮りまくった写真をあーでもない、こーでもないと言いながら選考している。
「よし!これにしましょう」
「ふむ。花宮のゲスさが隠れた品行方正優等生な猫被り素晴らしい写真だな。どうしてそれを選んだ?」
「古橋さんがおっしゃった通りですよ。まだまだ新規会員が居る状態でゲスさMAXの写真なんてあげたら折角花宮さんが円滑にバスケ部監督で居られる為に趣味と実益で行っている活動がむだになってしまいます」
「なるほど。では、今日は黒子が決めたその写真にしよう」
「ありがとうございます。これでまた一人の花宮厨を作れるかと思うとワクワクしますね」
「俺的にはお前と二人で花宮を追っていた時も楽しかったがな」
「それはボクだってそうですよ? でも、古橋さんとお付き合いする切っ掛けになった花宮さんの素晴らしさをボクはもっともっと広めたいんです。……ボクを、救ってくれた恩人ですから」
「……黒子」
「そんな顔をしないでください」
死んだ魚の目と称される古橋ではあるが、流石に恋人ともなっていれば古橋が何を思っているかなんて分かりきっている。
全中のあの事件で心を壊されてしまったと言っても過言ではない黒子を絶望の淵から拾い上げてくれたのは花宮で、傍で寄り添ってくれたのは古橋だ。他のみんなは添え木のように黒子を支えてくれた。
だからもう大丈夫なのだと言うように黒子は笑う。
「今はもう何とも思ってませんし、今のボクには皆さんが居ます。皆さんの為に、ボクの高校生活を捧げると決めているんです」
「高校生活‘だけ’か?」
「意地悪なことを聞きますね」
「先に言ったのはお前だからな」
「あなたの傍にあなたが嫌だと言うまで傍に居たいです」
「嫌だということはこれから先、決してないから安心して俺に依存していけばいい」
「……古橋さんって、実は結構黒いですよね」
「なんだ。今頃気づいたのか?」
「気づいたからといって、離してなんてくれないんでしょう?」
「当然だ」
古橋がそう言い切って、黒子がまた目を細める。
その瞬間、部室のドアが勢いよく開いた。
「テメェら。体育館にも行かずに何油売ってんだ? あ? そんなに今日の練習量五倍にされてぇのか」
その言葉に山崎と原が駆け出すように部室を出ていく。
古橋もそれに習って二人の後を続いた。
花宮に引きづられるようにして瀬戸が寝むっていたが、それは霧崎第一高校バスケ部にとっては最早日常と化した光景だ。
なんやかんやと面倒見がいいんだよなぁ、あの人。と黒子が思いながら、チームメイトの後に続いて駆けていった。
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