黒バス
とても静かな部屋だと思う。
オーディオ機器は疎かテレビやラジオさえないのだ。
音の発生源がある筈もない。
それにどうやらこの部屋は防音対策が施されたマンションらしいので、外の音が聞こえてくることもまあ、ない。
同居人が居なければ、この部屋にあるのはブゥゥンと少しだけ鳴く冷蔵庫の機械音くらい。
まあ、同居人が居ても居なくても、あまり変わりはない気がするけれども。
ボクも彼も、あまり多くを語る人間ではないから。
共通の趣味といえば、精々読書くらい。
それ以外はどう探しても共通点という存在が見当たらないボク等だ。
それに。
(自分を監禁している人と仲良く話すと言うのも変な話ですよね)
パタン、と読み終えた本を静かに閉じて目を瞑る。
今頃彼はどうしているだろうか?
ボク等の間に共通点なんてあっただろうか?
なんて考える。
(……ああ、ひとつありましたね)
共通点。
僕達の読書以外のモノ。
それはバスケというスポーツを酷く嫌っているということだ。
くだらないスポーツだと公言して止まないのに、未だに続けているという点でも同じなのだから、ああ、共通点は他にも見当たりそうだ。
普通だったらそんな所に共通点を見出しても何ら意味なんてないだろうし、嬉しくもなんともないだろう。
事実、ボクはこれっぽっちも嬉しくはない。
ただあの人が才能ある人間を壊して、楽しそうに嗤うのを見るのは中々に愉快だとは思う。
あの人自身、才能の塊みたいな、選ばれた人間だというのに、可笑しなものだ。
『上には上がいるという言葉を身をもって体験できて良かったですね』
そう皮肉混じりに告げたのは、いつだったか。
その時のあの人の苦虫を噛み潰したような顔を思い出して、少し笑う。
僕には。才能なんてなかった。皆無といっても良かった。
帝光中学で幽霊とさえ間違えられた影の薄さを活かしたプレーをしていた時もあったが、あれを才能と言っていいものか。
あるかないか分からないような小さな可能性の欠片を必死で磨いて、磨いて。
……その結果、誰にも必要とされなくなった未来しか残っていなかったのだから。
大切な友人さえ傷つけて、大切な仲間だと思っていたチームメイトから不要なものなのだと切り捨てられて。
それを皆辛かったのだからしょうがなかったのだと、割り切れるほどボクはまだ大人ではなかった。
どうしてと、嫌だと、君達と離れたくないと。
そう駄々を捏ねる子供のようにもなれなかった。
大人と子供の狭間で、押しつぶされるように心を削って。削って。削って。
そうして僕はいつの間にかバスケなんて大嫌いになっていた。
いや、大嫌いなんて言葉で表していいのか迷うほど、逸そ憎んでさえいると言っていいだろう。
バスケさえなければ、誰も傷つかなかった。
バスケさえなければ、僕は絶望を知らずに済んだ。
……正直。バスケを嫌いになるなんて思いもしなかった。
大切な友達から拒絶される辛さなんて知りたくもなかった。
それでも。知ってしまった。嫌いになってしまった。
ボールが体育館の床を跳ねる音。バッシュのスキール音。苦しくて、死んでしまうのではないかと思うくらいに辛い練習。肺が痛くなるほどのダッシュ。コートに立った時の熱気。勝った時に味わう喜び。仲間と分かち合える嬉しさ。
――そんなものはもう、全部霞んで思い出すことは出来ないけれど。
今ボクの中にある喜びは、才ある人間が壊れた時に見せる悪意ある笑顔だけ。
そして彼の意見に従うチームメイト。
ボク等は仲間なんて綺麗なものじゃない。
ボク等は――共犯者だ。
人を壊して、苦しめて、努力を嗤って、友情を馬鹿にして。
ただ確実に闇に落とす。
対戦した人間全てに、消えない闇を。傷を。
……まるで自分たちが受けた傷を、無理やり体験させるように。
「何一人でぶつくさ言ってんだよ」
背後から突然声が聞こえて、振り返る。
そこには仏頂面をした真さんがビニール袋を片手に仁王立ちしていた。
「……驚きました。いつの間に帰ってたんです?」
「十分前。それより『おかえり』もねぇのかテメェは」
「え? 僕におかえりって言われないと寂しくて死んじゃうんですか? それはそれは大変ですね」
「テメェの耳はどう出来てんだ? あ?」
「真さんと同じ作りをしている筈ですよ」
「そういうことじゃねぇよ。ったく」
呆れた顔をしながら溜息を吐くと、真さんはボクの目の前にバニラシェイクを差し出してきた。
この家の持ち主であり、『悪童』なんて呼ばれている真さんが居なかった理由が些細な言い争いで機嫌を損ねた僕の為にマジバまでバニラシェイクを買いに行っていたから、なんて。
きっと誰も信じないだろう。いや、霧崎のメンバーなら信じますかね。
100%の確率でもれなく爆笑付きだとは思いますが。
「いただきます」
「……で?」
「はい?なんですか」
「もう機嫌は治ったのかよ」
「そうですねぇ」
ほどよく溶けたシェイクをストローで吸い上げる。
真さんが買ってきてくれた普段は絶対に買ってくれない癖に、こうして機嫌を取る時だけ買ってくれるLサイズのバニラシェイクは素直に嬉しい。
理由はどうであれ、だ。
好物だからというのもあるが、つまらないことでへそを曲げたボクを面倒がらずにこうして甘やかしてくれる真さんの気持ちが一番嬉しい。
「何を怒っていたのかもう忘れました」
「オイ」
地を這うような低い声が真さんから聞こえたが、別段動じない。
こんなこといつものことだ。
それに真さんも声音ほど怒っていないと知っている。
それが分かる程度には、親しくしているつもりだ。
「ホント、どうしようもねぇな。テメェは」
「そんなどうしようもない男を拾って、監禁までしている自分の運の悪さを恨んだ方がきっと早いと思いますよ」
「つまりテメェは自分を改める気がねぇってことか? あと監禁じゃねぇ。飼育だ飼育」
テメェは目を離すとすぐに読書に時間を費やしてるからな。
オレが面倒見ないと死ぬだろ。
そう言った真さんに、ふ、と笑う。
「どうしてボクが自分を改めなくてはいけないんです?」
それに監禁じゃないと言いますけど、学校以外、外に出してくれないじゃないですか。
「……」
面倒くさい。
ボクの言葉を聞いた真さんはそんな顔をしていた。
面倒くさいなら、手放してもいいんですよ?
(……なんて、死んでも言ってやりませんけど)
「一度拾ったんですから、ちゃんと最後まで面倒見てもらわないと困ります」
「じゃあちっとは可愛げのあることしろよ」
「丁重にお断りします」
「お前な」
「だって想像してくださいよ。可愛げのあるボクなんて自分で言うのもなんですが、気持ち悪いですよ?」
「……」
「自分で言っておいてなんですが、否定されないのはそれはそれでムカつきますね」
「ホントにめんどくせぇなテメェは」
「僕が面倒な事なんてとっくに知ってるでしょう」
そういえば真さんは「まぁな」と口角を上げて言った。
「そんなめんどくせぇテツヤくんは、俺が性格悪いことも当然知ってるよなぁ?」
わあ。悪いこと考えてる時の顔ですね。
こんな時は早いとこ退散するに限ります。
「バニラシェイクも飲み終わったので僕はそろそろ」
寝ますね。
そう言おうとして、ガシッと腕を掴まれた。
ひんやりした手が心地好いなんて、この人ぐらいだ。
「大人しく寝かしてやるとでも思ってんのかよバァカ」
「明日部活があるじゃないですか」
「名前だけのマネージャーが何するって? ん?」
「む。ボクだってちゃんと仕事してますよ」
「体育館に入っただけで貧血起こすヤツが何言ってんだよ」
「気を失わなくなっただけで進歩だと思ってください」
「胸張って言うことじゃねぇだろ」
真さんはバァカ、と悪態を吐きながらボクの額を手の甲で小突く。
「このオレをこんなクソ暑い中パシらせたんだから、それなりのご褒美を貰っても文句はねぇよなァ?」
「文句を言わせない、の間違いじゃないですか?」
「ハッ。その減らず口がいつまで続くか愉しみだな」
「……やっぱりボク寝かせて頂きます」
「誰が寝かすか。……ああ、別に寝てても良いけどな」
「それは……変態染みていますね」
「言ってろ」
拘束するように身体を捕らえられ、奪われるように口付けられた。
そのまま引き摺るように寝室まで運ばれる。
ああ、きっと明日の部活は見学だろう。……まあ、いつもと変わらないですけど。
もうバスケはやりたくないと。見たくもないと。
そう言ったボクに、真さんは『ならマネージャーでもしてろ』と言い放った。
実際はマネージャーとは名ばかりのようなものだが。
それでも体育館に入れば貧血を起こすボクを霧崎第一のレギュラー陣はからかいながらも世話を焼いてくれる。
そんな彼らが嫌いではなく。むしろスポーツマンシップなんて持ち合わせていないような彼らの側は、とても居心地が良かった。
練習風景を見なくても出来るような仕事は率先するようになった。
少しでも恩を返そうと、僅かばかりに残っている良心が働いたから。
真さんに出会って。霧崎の皆さんと過ごして。
あのただ辛いだけになってしまった日々を思い出すことは少なくなった。
きっといつか忘れてしまえるのではないかと思えるくらいには。
――そんな日は来ないのだろうと、分かっていても。
「……好きですよ。真さん」
「……っ」
「ふふ。真さんって変な所で純情ですよね?」
「っるせぇ!」
寝室のベッドの上で囁いた言葉。
怒った顔をしているくせに顔が赤いから台無しだ。
可笑しくて笑えば、真さんはボクの頭を思いっきり叩いた。
痛いじゃないですか、そう言ってはみてみたものの、可笑しくて、可笑しくて。
きっと幸せというのはこういうものを言うのだろうなと思った。
それが例え同情や傷の舐め合いからくる感情だったとしても。
それでも。
きっと今はとても幸せで。
そしてその幸せが‘また’崩れてしまうことをボクは何より恐れている。
だから、
(今を壊そうとする人達は、誰であろうと許さない)
それが例え、かつてボクが大好きであったものを大嫌いになるくらいに心を痛めた相手であっても。
ボク達の道は、あの時完全に分かたれた。
情も何も、もう微塵も湧いてこない。
「まことさん」
「なんだよ」
「呼んだだけです」
怪訝な顔をする真さんに、微かに微笑む。
「真さん」
「あ?」
「二人で完結した世界があったら、きっと幸せなんでしょうね」
「……そうだな」
「早く、壊してくださいね」
「……」
真さんは何も答えない。
答えない代わりに、僕の身体をギュッと抱き締めた。
いつか壊されたボクが、完全に真さん以外を見れなくなる日も近いだろう。
その日を楽しみに、ボクは真さんの腕の中でただ微睡む。
この、ぬるま湯のような世界を与えてくれた、神様のような存在を感じながら。
オーディオ機器は疎かテレビやラジオさえないのだ。
音の発生源がある筈もない。
それにどうやらこの部屋は防音対策が施されたマンションらしいので、外の音が聞こえてくることもまあ、ない。
同居人が居なければ、この部屋にあるのはブゥゥンと少しだけ鳴く冷蔵庫の機械音くらい。
まあ、同居人が居ても居なくても、あまり変わりはない気がするけれども。
ボクも彼も、あまり多くを語る人間ではないから。
共通の趣味といえば、精々読書くらい。
それ以外はどう探しても共通点という存在が見当たらないボク等だ。
それに。
(自分を監禁している人と仲良く話すと言うのも変な話ですよね)
パタン、と読み終えた本を静かに閉じて目を瞑る。
今頃彼はどうしているだろうか?
ボク等の間に共通点なんてあっただろうか?
なんて考える。
(……ああ、ひとつありましたね)
共通点。
僕達の読書以外のモノ。
それはバスケというスポーツを酷く嫌っているということだ。
くだらないスポーツだと公言して止まないのに、未だに続けているという点でも同じなのだから、ああ、共通点は他にも見当たりそうだ。
普通だったらそんな所に共通点を見出しても何ら意味なんてないだろうし、嬉しくもなんともないだろう。
事実、ボクはこれっぽっちも嬉しくはない。
ただあの人が才能ある人間を壊して、楽しそうに嗤うのを見るのは中々に愉快だとは思う。
あの人自身、才能の塊みたいな、選ばれた人間だというのに、可笑しなものだ。
『上には上がいるという言葉を身をもって体験できて良かったですね』
そう皮肉混じりに告げたのは、いつだったか。
その時のあの人の苦虫を噛み潰したような顔を思い出して、少し笑う。
僕には。才能なんてなかった。皆無といっても良かった。
帝光中学で幽霊とさえ間違えられた影の薄さを活かしたプレーをしていた時もあったが、あれを才能と言っていいものか。
あるかないか分からないような小さな可能性の欠片を必死で磨いて、磨いて。
……その結果、誰にも必要とされなくなった未来しか残っていなかったのだから。
大切な友人さえ傷つけて、大切な仲間だと思っていたチームメイトから不要なものなのだと切り捨てられて。
それを皆辛かったのだからしょうがなかったのだと、割り切れるほどボクはまだ大人ではなかった。
どうしてと、嫌だと、君達と離れたくないと。
そう駄々を捏ねる子供のようにもなれなかった。
大人と子供の狭間で、押しつぶされるように心を削って。削って。削って。
そうして僕はいつの間にかバスケなんて大嫌いになっていた。
いや、大嫌いなんて言葉で表していいのか迷うほど、逸そ憎んでさえいると言っていいだろう。
バスケさえなければ、誰も傷つかなかった。
バスケさえなければ、僕は絶望を知らずに済んだ。
……正直。バスケを嫌いになるなんて思いもしなかった。
大切な友達から拒絶される辛さなんて知りたくもなかった。
それでも。知ってしまった。嫌いになってしまった。
ボールが体育館の床を跳ねる音。バッシュのスキール音。苦しくて、死んでしまうのではないかと思うくらいに辛い練習。肺が痛くなるほどのダッシュ。コートに立った時の熱気。勝った時に味わう喜び。仲間と分かち合える嬉しさ。
――そんなものはもう、全部霞んで思い出すことは出来ないけれど。
今ボクの中にある喜びは、才ある人間が壊れた時に見せる悪意ある笑顔だけ。
そして彼の意見に従うチームメイト。
ボク等は仲間なんて綺麗なものじゃない。
ボク等は――共犯者だ。
人を壊して、苦しめて、努力を嗤って、友情を馬鹿にして。
ただ確実に闇に落とす。
対戦した人間全てに、消えない闇を。傷を。
……まるで自分たちが受けた傷を、無理やり体験させるように。
「何一人でぶつくさ言ってんだよ」
背後から突然声が聞こえて、振り返る。
そこには仏頂面をした真さんがビニール袋を片手に仁王立ちしていた。
「……驚きました。いつの間に帰ってたんです?」
「十分前。それより『おかえり』もねぇのかテメェは」
「え? 僕におかえりって言われないと寂しくて死んじゃうんですか? それはそれは大変ですね」
「テメェの耳はどう出来てんだ? あ?」
「真さんと同じ作りをしている筈ですよ」
「そういうことじゃねぇよ。ったく」
呆れた顔をしながら溜息を吐くと、真さんはボクの目の前にバニラシェイクを差し出してきた。
この家の持ち主であり、『悪童』なんて呼ばれている真さんが居なかった理由が些細な言い争いで機嫌を損ねた僕の為にマジバまでバニラシェイクを買いに行っていたから、なんて。
きっと誰も信じないだろう。いや、霧崎のメンバーなら信じますかね。
100%の確率でもれなく爆笑付きだとは思いますが。
「いただきます」
「……で?」
「はい?なんですか」
「もう機嫌は治ったのかよ」
「そうですねぇ」
ほどよく溶けたシェイクをストローで吸い上げる。
真さんが買ってきてくれた普段は絶対に買ってくれない癖に、こうして機嫌を取る時だけ買ってくれるLサイズのバニラシェイクは素直に嬉しい。
理由はどうであれ、だ。
好物だからというのもあるが、つまらないことでへそを曲げたボクを面倒がらずにこうして甘やかしてくれる真さんの気持ちが一番嬉しい。
「何を怒っていたのかもう忘れました」
「オイ」
地を這うような低い声が真さんから聞こえたが、別段動じない。
こんなこといつものことだ。
それに真さんも声音ほど怒っていないと知っている。
それが分かる程度には、親しくしているつもりだ。
「ホント、どうしようもねぇな。テメェは」
「そんなどうしようもない男を拾って、監禁までしている自分の運の悪さを恨んだ方がきっと早いと思いますよ」
「つまりテメェは自分を改める気がねぇってことか? あと監禁じゃねぇ。飼育だ飼育」
テメェは目を離すとすぐに読書に時間を費やしてるからな。
オレが面倒見ないと死ぬだろ。
そう言った真さんに、ふ、と笑う。
「どうしてボクが自分を改めなくてはいけないんです?」
それに監禁じゃないと言いますけど、学校以外、外に出してくれないじゃないですか。
「……」
面倒くさい。
ボクの言葉を聞いた真さんはそんな顔をしていた。
面倒くさいなら、手放してもいいんですよ?
(……なんて、死んでも言ってやりませんけど)
「一度拾ったんですから、ちゃんと最後まで面倒見てもらわないと困ります」
「じゃあちっとは可愛げのあることしろよ」
「丁重にお断りします」
「お前な」
「だって想像してくださいよ。可愛げのあるボクなんて自分で言うのもなんですが、気持ち悪いですよ?」
「……」
「自分で言っておいてなんですが、否定されないのはそれはそれでムカつきますね」
「ホントにめんどくせぇなテメェは」
「僕が面倒な事なんてとっくに知ってるでしょう」
そういえば真さんは「まぁな」と口角を上げて言った。
「そんなめんどくせぇテツヤくんは、俺が性格悪いことも当然知ってるよなぁ?」
わあ。悪いこと考えてる時の顔ですね。
こんな時は早いとこ退散するに限ります。
「バニラシェイクも飲み終わったので僕はそろそろ」
寝ますね。
そう言おうとして、ガシッと腕を掴まれた。
ひんやりした手が心地好いなんて、この人ぐらいだ。
「大人しく寝かしてやるとでも思ってんのかよバァカ」
「明日部活があるじゃないですか」
「名前だけのマネージャーが何するって? ん?」
「む。ボクだってちゃんと仕事してますよ」
「体育館に入っただけで貧血起こすヤツが何言ってんだよ」
「気を失わなくなっただけで進歩だと思ってください」
「胸張って言うことじゃねぇだろ」
真さんはバァカ、と悪態を吐きながらボクの額を手の甲で小突く。
「このオレをこんなクソ暑い中パシらせたんだから、それなりのご褒美を貰っても文句はねぇよなァ?」
「文句を言わせない、の間違いじゃないですか?」
「ハッ。その減らず口がいつまで続くか愉しみだな」
「……やっぱりボク寝かせて頂きます」
「誰が寝かすか。……ああ、別に寝てても良いけどな」
「それは……変態染みていますね」
「言ってろ」
拘束するように身体を捕らえられ、奪われるように口付けられた。
そのまま引き摺るように寝室まで運ばれる。
ああ、きっと明日の部活は見学だろう。……まあ、いつもと変わらないですけど。
もうバスケはやりたくないと。見たくもないと。
そう言ったボクに、真さんは『ならマネージャーでもしてろ』と言い放った。
実際はマネージャーとは名ばかりのようなものだが。
それでも体育館に入れば貧血を起こすボクを霧崎第一のレギュラー陣はからかいながらも世話を焼いてくれる。
そんな彼らが嫌いではなく。むしろスポーツマンシップなんて持ち合わせていないような彼らの側は、とても居心地が良かった。
練習風景を見なくても出来るような仕事は率先するようになった。
少しでも恩を返そうと、僅かばかりに残っている良心が働いたから。
真さんに出会って。霧崎の皆さんと過ごして。
あのただ辛いだけになってしまった日々を思い出すことは少なくなった。
きっといつか忘れてしまえるのではないかと思えるくらいには。
――そんな日は来ないのだろうと、分かっていても。
「……好きですよ。真さん」
「……っ」
「ふふ。真さんって変な所で純情ですよね?」
「っるせぇ!」
寝室のベッドの上で囁いた言葉。
怒った顔をしているくせに顔が赤いから台無しだ。
可笑しくて笑えば、真さんはボクの頭を思いっきり叩いた。
痛いじゃないですか、そう言ってはみてみたものの、可笑しくて、可笑しくて。
きっと幸せというのはこういうものを言うのだろうなと思った。
それが例え同情や傷の舐め合いからくる感情だったとしても。
それでも。
きっと今はとても幸せで。
そしてその幸せが‘また’崩れてしまうことをボクは何より恐れている。
だから、
(今を壊そうとする人達は、誰であろうと許さない)
それが例え、かつてボクが大好きであったものを大嫌いになるくらいに心を痛めた相手であっても。
ボク達の道は、あの時完全に分かたれた。
情も何も、もう微塵も湧いてこない。
「まことさん」
「なんだよ」
「呼んだだけです」
怪訝な顔をする真さんに、微かに微笑む。
「真さん」
「あ?」
「二人で完結した世界があったら、きっと幸せなんでしょうね」
「……そうだな」
「早く、壊してくださいね」
「……」
真さんは何も答えない。
答えない代わりに、僕の身体をギュッと抱き締めた。
いつか壊されたボクが、完全に真さん以外を見れなくなる日も近いだろう。
その日を楽しみに、ボクは真さんの腕の中でただ微睡む。
この、ぬるま湯のような世界を与えてくれた、神様のような存在を感じながら。
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