作家せんせーとイケメン彼氏

「春馬?」

「春樹先輩……?」

恋人の湖夏が珍しくダブルデートをする、なんて神妙な面持ちで言ってきたのは数日前。
湖夏から、あのクールを地で行くような湖夏から!一生出ないようなダブルデートという言葉を聞く日が来るとは夢にも思わなかった。
俺はただ嬉しくて、誰と行くか、なんて聞いてもいなかったのだ。
それがまさか世間の若い女を独り占めしているような俳優とだなんて。

「まさかお前が湖夏のダチの恋人だったとはなぁ」

「俺もまさか春樹先輩がひとりの女の人と長続きしているだなんて思わな……っ、いだだだだ」

「おっまえは昔から余計なセリフが多いんだよ!」

「ふむ。春樹は昔から若い女性をたぶらかしていたのか。それは感心できないな」

「湖夏アンタその反応……というか春馬?その、彼とはどういう関係なの?」

「えっとね、俺と春樹先輩は同じ高校の先輩後輩なんだ」

「へえ……そうなんだ。知らなかったなー」

春馬は湖夏のダチーー自分の恋人に対して嬉しそうに話し掛けているが、何故だか湖夏のダチの様子が可笑しい。

「ねえ、湖夏」

「なんだい、琉衣」

「どこまで知ってたの?」

「どこまでと言われると困ってしまったうさぎさんになってしまうよ琉衣」

「はいー、はぐらかさないー」

頭を掻こうとした湖夏の腕を掴んで、そうして彼女は言い放った。

「わたしが西条春樹の大ファンなこと知ってて今日という日を設けたのかな?湖夏ちゃん?」

「まあ、有り体に言ってしまえばそうだな」

「えっ」

「えっ」

二人の種類の違う驚きと共に、湖夏は至極当然のようにそう言い放った。

「ん?あー……確かに。アンタ何処かで見たことある顔だと思ったら……俺の握手会に来てた……」

「長月琉衣。私の数少ない友人だ」

「湖夏……やばい」

「どうした、琉衣?」

「推しに認知されるのはこれほどまでの感激なの?感激通り越して、一瞬死んだおばあちゃん見えたわよ」

「はは、琉衣。その川を渡るのはまだ早いぞ」

キャー、と悲鳴を上げるわけではない上に真顔だが、本当に俺のファンなのか?湖夏のダチってだけで蔑ろには出来ないのに。
まさか自分のファンと恋人と後輩とダブルデートする羽目になるとは思わなかった。

「……琉衣……」

背後で不穏な声音で自分の恋人の名前を呼んでいる春馬には気が付かないフリをしながら。
俺、刺されるかな……。
というか俺が何かしたか!?否!何もしていない!
湖夏に言われるがままに此処に来たのだから、俺は何も悪くない!
だから春馬……そんな恨みがましい目で俺を見るな……!

「湖夏がこんな……こんなにもサプライズが上手い人間だとは思わなかったわ!あの全人類の良い声しか興味がない湖夏がよ?はー……人って変わるのね」

「琉衣。何を勘違いしているか分からないが、私はな。数少ない友人である琉衣に喜んでもらえるならなんでもするタイプの人間だよ」

「湖夏……!」

二人の世界に入っている状態で言うのもなんなのだが、一体なんの会なんだ、これは。
いやいや!ダブルデートだよ?!危うく忘れるところだった!

「こ、湖夏。その辺にしとかねぇと……」

マジで俺と湖夏を見る春馬の目がやばい。殺人鬼よりやばい。そんな顔出来たんだな、お前。

「ああ、そう言えばダブルデートだったな」

「待って!」

「どうしたんだい?琉衣」

「……西条春樹とダブルデートなんてしたら全世界のファンに申し訳が立たない……!」

いっや、アンタの彼氏は国民的な俳優だけどなー。とツッコむべきなのか?
ここはツッコむべきなのか?

「そうか。さすが西条春樹のファン歴十二年だな」

「俺が声優としてデビューしたの十二年前なんだけど……」

「つまるところ最古参というやつだ。良かったな、春樹」

自分のファンを名乗る人間は今までに居なかったわけではないが、これは結構。いや、かなり嬉しいやつだ。
にやける顔を手のひらで覆い隠せば、殺気を感じた。

「は、春馬?」

「先輩は……いいですね」

「え?」

「いつもそうですよ。アンタは俺の特別を奪ってく……それが酷く、妬ましい」

「は?なんのことだよ」

「そういう先輩のこと、嫌いじゃなかったですけど、今は嫌いになりそうッス」

「……春馬」

頼む。頼むから、そんなことを言わないでくれ。
そうして気付いてくれ。

「俺は……!誰にでも愛されてる、そんな春樹先輩になりたい……!」

涙目でそんなことを言う春馬。春馬の気持ちは痛い程に分かる。
何故なら俺も愛されたい人間だから。
でも、な?

「春馬、お前……十二年前。俺がなんの声宛てたか……知ってるか?」

「は?何すか?琉衣へのサービスってやつっすか?」

「――良く啼くなぁ。お前。いい加減、お前が誰の雌で、誰がお前の雄なのか、……分からせてやるよ」

「は?」

低く掠れた甘い声。自分が演じた声とセリフを思い出しながら演じる。

「……そ、それは!西条春樹の初CDにして私たちの世代で大きな話題になった『彼恋!』じゃない!生きててよかったぁぁぁ!」

「え?」

「つまるところな、俳優くん」

きみの大好きで、愛しまくってヤンデレ手前になるまで想っている彼女はな?

「重度の――オタク、というやつだ」

「え?」

「こう言ってはなんだが、手放すか?」

「だ、誰が!でも……春樹先輩が……え?」

「ああ、すまない。そっちの『え?』だったか」

「もう、……帰って良いですか……」

地獄というのがこの世にあるのならば、これはきっとそういう類なのだろう。
もうほんとやだ。帰りたい。


このあと数時間もの間、湖夏の友人であり俺の重度のファンである長月琉衣の為に色々なセリフを発することになるとは、夢にも思うわけもなく。
ただ一心に帰りたい……、と呟くマシーンに変わり果てていた。
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