一周年リクエスト企画(過去サイト)

>>『行』様より


◆◇◆


森には魔女が居て、人間の子供を食うから決して近付くな。
そう両親は僕達に何度も何度も繰り返し言われてきた。
僕達もそれに頷いて、魔女は怖い存在なんだと。
そう信じて疑わなかったけれど――

「……人間の方がよっぽど怖いじゃないか」

「……全力で同意するよ」

今僕達が居るのは真っ暗な森の中。
母さんが死んでから暫くしてきた母親は、どうやら僕達を厄介者扱いしていたらしい。
僕達をお使いに出したかと思えば、そこは存在しない場所で。地図を頼りに歩いていた僕達は完全に迷ってしまった。
迷いついでに入った森が、かの魔女の住む森だったというわけだ。

杞憂かも知れないとその考えに縋りたくても、僕達の住む村の近くにある森は魔女の森しかないから疑いようもない。
あんなに優しかったのにな、と嘆きたいが。
今現在。気にするべきは夜の森でどうやって一晩を過ごすかだ。
火の付け方を知っているので、まだ明るい内にそこら辺の枯れ木を使って火は付けている。暗闇の中いつ獣に襲われるかという心配は一先ず大丈夫だろう。
問題は、

「お腹空いたね」

「喉も乾いたしね」

「どうしようか」

「どうしようね」

二人顔を合わせて、はあ、と溜め息を吐く。
これから先、どうやって生きていけばいいんだろう。
頼みの綱である父親は出稼ぎで居ないし、今帰った所で同じことの繰り返しになるだろう。
だったら自分達でどうにか生きる術を見付けなくては。
そう二人で相談した時だった。

「……こんな夜中に灯りが灯っているから何だと思えば、子供二人でどうしたの?」

その声の主は、森の更に奥の方に背を向けて僕達に話し掛けてきた。
その人は、夜の闇の中に溶け込むような黒いドレスを身に纏い、遠目からでも分かるほどに美しい女だ。
それらは全て、両親から聞いた魔女の特徴に一致していて、僕は座っていた切り株から立ち上がるとグレーテルを庇いながら少しでも魔女と距離を取ろうと後ろに下がった。

「ふぅ。怯えられるのは慣れているけど、別に取って食いやしないのに」

「……え、」

「……それ、本当に?」

魔女の呟きを拾ってそう言えば、魔女は呆れたような顔をして口を開く。

「当たり前でしょう。人間なんて食べて何になるのよ」

そんなモノを食べるくらいなら、草の根でも食べるっての。
魔女の言葉に僕はグレーテルと顔を見合わせる。
グレーテルも同じことを考えていたようで、僕達は一度頷くと魔女に向かって頭を下げた。

「ねえ、魔女さん」

「何かしら?」

「僕達を助けて!」

「……は?」

ポカンと口を半開きにしている魔女には構わず、僕達は暖かい布団と食事を得る為に喋り続ける。
魔女に良心なんてあればいいけど、と頭の片隅で思いながら。それでも今は頼み込むしか生きていく術がない。

「僕達継母に追い出されて行くところがないんだ」

「雑用でもなんでもするから魔女さんの家に僕達を置いて下さい!」

「は、え?」

「「お願いします!」」

「……」

魔女に言葉を発する暇を与えずに畳み掛ければ魔女は目をぱちくりと瞬かせる。
けれど徐々に僕達の言葉を理解していったのか次第に顔を難しく顰めさせていった。

「色々、聞きたいことはあるけれど」

「…うん」

「それは帰ってからにしましょうか」

「……!」

「本当にいいの!?」

「ええ、ここで会ったのも何かの縁でしょ」

そう言って優しく微笑んだ魔女は、僕達に近づくと冷えきった手を暖めるように握り、離れちゃ駄目よ?と囁くと、僕達を魔女の家へと連れていってくれた。
あれだけ行ってはいけないと言われていた魔女の家に付いて行ってしまったのだ。
それも、自分達の意思で。
けれど後悔はなかった。
あのままあそこに居ても獣に食われて終わりだっただろうし、家に帰っても同じこと。
なら久しく掛けられなかった優しい言葉を僕達に掛けてくれた魔女に食われた方が何倍もマシだから。
それに、

「ね、グレーテル」

「うん。ヘンゼル」

あの時の魔女の微笑みに僕もグレーテルも心を奪われてしまったから。

「「出て行けって言われないようにしないとね」」

まあ、言わせないんだけどね。
僕達は顔を見合わせながら口角を吊り上げた。


【魔女とヘンゼルとグレーテルの出会い】
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