二周年リクエスト企画(過去サイト)
>>『はる』様より
◆◇◆
大きな桜の木がある神社がある。
そこが昔から大好きだった。
何故だから知らないけれど、とても落ち着いたのだ。
だから自然と、心を落ち着けたい時にその神社に行くようになった。
今日もその為に神社の石段を上った。
(どうかストーカー被害がなくなりますように
念を込めるように手を合わせて祈る。
最近私はストーカー被害に悩まされている。
被害、と言っても部屋の物の位置が変わっていたり、誰かに見られているような視線を感じたりするだけで、周りからは気のせいだとあしらわれてしまう。
私だって出来れば気のせいで済ませたい。
だけども高校に入ってから一年間毎日ともなると流石に気が滅入るというものだ。
お陰でここ数ヵ月は毎日神社に通う羽目になっている。
枯れ葉だった神社の桜は今はもうすっかり八分咲き。
あと数日もすれば満開となるだろう。
「さて、帰ろうかな」
時刻は夕暮れ。
神社の石段を下って帰れば夜へと変化するだろう。
その前に帰らなければ、夕御飯を食べ損ねてしまう。
くるり、賽銭箱に背を向けた。
その時だった、
『 』
「……え?」
名前を呼ばれたような気がして、振り返る。
けれどこんな時間に人なんて居るわけがなくて、背後に見えるのは賽銭箱と、噎せ返るような香りを放つ桜のみ。
首を傾げながら、それでも気のせいかとその日はそのまま家に帰った。
その夜、夢を見た。
とても綺麗な桜の花弁が舞う中で、一人佇む背の高い人が此方を見て微笑んでいる夢。
その人が唇をゆっくりと動かす。
「――っうん?」
そこで夢は覚めた。
一体なんだったのだろうかと思うけれど、あまりの綺麗な夢にもう一度見たいと目を瞑る。
けれど今度は夢を見なかった。
「そんな夢を見たんだよねぇ」
「へぇ。そりゃ凄い凄い」
「適当だね。もうちょっと気にしてくれたっていいじゃないか」
「どうして俺がお前のことを気にしなくちゃいけないんだよ」
「幼馴染みじゃない」
「嫌な悪縁もあったもんだな」
昼休み、幼馴染みに今日見た夢の内容を話せば幼馴染みは悪態を吐きながら紙パックの牛乳を飲んでいた。
幼稚園の頃からの幼馴染みなのに酷いなぁと唇を尖らせながら、私はお弁当をつつく。
「その夢ってさ」
「うん」
「あの神社に行くから見るんじゃねぇの?お前参ると良くあの神社に行くじゃん」
「どうして神社に行くと桜の夢を見るの」
「んなもん決まってんだろ」
「うん?」
幼馴染みは唇に綺麗な笑みを浮かべながら内緒話するみたいに囁いた。
「――カミサマがお前を見染めてるからだよ」
その言葉にぶふっと噴き出した。
「あはははは。なぁにその冗談。非現実的すぎるよ」
「だろうな。俺もそう思ったわ」
だからって笑いすぎだバァカと頭をグシャグシャと掻き混ぜられた。
どうやら幼馴染みは私を励まそうとしてくれていたらしい。
幼馴染みにだけは何だって話したし、ストーカーの話だって誰も本気にしないのに幼馴染みだけは信じてくれた。
だから私は幼馴染みが大好きだ。
優しいのか優しくないのか分からない優しさ含め。
「ありがと。ちょっと元気出たよ」
「そりゃ良かったな。んならさっさとメシ食え。次の授業移動教室だろ」
「あ、そうだった」
「おいおい」
「忘れてたのは仕方ないよー」
「お前なぁ。ったく。そんなんじゃ俺が居なくなったら生きていけねぇんじゃねぇの?」
「ふふ。かも知れないねぇ」
笑い話だった。
ただの、冗談の延長線だった。
なのに何故か幼馴染みは真顔になっていた。
瞬間、視界に桜の花弁が舞う。
「え?」
「どうかしたか?」
「……ううん?なんでもないよ」
瞬きをしたら消えた花弁に、いつも通りの幼馴染みの顔。
私は疲れてるのかなぁ、と思いながら笑った。
その日も神社に行き、そして夢を見た。
またあの光景。
満開の桜が舞い散る中、佇む背の高い人。
ゆっくりと動かされる唇。
『迎 え に 行 く ね』
けれど今日は違った。
声が、聞こえたのだ。
迎えに行く?
誰を?
問い掛けようとして、けれど竜巻のようにうねる桜吹雪に遮られて出来なかった。
「迎えに行く?」
「うん」
「そりゃまた変な夢だな」
「そうだよねぇ」
もそもそとお弁当を食べながら、幼馴染みの言葉に相槌を打つ。
幼馴染みは神妙な顔をしながら焼きそばパンを食べていた。
「本当に、色々なんなんだろうねぇ」
「なんだ。また物の位置が変わってたんだっけ?」
「ううん。今度はぬいぐるみが無くなってた」
「へぇ。あの熊のぬいぐるみ?」
「そー。私のマイスイートハニーな熊太郎が居なくなってた」
「相変わらずお前のネーミングセンスは死んでるな」
「別にいいでしょー」
ぐでんと机に身体を投げ出して、疲れたとばかりに溜め息を吐いた。
大切にしていたぬいぐるみは無くなるわ、変な夢は見るわ、一体何なんだろう。
私何かしたかな?
「ま、あんま気にすんなよ。気にしたってしょうがねぇんだからさ」
「そうだけどー」
「はい。この話は終わり!メシを食えメシを」
そう言って幼馴染みはお弁当の中身を摘まんで私の口に突っ込んだ。
それをモグモグと咀嚼する。
幼馴染みは昔からこうやって世話を焼くのが好きなのか、私がだらしなさ過ぎるのか、物を食べさせて貰うことなんて慣れっこなので抵抗はない。
……色々駄目なんだろうけど、これが私達の関係性なのだ。うん。
その日、夢は見なかった。
神社にも行かなかった。
朝、起きたら、思い出していた。
「ねぇねぇ」
「んだよ」
気だるげに、いつものように返した幼馴染み。
グッと唇を噛み締めてから、言葉を紡いだ。
「――アナタ、誰?」
私の言葉に、幼馴染みは、幼馴染みの姿をしていた誰かは、クッと喉を鳴らして笑った。
「私の幼馴染みは、一年前にあの神社で死んじゃった。だから、アナタは誰?」
幼馴染みの皮を被った誰かは、クスクスと笑う。
そうして形の良い唇に弧を描くと、内緒話するみたいに囁いた。
「なぁんだ。気付いちゃったんだ」
心底可笑しそうに笑うその人は、こてんと首を傾げながら子供みたいな無邪気な声音を発した。
「迎えに行くねって言ったから、夢に干渉しなかったんだけど、こうもあっさり思い出されるなんてね」
「……なんで、私の幼馴染みの顔をしているの?」
「ふふ。それは簡単。いい加減遠くで見ているのも飽きたからキミに近付きたくてね、一番近いコイツに死んで貰ったからだよ」
「死んで、貰った……?」
「そうだよ」
ちょっと心を操ってね、僕の身体で首を吊らせたんだ。
そう言った目の前の人の無邪気そのものの声音に背筋がゾクリと震えた。
「なんで」
「言っただろう?見ているだけでは飽きたんだよ」
キミが欲しくて欲しくて堪らなくなったんだ。
キミが小さな頃から大好きだった。
それに早くしないといけなかったしね?
「だってキミ、あの日、この男が死んだ日、この男に告白しようとしてただろう?」
それはとても面白くなかったからね。
その言葉に、目の前が真っ暗になった。
確かに私は幼馴染みに長年の想いを伝えようと、幼馴染みが死ぬ前日に神社で気合いを入れていた。
それを知っているのは、誰も居ない筈なのに。
どうして知っているのだろう。
そんな私の疑問に答えるように、男は弧を描いていたままの唇で囁いた。
「――僕がカミサマだからだよ」
にこり、笑いながらカミサマだと名乗った男の幼馴染みの顔に、夢で見た背の高い人の姿がダブる。
「約束通り、迎えに来たよ」
「……やくそく?」
そんなものした覚えがない。
そう言えば、言ったじゃないかと男は目を細めた。
「『何でもするから、幼馴染みと付き合えますように』って」
何でもする、って言っただろう?
だから、迎えに来たんだ。
僕のお嫁さんになって貰う為にね。
「私、付き合えてない、よ?」
だからそんな約束は無効じゃないのかと暗に言えば、男は「だってキミが誰かのモノになるだなんて許せなかったんだもん」とそれはそれは美しく笑った。
「理不尽だよ、そんなの」
「カミサマなんて、皆理不尽だよ」
「……返して」
幼馴染みを、返してよ。
「ごめんね?」
涙混じりの懇願は、悪びれもしない男の声に掻き消された。
「じゃあ、行こうか」
男が私の腕を掴む。
ひらり、ひらり、桜の花弁が舞う。
幼馴染みの顔で、幼馴染みの声で、幼馴染みに言われたかった言葉を、幼馴染みを殺した相手に告げられる。
「僕のお嫁さん。大事にしてあげるね」
魂が消滅するまで、永遠に。
◆◇◆
大きな桜の木がある神社がある。
そこが昔から大好きだった。
何故だから知らないけれど、とても落ち着いたのだ。
だから自然と、心を落ち着けたい時にその神社に行くようになった。
今日もその為に神社の石段を上った。
(どうかストーカー被害がなくなりますように
念を込めるように手を合わせて祈る。
最近私はストーカー被害に悩まされている。
被害、と言っても部屋の物の位置が変わっていたり、誰かに見られているような視線を感じたりするだけで、周りからは気のせいだとあしらわれてしまう。
私だって出来れば気のせいで済ませたい。
だけども高校に入ってから一年間毎日ともなると流石に気が滅入るというものだ。
お陰でここ数ヵ月は毎日神社に通う羽目になっている。
枯れ葉だった神社の桜は今はもうすっかり八分咲き。
あと数日もすれば満開となるだろう。
「さて、帰ろうかな」
時刻は夕暮れ。
神社の石段を下って帰れば夜へと変化するだろう。
その前に帰らなければ、夕御飯を食べ損ねてしまう。
くるり、賽銭箱に背を向けた。
その時だった、
『 』
「……え?」
名前を呼ばれたような気がして、振り返る。
けれどこんな時間に人なんて居るわけがなくて、背後に見えるのは賽銭箱と、噎せ返るような香りを放つ桜のみ。
首を傾げながら、それでも気のせいかとその日はそのまま家に帰った。
その夜、夢を見た。
とても綺麗な桜の花弁が舞う中で、一人佇む背の高い人が此方を見て微笑んでいる夢。
その人が唇をゆっくりと動かす。
「――っうん?」
そこで夢は覚めた。
一体なんだったのだろうかと思うけれど、あまりの綺麗な夢にもう一度見たいと目を瞑る。
けれど今度は夢を見なかった。
「そんな夢を見たんだよねぇ」
「へぇ。そりゃ凄い凄い」
「適当だね。もうちょっと気にしてくれたっていいじゃないか」
「どうして俺がお前のことを気にしなくちゃいけないんだよ」
「幼馴染みじゃない」
「嫌な悪縁もあったもんだな」
昼休み、幼馴染みに今日見た夢の内容を話せば幼馴染みは悪態を吐きながら紙パックの牛乳を飲んでいた。
幼稚園の頃からの幼馴染みなのに酷いなぁと唇を尖らせながら、私はお弁当をつつく。
「その夢ってさ」
「うん」
「あの神社に行くから見るんじゃねぇの?お前参ると良くあの神社に行くじゃん」
「どうして神社に行くと桜の夢を見るの」
「んなもん決まってんだろ」
「うん?」
幼馴染みは唇に綺麗な笑みを浮かべながら内緒話するみたいに囁いた。
「――カミサマがお前を見染めてるからだよ」
その言葉にぶふっと噴き出した。
「あはははは。なぁにその冗談。非現実的すぎるよ」
「だろうな。俺もそう思ったわ」
だからって笑いすぎだバァカと頭をグシャグシャと掻き混ぜられた。
どうやら幼馴染みは私を励まそうとしてくれていたらしい。
幼馴染みにだけは何だって話したし、ストーカーの話だって誰も本気にしないのに幼馴染みだけは信じてくれた。
だから私は幼馴染みが大好きだ。
優しいのか優しくないのか分からない優しさ含め。
「ありがと。ちょっと元気出たよ」
「そりゃ良かったな。んならさっさとメシ食え。次の授業移動教室だろ」
「あ、そうだった」
「おいおい」
「忘れてたのは仕方ないよー」
「お前なぁ。ったく。そんなんじゃ俺が居なくなったら生きていけねぇんじゃねぇの?」
「ふふ。かも知れないねぇ」
笑い話だった。
ただの、冗談の延長線だった。
なのに何故か幼馴染みは真顔になっていた。
瞬間、視界に桜の花弁が舞う。
「え?」
「どうかしたか?」
「……ううん?なんでもないよ」
瞬きをしたら消えた花弁に、いつも通りの幼馴染みの顔。
私は疲れてるのかなぁ、と思いながら笑った。
その日も神社に行き、そして夢を見た。
またあの光景。
満開の桜が舞い散る中、佇む背の高い人。
ゆっくりと動かされる唇。
『迎 え に 行 く ね』
けれど今日は違った。
声が、聞こえたのだ。
迎えに行く?
誰を?
問い掛けようとして、けれど竜巻のようにうねる桜吹雪に遮られて出来なかった。
「迎えに行く?」
「うん」
「そりゃまた変な夢だな」
「そうだよねぇ」
もそもそとお弁当を食べながら、幼馴染みの言葉に相槌を打つ。
幼馴染みは神妙な顔をしながら焼きそばパンを食べていた。
「本当に、色々なんなんだろうねぇ」
「なんだ。また物の位置が変わってたんだっけ?」
「ううん。今度はぬいぐるみが無くなってた」
「へぇ。あの熊のぬいぐるみ?」
「そー。私のマイスイートハニーな熊太郎が居なくなってた」
「相変わらずお前のネーミングセンスは死んでるな」
「別にいいでしょー」
ぐでんと机に身体を投げ出して、疲れたとばかりに溜め息を吐いた。
大切にしていたぬいぐるみは無くなるわ、変な夢は見るわ、一体何なんだろう。
私何かしたかな?
「ま、あんま気にすんなよ。気にしたってしょうがねぇんだからさ」
「そうだけどー」
「はい。この話は終わり!メシを食えメシを」
そう言って幼馴染みはお弁当の中身を摘まんで私の口に突っ込んだ。
それをモグモグと咀嚼する。
幼馴染みは昔からこうやって世話を焼くのが好きなのか、私がだらしなさ過ぎるのか、物を食べさせて貰うことなんて慣れっこなので抵抗はない。
……色々駄目なんだろうけど、これが私達の関係性なのだ。うん。
その日、夢は見なかった。
神社にも行かなかった。
朝、起きたら、思い出していた。
「ねぇねぇ」
「んだよ」
気だるげに、いつものように返した幼馴染み。
グッと唇を噛み締めてから、言葉を紡いだ。
「――アナタ、誰?」
私の言葉に、幼馴染みは、幼馴染みの姿をしていた誰かは、クッと喉を鳴らして笑った。
「私の幼馴染みは、一年前にあの神社で死んじゃった。だから、アナタは誰?」
幼馴染みの皮を被った誰かは、クスクスと笑う。
そうして形の良い唇に弧を描くと、内緒話するみたいに囁いた。
「なぁんだ。気付いちゃったんだ」
心底可笑しそうに笑うその人は、こてんと首を傾げながら子供みたいな無邪気な声音を発した。
「迎えに行くねって言ったから、夢に干渉しなかったんだけど、こうもあっさり思い出されるなんてね」
「……なんで、私の幼馴染みの顔をしているの?」
「ふふ。それは簡単。いい加減遠くで見ているのも飽きたからキミに近付きたくてね、一番近いコイツに死んで貰ったからだよ」
「死んで、貰った……?」
「そうだよ」
ちょっと心を操ってね、僕の身体で首を吊らせたんだ。
そう言った目の前の人の無邪気そのものの声音に背筋がゾクリと震えた。
「なんで」
「言っただろう?見ているだけでは飽きたんだよ」
キミが欲しくて欲しくて堪らなくなったんだ。
キミが小さな頃から大好きだった。
それに早くしないといけなかったしね?
「だってキミ、あの日、この男が死んだ日、この男に告白しようとしてただろう?」
それはとても面白くなかったからね。
その言葉に、目の前が真っ暗になった。
確かに私は幼馴染みに長年の想いを伝えようと、幼馴染みが死ぬ前日に神社で気合いを入れていた。
それを知っているのは、誰も居ない筈なのに。
どうして知っているのだろう。
そんな私の疑問に答えるように、男は弧を描いていたままの唇で囁いた。
「――僕がカミサマだからだよ」
にこり、笑いながらカミサマだと名乗った男の幼馴染みの顔に、夢で見た背の高い人の姿がダブる。
「約束通り、迎えに来たよ」
「……やくそく?」
そんなものした覚えがない。
そう言えば、言ったじゃないかと男は目を細めた。
「『何でもするから、幼馴染みと付き合えますように』って」
何でもする、って言っただろう?
だから、迎えに来たんだ。
僕のお嫁さんになって貰う為にね。
「私、付き合えてない、よ?」
だからそんな約束は無効じゃないのかと暗に言えば、男は「だってキミが誰かのモノになるだなんて許せなかったんだもん」とそれはそれは美しく笑った。
「理不尽だよ、そんなの」
「カミサマなんて、皆理不尽だよ」
「……返して」
幼馴染みを、返してよ。
「ごめんね?」
涙混じりの懇願は、悪びれもしない男の声に掻き消された。
「じゃあ、行こうか」
男が私の腕を掴む。
ひらり、ひらり、桜の花弁が舞う。
幼馴染みの顔で、幼馴染みの声で、幼馴染みに言われたかった言葉を、幼馴染みを殺した相手に告げられる。
「僕のお嫁さん。大事にしてあげるね」
魂が消滅するまで、永遠に。
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