二周年リクエスト企画(過去サイト)
>>『匿名希望』様より
◆◇◆
『愛してる』どころか、『好き』だとさえ滅多に口にしない女だった。
それが俺には不安で、堪らなくなって。
何度も何度も深雪にバレるように浮気を繰り返した。
浮気を知って、感情を露にして怒る姿にどこか安心していたんだ。
ああ、俺はまだ愛されている。
深雪に確かに愛されているのだと。
――馬鹿なことだ。
俺がもし逆の立場であったなら、決して平常心では居られないだろう衝撃を。
俺は何度も何度も深雪に与えていたのだと気付いた時にはもう遅く。
深雪が俺に別れを告げた日にようやく俺は理解したのだ。
別れるなんて死んでも嫌だとも思った。
当然だ。俺は深雪を心の底から愛しているし、深雪無しの未来なんて想像することすらできないのだから。
だけど、
『浮気は浮気。私は許せないわ』
形振りなんて構って居られず、普段では考えられないくらい落ちていた適当な服を身に纏って、深雪が居そうな場所を走り回った。
そんな時に聞こえた声には何の感情も見えなくて。
思わず背筋がぞわりとした。
俺のことなどもうどうでもいいと、全身で現されているようなその声音に、泣きたくなった。
きっと本当に泣き出したかったのは、俺ではなかったのだろう。
何度も言っていたのだ。
『浮気はやめて』と。
その度に愉悦を感じていた昔の俺を、俺はぶん殴ってやりたい。
浮気なんてしなければ。
いや、そもそも深雪の気持ちを疑うだなんてしなければ。
こんな悲しい結末にはならなかったのだと。
「今更、何言っても遅いっつーの」
自嘲気味に吐き出した言葉は、夜のどこか気だるげな空気に混ざっていく。
深雪の住んでいたアパートの前で立ち尽くして何時間か分からない。
もしかしたら今日は帰ってこないかもしれない。
それでも、
「諦めるなんて、できねぇんだよ」
俺が全部悪かった。
何もかも俺が犯した過ちの結果だ。
何度だって謝る。
土下座だってなんだってやってやる。
だから、
「頼むから、もう一度話を聞いてくれ」
あの電話で最後だなんて、そんな悲しいことだけは止めてくれ。
逃げ出したくなる気持ちを押し殺すように拳を握る。
「……来たんだ」
ぽつり、待ち人の声が聞こえた。
視線を向ければそこには驚いたような顔をした深雪の姿。
「話が、したくて」
「私にはもう何も話すことなんてないよ」
「それでも、話をしたい。アレで終わりだなんて、俺はしたくない」
「……まあ、それはそうだろうけど。でも、もう私の中では終わった話なんだよ」
頑なな深雪の姿に呆れ交じりの笑みを零す。
ああ、思えばこんな頑固な所も好きだったのだ。
今までちゃんと好きだと思っていた筈なのに、改めてそう感じた。
「ならさ、一個だけ教えてくれよ」
「うん」
「……俺のこと、本当に好きだった?」
「……アンタはさ。私を好きでもない男と付き合い続けるような女だと思ってたわけ?」
「……そっか」
ああ、ずっと聞きたかった言葉の筈なのに。
どうしてだか目頭が熱くなってきた。
「話、それだけ?」
「……もう、お前の中では無理なんだな」
「そりゃあ、……あれだけ浮気をされたら、もう無理だよ」
「もうしないって言ってもか?」
「それ、何度も聞いたよ」
そうして何度も裏切られた。
「私は、アンタが好きだったよ?多分、今もまだ少しくらいはアンタのことが好きだと思う」
「だったら、」
「でもさ、」
発した言葉は深雪に遮られた。
「もう無理だって、そう思っちゃったし、もうアンタを信じることも出来そうにない」
困ったように眉を下げた深雪の言葉に、俺は何か言える言葉はあったのだろうから。
「そうか」とだけ、呟いて、俺はこれが最後だと深雪の顔を見て言った。
「俺は浮気ばっかしたけど、それでも深雪のこと、本気で好きだった。今も愛してる」
「……、……ごめん」
「んで、謝るんだよ」
むしろ謝らなくてはいけないのは俺の方だというのに。
相変わらず変に真面目な深雪に、つい笑ってしまった。
「色々、ごめんな」
謝って、それで済む話ではないということくらいは分かっているが。
それでも謝りたかった。
これは俺のエゴで、ただの自己満足だ。
「いいよ、なんて言えないけど。でも、いいよ」
それが深雪の本心からなのかは分からない。
それでも俺の心を少しでも軽くしようとしてくれたのだろう事は分かったから。
くしゃり、と今にも泣き出してしまいたい気持ちを、縋り付いてしまいたい気持ちを押さえ込んで、俺は笑った。
これで深雪と話すのは、きっと最後になるのだろう。
だからこそ、最後くらいは笑っていたかった。
悪い思い出ばかりを作ってしまったというのに、覚えていて欲しかったのだ。
最後まで自己中な、最低な男でも。
確かに俺は、深雪を愛していたのだと。
◆◇◆
『愛してる』どころか、『好き』だとさえ滅多に口にしない女だった。
それが俺には不安で、堪らなくなって。
何度も何度も深雪にバレるように浮気を繰り返した。
浮気を知って、感情を露にして怒る姿にどこか安心していたんだ。
ああ、俺はまだ愛されている。
深雪に確かに愛されているのだと。
――馬鹿なことだ。
俺がもし逆の立場であったなら、決して平常心では居られないだろう衝撃を。
俺は何度も何度も深雪に与えていたのだと気付いた時にはもう遅く。
深雪が俺に別れを告げた日にようやく俺は理解したのだ。
別れるなんて死んでも嫌だとも思った。
当然だ。俺は深雪を心の底から愛しているし、深雪無しの未来なんて想像することすらできないのだから。
だけど、
『浮気は浮気。私は許せないわ』
形振りなんて構って居られず、普段では考えられないくらい落ちていた適当な服を身に纏って、深雪が居そうな場所を走り回った。
そんな時に聞こえた声には何の感情も見えなくて。
思わず背筋がぞわりとした。
俺のことなどもうどうでもいいと、全身で現されているようなその声音に、泣きたくなった。
きっと本当に泣き出したかったのは、俺ではなかったのだろう。
何度も言っていたのだ。
『浮気はやめて』と。
その度に愉悦を感じていた昔の俺を、俺はぶん殴ってやりたい。
浮気なんてしなければ。
いや、そもそも深雪の気持ちを疑うだなんてしなければ。
こんな悲しい結末にはならなかったのだと。
「今更、何言っても遅いっつーの」
自嘲気味に吐き出した言葉は、夜のどこか気だるげな空気に混ざっていく。
深雪の住んでいたアパートの前で立ち尽くして何時間か分からない。
もしかしたら今日は帰ってこないかもしれない。
それでも、
「諦めるなんて、できねぇんだよ」
俺が全部悪かった。
何もかも俺が犯した過ちの結果だ。
何度だって謝る。
土下座だってなんだってやってやる。
だから、
「頼むから、もう一度話を聞いてくれ」
あの電話で最後だなんて、そんな悲しいことだけは止めてくれ。
逃げ出したくなる気持ちを押し殺すように拳を握る。
「……来たんだ」
ぽつり、待ち人の声が聞こえた。
視線を向ければそこには驚いたような顔をした深雪の姿。
「話が、したくて」
「私にはもう何も話すことなんてないよ」
「それでも、話をしたい。アレで終わりだなんて、俺はしたくない」
「……まあ、それはそうだろうけど。でも、もう私の中では終わった話なんだよ」
頑なな深雪の姿に呆れ交じりの笑みを零す。
ああ、思えばこんな頑固な所も好きだったのだ。
今までちゃんと好きだと思っていた筈なのに、改めてそう感じた。
「ならさ、一個だけ教えてくれよ」
「うん」
「……俺のこと、本当に好きだった?」
「……アンタはさ。私を好きでもない男と付き合い続けるような女だと思ってたわけ?」
「……そっか」
ああ、ずっと聞きたかった言葉の筈なのに。
どうしてだか目頭が熱くなってきた。
「話、それだけ?」
「……もう、お前の中では無理なんだな」
「そりゃあ、……あれだけ浮気をされたら、もう無理だよ」
「もうしないって言ってもか?」
「それ、何度も聞いたよ」
そうして何度も裏切られた。
「私は、アンタが好きだったよ?多分、今もまだ少しくらいはアンタのことが好きだと思う」
「だったら、」
「でもさ、」
発した言葉は深雪に遮られた。
「もう無理だって、そう思っちゃったし、もうアンタを信じることも出来そうにない」
困ったように眉を下げた深雪の言葉に、俺は何か言える言葉はあったのだろうから。
「そうか」とだけ、呟いて、俺はこれが最後だと深雪の顔を見て言った。
「俺は浮気ばっかしたけど、それでも深雪のこと、本気で好きだった。今も愛してる」
「……、……ごめん」
「んで、謝るんだよ」
むしろ謝らなくてはいけないのは俺の方だというのに。
相変わらず変に真面目な深雪に、つい笑ってしまった。
「色々、ごめんな」
謝って、それで済む話ではないということくらいは分かっているが。
それでも謝りたかった。
これは俺のエゴで、ただの自己満足だ。
「いいよ、なんて言えないけど。でも、いいよ」
それが深雪の本心からなのかは分からない。
それでも俺の心を少しでも軽くしようとしてくれたのだろう事は分かったから。
くしゃり、と今にも泣き出してしまいたい気持ちを、縋り付いてしまいたい気持ちを押さえ込んで、俺は笑った。
これで深雪と話すのは、きっと最後になるのだろう。
だからこそ、最後くらいは笑っていたかった。
悪い思い出ばかりを作ってしまったというのに、覚えていて欲しかったのだ。
最後まで自己中な、最低な男でも。
確かに俺は、深雪を愛していたのだと。