梅雨空に紫陽花
「そもそも、加納くんは何を気にしていたんですか?」
「話してくれるっていうから、柴ちゃんなんでも分かってるのかと思ってたんだけど……」
「私も一応人間なので、そういう超人的能力は持ち合わせていませんねぇ」
「……柴ちゃんはさ」
「はい」
「兄貴と、その……付き合ってた頃。ナニしてたの?」
「宗くんとお付き合いしていた頃ですか?うーん、普通だと思いますよ」
「普通って、ナニ」
そもそも柴ちゃんと兄貴の普通がまったく想像できないんだけど。
そんなことを思っていたら、柴ちゃんは少しだけ考えた後に、話はじめた。
「宗くんとお付き合いをする理由……というか、原因になったのは私の素行問題ですね」
「へ?」
「私こう見えても、元ヤンなんですよ」
「へ?」
二度目の戸惑いの声にも我関せずな柴ちゃんは、まだ話を続けた。
「当時生徒会長だった宗くんが素行に問題のあった私のお目付け役になったのが、すべてのはじまりでしたね」
簡単に言うと、宗くんは犠牲者なんですよ。
「私の為に色々な人に謝ったり、私のせいで色んな人に目を付けられたり」
それなのに宗くん、私の傍に居てくれたんです。
嫌だ嫌だと言いながら、それでも傍に居てくれたんです。
「当時の私はそれはもう……嫌がりましたよね」
「そこは惚れるところじゃないの?」
「いやいや。だって宗くんですよ?ないですね」
「そこまでハッキリ言われるうちの兄貴って……」
「私はね、一人で在りたかったわけでもなくて。だからと言って誰かと在りたかったわけでもなくて。なんと言いましょうかね。悪ブリたかったんでしょうねぇ」
のほほんとそんなことを言う柴ちゃんの、その瞳は優しくて。
とてもじゃないけれども、兄貴のことを「無い」と言った顔には見えなくて。
でも柴ちゃんは言った。
『話せる範囲で話します』と。
ならこれが、柴ちゃんの『話せる範囲』なのだろう。
「そっか……」
「加納くんは、何が気になっているのですか」
「俺は……」
俺が気になっていることなんて、そんなのひとつだけ。
「柴ちゃんは、好きな人……いる?」
こんな、今時小学生でもスマートにこなすような幼稚な疑問だけ。
柴ちゃんは何も答えてくれない。
答えないのもまた『話せる範囲』なのだろうか?
そんなことを思いながら、柴ちゃんを見つめ続けて、とうとう耐え切れなくなった俺は柴ちゃんの名前を呼んだ。
「しばちゃ、」
呼ぼうと、思った。
けれどもそれは遮られたのだ。
「柴、蓮。夕飯出来たぞ」
他でもない、兄貴に。
「ああ、宗くんったら本当にタイミングが悪い人ですねぇ」
「なんの話だ?」
「宗くんは昔から変わってませんねぇ、という話です」
「どういうことだ?というか、少しは変わっている筈だ」
「ふふ。変わっていると思うのは自由ですよね」
「柴ァ?お前な。人をおちょくるのも大概にしろ」
「はいはい。宗くんの肉じゃが食べたいので、加納くん。リビングに行きましょうか」
「……うん。そうだね、柴ちゃん」
俺は言いたいことも聞きたいことも全部飲み込んで、笑顔を浮かべた。
柴ちゃんは俺に少しだけ秘密を話してくれた。それで充分じゃないか。
柴ちゃんが兄貴特製の肉じゃがにうっとりしている中、俺の食べた肉じゃがはなんだか苦いような、そんな気がした。
同時に胸が痛くて、痛くて、どうしようもなかったけれど。
柴ちゃんの笑顔を見ていたら、少しずつそんな痛みなんて忘れてしまえるような。
――そんな気がした。
「話してくれるっていうから、柴ちゃんなんでも分かってるのかと思ってたんだけど……」
「私も一応人間なので、そういう超人的能力は持ち合わせていませんねぇ」
「……柴ちゃんはさ」
「はい」
「兄貴と、その……付き合ってた頃。ナニしてたの?」
「宗くんとお付き合いしていた頃ですか?うーん、普通だと思いますよ」
「普通って、ナニ」
そもそも柴ちゃんと兄貴の普通がまったく想像できないんだけど。
そんなことを思っていたら、柴ちゃんは少しだけ考えた後に、話はじめた。
「宗くんとお付き合いをする理由……というか、原因になったのは私の素行問題ですね」
「へ?」
「私こう見えても、元ヤンなんですよ」
「へ?」
二度目の戸惑いの声にも我関せずな柴ちゃんは、まだ話を続けた。
「当時生徒会長だった宗くんが素行に問題のあった私のお目付け役になったのが、すべてのはじまりでしたね」
簡単に言うと、宗くんは犠牲者なんですよ。
「私の為に色々な人に謝ったり、私のせいで色んな人に目を付けられたり」
それなのに宗くん、私の傍に居てくれたんです。
嫌だ嫌だと言いながら、それでも傍に居てくれたんです。
「当時の私はそれはもう……嫌がりましたよね」
「そこは惚れるところじゃないの?」
「いやいや。だって宗くんですよ?ないですね」
「そこまでハッキリ言われるうちの兄貴って……」
「私はね、一人で在りたかったわけでもなくて。だからと言って誰かと在りたかったわけでもなくて。なんと言いましょうかね。悪ブリたかったんでしょうねぇ」
のほほんとそんなことを言う柴ちゃんの、その瞳は優しくて。
とてもじゃないけれども、兄貴のことを「無い」と言った顔には見えなくて。
でも柴ちゃんは言った。
『話せる範囲で話します』と。
ならこれが、柴ちゃんの『話せる範囲』なのだろう。
「そっか……」
「加納くんは、何が気になっているのですか」
「俺は……」
俺が気になっていることなんて、そんなのひとつだけ。
「柴ちゃんは、好きな人……いる?」
こんな、今時小学生でもスマートにこなすような幼稚な疑問だけ。
柴ちゃんは何も答えてくれない。
答えないのもまた『話せる範囲』なのだろうか?
そんなことを思いながら、柴ちゃんを見つめ続けて、とうとう耐え切れなくなった俺は柴ちゃんの名前を呼んだ。
「しばちゃ、」
呼ぼうと、思った。
けれどもそれは遮られたのだ。
「柴、蓮。夕飯出来たぞ」
他でもない、兄貴に。
「ああ、宗くんったら本当にタイミングが悪い人ですねぇ」
「なんの話だ?」
「宗くんは昔から変わってませんねぇ、という話です」
「どういうことだ?というか、少しは変わっている筈だ」
「ふふ。変わっていると思うのは自由ですよね」
「柴ァ?お前な。人をおちょくるのも大概にしろ」
「はいはい。宗くんの肉じゃが食べたいので、加納くん。リビングに行きましょうか」
「……うん。そうだね、柴ちゃん」
俺は言いたいことも聞きたいことも全部飲み込んで、笑顔を浮かべた。
柴ちゃんは俺に少しだけ秘密を話してくれた。それで充分じゃないか。
柴ちゃんが兄貴特製の肉じゃがにうっとりしている中、俺の食べた肉じゃがはなんだか苦いような、そんな気がした。
同時に胸が痛くて、痛くて、どうしようもなかったけれど。
柴ちゃんの笑顔を見ていたら、少しずつそんな痛みなんて忘れてしまえるような。
――そんな気がした。