梅雨空に紫陽花
ザーザーと雨の音が鼓膜を揺らす。
そう言えば今は梅雨だったな、と思い出した。
季節なんて関係なく過ごしていたから、忘れてしまっていた。
なんて、嘘で。
忘れるわけがない。
だってこの季節は柴ちゃんと出逢った季節だから。
「柴ちゃん……」
ベッドの上で横になりながら、柴ちゃんの名前を呼んだ。
俺の気持ちに気付いているくせに、決して俺を見てくれない女性。
俺のことを見てくれなくても、俺のことを考えてくれなくても。
柴ちゃんと毎日保健室で逢えたらそれで良かった。
柴ちゃんとくだらないお喋りが出来るだけで幸せだった。
柴ちゃんの持ってくるお菓子はいつも美味しかったし、柴ちゃんの淹れてくれるお茶はなんだって美味しかった。優しい味がした。
俺は出来損ないだから、兄貴みたいに期待されていない。
それはある意味では楽で、ある意味では疎外感を感じていた。
両親が悪いわけじゃない。
両親は俺に『好きなことをしろ』と言ってくれているから、きっと恵まれているのだろう。
なのに、それなのに。
どうして俺はこんなにも兄貴に劣等感なんて感じてしまうのだろうか?
柴ちゃんが兄貴と付き合っていた期間があったと聞いた時、少しだけ落胆した。
柴ちゃんも所詮は権力に弱い人間なのかな、って。
でも、二人の様子を見ている限りなんだか違くて。
好き合っていたのかな?
キスは?セックスはしたのかな?
そんなことばかり考えてしまって。
兄貴が柴ちゃんに触れた、その事実が苦しくて。
柴ちゃんの名前を簡単に呼べる兄貴に対して悔しくて堪らない思いが募っていく。
「……そろそろ、学校、行かないと」
柴ちゃんに忘れられちゃう。
そんなことを思ったら、ぼろりと涙が零れ落ちた。
グイッと袖口で拭って、そのまま腕で顔を隠した。
**
眠ってしまっていたらしい。
なんだか賑やかな声で、目が覚めた。
「何……、母さんがまた何か作ってるのかな」
たまに母さんは自分の友人を家に呼んでは料理やお菓子作りをしていたりするから、またソレかと思ったけれども。
「つむぎちゃんが来てくれるなんて!嬉しいわぁ!」
「宗くんの肉じゃがが食べたくなりまして、お邪魔しました」
「柴。お前は蓮を呼んできてくれ。二階の角部屋が蓮の部屋だ」
「はいはい。分りましたよーっと」
「はい、は一回」
「はぁい」
「柴……お前は社会人にもなって挨拶のひとつも出来ないのか」
「お小言は要りません。私に早く肉じゃがを作ってください」
「つむぎちゃん。おばさんと久し振りにお茶でもどう?」
「いやいや、今日は仕事も兼ねてきていますので」
「あらぁ、そうなの?なら蓮のこと、こってり絞ってあげて頂戴ね」
「はい」
そんな会話が聞こえた。
え、何。柴ちゃんがこの家に来てるの?というか母さん公認だったの?
仕事って俺のこと?
そんなの、
「弱ったなぁ……」
「何が弱ったんですか?」
「うわっ。柴ちゃん!?」
「はい、柴つむぎですよー」
にっこりと笑った柴ちゃんは、俺の目の前に立つと、ここではなんですから、お部屋行きましょうか?と言って、何も言わずに俺の部屋に向かって行ってしまった。
なんで俺の部屋知ってるの、とか思ったけれども、さっき兄貴が教えてたなと思って納得した。
じゃなくて!
「柴ちゃん、仮にも男の部屋……!」
「宗くんは凝り性なので、肉じゃがを作るのに凄く時間がかかるんですよねぇ」
「は、何言って……」
「加納くん」
「……なに、」
「お話しましょうか。加納くんの気になっていること、色々と」
もちろん、話せる範囲のことですけどねぇ。と柴ちゃんは言う。
俺は自然と頷いていた。
柴ちゃんはいつもの掴み所のない笑みを浮かべたまま、部屋に置かれた勉強机の椅子に腰かけた。
俺はその近くにあるベッドに座る。
それを見計らって、柴ちゃんは話し始めた。
そう言えば今は梅雨だったな、と思い出した。
季節なんて関係なく過ごしていたから、忘れてしまっていた。
なんて、嘘で。
忘れるわけがない。
だってこの季節は柴ちゃんと出逢った季節だから。
「柴ちゃん……」
ベッドの上で横になりながら、柴ちゃんの名前を呼んだ。
俺の気持ちに気付いているくせに、決して俺を見てくれない女性。
俺のことを見てくれなくても、俺のことを考えてくれなくても。
柴ちゃんと毎日保健室で逢えたらそれで良かった。
柴ちゃんとくだらないお喋りが出来るだけで幸せだった。
柴ちゃんの持ってくるお菓子はいつも美味しかったし、柴ちゃんの淹れてくれるお茶はなんだって美味しかった。優しい味がした。
俺は出来損ないだから、兄貴みたいに期待されていない。
それはある意味では楽で、ある意味では疎外感を感じていた。
両親が悪いわけじゃない。
両親は俺に『好きなことをしろ』と言ってくれているから、きっと恵まれているのだろう。
なのに、それなのに。
どうして俺はこんなにも兄貴に劣等感なんて感じてしまうのだろうか?
柴ちゃんが兄貴と付き合っていた期間があったと聞いた時、少しだけ落胆した。
柴ちゃんも所詮は権力に弱い人間なのかな、って。
でも、二人の様子を見ている限りなんだか違くて。
好き合っていたのかな?
キスは?セックスはしたのかな?
そんなことばかり考えてしまって。
兄貴が柴ちゃんに触れた、その事実が苦しくて。
柴ちゃんの名前を簡単に呼べる兄貴に対して悔しくて堪らない思いが募っていく。
「……そろそろ、学校、行かないと」
柴ちゃんに忘れられちゃう。
そんなことを思ったら、ぼろりと涙が零れ落ちた。
グイッと袖口で拭って、そのまま腕で顔を隠した。
**
眠ってしまっていたらしい。
なんだか賑やかな声で、目が覚めた。
「何……、母さんがまた何か作ってるのかな」
たまに母さんは自分の友人を家に呼んでは料理やお菓子作りをしていたりするから、またソレかと思ったけれども。
「つむぎちゃんが来てくれるなんて!嬉しいわぁ!」
「宗くんの肉じゃがが食べたくなりまして、お邪魔しました」
「柴。お前は蓮を呼んできてくれ。二階の角部屋が蓮の部屋だ」
「はいはい。分りましたよーっと」
「はい、は一回」
「はぁい」
「柴……お前は社会人にもなって挨拶のひとつも出来ないのか」
「お小言は要りません。私に早く肉じゃがを作ってください」
「つむぎちゃん。おばさんと久し振りにお茶でもどう?」
「いやいや、今日は仕事も兼ねてきていますので」
「あらぁ、そうなの?なら蓮のこと、こってり絞ってあげて頂戴ね」
「はい」
そんな会話が聞こえた。
え、何。柴ちゃんがこの家に来てるの?というか母さん公認だったの?
仕事って俺のこと?
そんなの、
「弱ったなぁ……」
「何が弱ったんですか?」
「うわっ。柴ちゃん!?」
「はい、柴つむぎですよー」
にっこりと笑った柴ちゃんは、俺の目の前に立つと、ここではなんですから、お部屋行きましょうか?と言って、何も言わずに俺の部屋に向かって行ってしまった。
なんで俺の部屋知ってるの、とか思ったけれども、さっき兄貴が教えてたなと思って納得した。
じゃなくて!
「柴ちゃん、仮にも男の部屋……!」
「宗くんは凝り性なので、肉じゃがを作るのに凄く時間がかかるんですよねぇ」
「は、何言って……」
「加納くん」
「……なに、」
「お話しましょうか。加納くんの気になっていること、色々と」
もちろん、話せる範囲のことですけどねぇ。と柴ちゃんは言う。
俺は自然と頷いていた。
柴ちゃんはいつもの掴み所のない笑みを浮かべたまま、部屋に置かれた勉強机の椅子に腰かけた。
俺はその近くにあるベッドに座る。
それを見計らって、柴ちゃんは話し始めた。