梅雨空に紫陽花
「ふむ。加納くんの居ない保健室というのも不思議なものになってきましたね」
本来でしたらそれが当然のことなのですが。
などと私は紅茶を淹れながらのんきに思います。
「職務怠慢か。柴」
ガラッと開いた保健室の扉。
傍に立っていたのは加納くんでした。
まあ、加納くんであって加納くんでない人なんですけどね、彼。
「おや、宗くんではありませんか」
「宗くんはやめろ。理事長と呼べ」
眼鏡のフレームを中指で上げ、宗くん。加納理事長は呆れたように溜め息を吐き出しました。
実は私と理事長は同級生なんですよねぇ。
若作りだって?いえいえ。私は一応二十代です。前半か後半かは言いませんけど。
「お前は自分の年齢に恨みでもあるのか?」
「ふふ。それ弟の方の加納くんに言われましたよ」
「蓮が?」
「とりあえず宗くん。タルト食べます?桃のタルトなんですけどね、美味しそうですよ」
「職務中に菓子なんて食えるか」
「宗くんは加納くんと違ってお堅いですねぇ」
「いい加減宗くんはやめろと何度言ったら分かるんだ、柴」
眉間に寄った皺に私はそろそろやりすぎたかと誤魔化すように微笑みました。
まったく、素直じゃないのは直りませんねぇ。
桃のタルトを切り分け、ケトルで沸かしたお湯をティーポットに茶葉と共に入れました。
きっかり茶葉の入っている缶に書いてある時間通り待てばいい香りが漂ってきた。
「はい、どうぞ」
「職務中に、」
「どうせ仕事続きで寝れていないのでしょう?リラックス効果のあるハーブティーですよ。それだけでも飲んでください。あ、桃のタルトは要らなかったら私が食べますから残して頂いても構いませんよ」
にっこり、笑ってそう言えば宗くんは長い溜め息と共にティーカップを手に取った。
口に運ぶのを見て私もハーブティーの香りを楽しんでから口をつける。
うん。美味しいです。とてもリラックス出来そうですねぇ。
「お前は……相変わらず変わらないな」
「そうですか?目尻の皺目立ちません?」
「そういうことじゃない」
「女性として大問題ですので」
手を温めるようにカップを持つ宗くんは何事かを言いたいように口をもごもごとさせる。
私は辛抱強く待つ。
桃のタルトが美味しくて邪魔されたくないからとかじゃありませんよ?
宗くんはきっかり五分経ったあとに意を決したように口火を切った。
「蓮が……数日前から可笑しい」
「はい?まあ、思春期男子ですから、恋の悩みのひとつやふたつはあるんじゃないんですかね?」
「そういうものか」
「というかですね。宗くんの方が同じ男なんですからそこら辺理解してるんじゃないんですか?」
「どういう意味だ?」
「ふふ。どういう意味でしょう?天然も行き過ぎると害ですよ」
「つむぎ!」
怒ったように声を荒げて、食って掛かるように名前を呼ばれた。
その瞬間、ガラッと扉が開く。
「……」
「蓮、どうした。こんなところに来るなんて。具合でも悪いのか」
「宗くん。こんなところ呼ばわりしないでください。あと加納くんもどうしました?桃のタルト食べます?」
固まって目を大きく見開いてる加納くんに私は桃のタルトを見せる。
「……んで、」
「蓮?」
「加納くん?」
「なんで兄貴と柴ちゃんが仲良くしてんの……」
「仲良く?そう見えたか?」
「名前なんて呼び合っちゃってさー。恋人、だったりして」
「まあ、そうだな。少しの期間だけだが付き合っていたことはあるぞ」
ペラペラと喋る宗くんの言葉をいつ止めましょうかねぇ、なんて思っていたらこちらに加納くんが近付いて来る。
そしてガッと腕を掴まれた。
あー、桃のタルトが落ちます。どうしましょう。
「兄貴に柴ちゃんはあげないから」
「頼まれても要らないが……」
「酷いですねぇ、宗くん」
「いや、……要らないな」
「ちょっと考えた末の答えってのはまた気に食いませんね」
「二人の世界作らないでよ!兄貴は仕事デショ!もうここから出てって!」
「あ、ああ。分かった」
意味が良く分かっていないような顔をする宗くんに、私の気分は最悪です。
何せ桃のタルトが床に落ちました。
最後の一口だったのに……。悲しいです。
「柴ちゃん」
「なんですか」
「俺、柴ちゃんが誰を好きでも良いけど、兄貴だけはやめた方が良いと思うよ」
「宗くんとは少し付き合ってそのことは実感してますから大丈夫ですよ」
悪い人ではないんですけどねぇ。
そんなことを言いながら内心泣いていた。
ああ、私のタルト……。
「柴ちゃん……」
切なそうな声で私の名前を呼ぶ加納くんは私を抱き締めました。
「加納くん?」
「なんで、兄貴なんかとお茶してるのかな……俺の気持ちに気付いてるくせに……」
「加納くん。何か言いました?」
ぼそりと呟かれた言葉の小ささに私はきょとりと目を丸くします。
少しだけ抱き合って、そうして加納くんは私から離れました。
「あーあ、柴ちゃんの好きなタルトが落ちてるじゃん」
「そうなんですよ!ああ!数量限定だったのに!」
加納くんの言葉なんて忘れて、私は半泣きで床の片付けをしました。
本来でしたらそれが当然のことなのですが。
などと私は紅茶を淹れながらのんきに思います。
「職務怠慢か。柴」
ガラッと開いた保健室の扉。
傍に立っていたのは加納くんでした。
まあ、加納くんであって加納くんでない人なんですけどね、彼。
「おや、宗くんではありませんか」
「宗くんはやめろ。理事長と呼べ」
眼鏡のフレームを中指で上げ、宗くん。加納理事長は呆れたように溜め息を吐き出しました。
実は私と理事長は同級生なんですよねぇ。
若作りだって?いえいえ。私は一応二十代です。前半か後半かは言いませんけど。
「お前は自分の年齢に恨みでもあるのか?」
「ふふ。それ弟の方の加納くんに言われましたよ」
「蓮が?」
「とりあえず宗くん。タルト食べます?桃のタルトなんですけどね、美味しそうですよ」
「職務中に菓子なんて食えるか」
「宗くんは加納くんと違ってお堅いですねぇ」
「いい加減宗くんはやめろと何度言ったら分かるんだ、柴」
眉間に寄った皺に私はそろそろやりすぎたかと誤魔化すように微笑みました。
まったく、素直じゃないのは直りませんねぇ。
桃のタルトを切り分け、ケトルで沸かしたお湯をティーポットに茶葉と共に入れました。
きっかり茶葉の入っている缶に書いてある時間通り待てばいい香りが漂ってきた。
「はい、どうぞ」
「職務中に、」
「どうせ仕事続きで寝れていないのでしょう?リラックス効果のあるハーブティーですよ。それだけでも飲んでください。あ、桃のタルトは要らなかったら私が食べますから残して頂いても構いませんよ」
にっこり、笑ってそう言えば宗くんは長い溜め息と共にティーカップを手に取った。
口に運ぶのを見て私もハーブティーの香りを楽しんでから口をつける。
うん。美味しいです。とてもリラックス出来そうですねぇ。
「お前は……相変わらず変わらないな」
「そうですか?目尻の皺目立ちません?」
「そういうことじゃない」
「女性として大問題ですので」
手を温めるようにカップを持つ宗くんは何事かを言いたいように口をもごもごとさせる。
私は辛抱強く待つ。
桃のタルトが美味しくて邪魔されたくないからとかじゃありませんよ?
宗くんはきっかり五分経ったあとに意を決したように口火を切った。
「蓮が……数日前から可笑しい」
「はい?まあ、思春期男子ですから、恋の悩みのひとつやふたつはあるんじゃないんですかね?」
「そういうものか」
「というかですね。宗くんの方が同じ男なんですからそこら辺理解してるんじゃないんですか?」
「どういう意味だ?」
「ふふ。どういう意味でしょう?天然も行き過ぎると害ですよ」
「つむぎ!」
怒ったように声を荒げて、食って掛かるように名前を呼ばれた。
その瞬間、ガラッと扉が開く。
「……」
「蓮、どうした。こんなところに来るなんて。具合でも悪いのか」
「宗くん。こんなところ呼ばわりしないでください。あと加納くんもどうしました?桃のタルト食べます?」
固まって目を大きく見開いてる加納くんに私は桃のタルトを見せる。
「……んで、」
「蓮?」
「加納くん?」
「なんで兄貴と柴ちゃんが仲良くしてんの……」
「仲良く?そう見えたか?」
「名前なんて呼び合っちゃってさー。恋人、だったりして」
「まあ、そうだな。少しの期間だけだが付き合っていたことはあるぞ」
ペラペラと喋る宗くんの言葉をいつ止めましょうかねぇ、なんて思っていたらこちらに加納くんが近付いて来る。
そしてガッと腕を掴まれた。
あー、桃のタルトが落ちます。どうしましょう。
「兄貴に柴ちゃんはあげないから」
「頼まれても要らないが……」
「酷いですねぇ、宗くん」
「いや、……要らないな」
「ちょっと考えた末の答えってのはまた気に食いませんね」
「二人の世界作らないでよ!兄貴は仕事デショ!もうここから出てって!」
「あ、ああ。分かった」
意味が良く分かっていないような顔をする宗くんに、私の気分は最悪です。
何せ桃のタルトが床に落ちました。
最後の一口だったのに……。悲しいです。
「柴ちゃん」
「なんですか」
「俺、柴ちゃんが誰を好きでも良いけど、兄貴だけはやめた方が良いと思うよ」
「宗くんとは少し付き合ってそのことは実感してますから大丈夫ですよ」
悪い人ではないんですけどねぇ。
そんなことを言いながら内心泣いていた。
ああ、私のタルト……。
「柴ちゃん……」
切なそうな声で私の名前を呼ぶ加納くんは私を抱き締めました。
「加納くん?」
「なんで、兄貴なんかとお茶してるのかな……俺の気持ちに気付いてるくせに……」
「加納くん。何か言いました?」
ぼそりと呟かれた言葉の小ささに私はきょとりと目を丸くします。
少しだけ抱き合って、そうして加納くんは私から離れました。
「あーあ、柴ちゃんの好きなタルトが落ちてるじゃん」
「そうなんですよ!ああ!数量限定だったのに!」
加納くんの言葉なんて忘れて、私は半泣きで床の片付けをしました。