梅雨空に紫陽花
紫陽花の花言葉は『移り気』だとか言うらしい。
ザーザーと梅雨らしく雨が降る中、色とりどりの傘を差して下校する生徒達を窓から見つめながら私はそんなことを考えた。
どうして紫陽花云々の話になったか。
そんなの今朝たまたま出勤途中に見付けたから。その程度のことです。
「さて、あなたはいつまで保健室を占拠しているつもりですか?」
「柴ちゃんには関係ないデショ」
「関係あります。ここは私の城なんだから占拠されると私がサボれません」
あと柴ちゃんじゃなくて先生です。
そう言えば「柴ちゃん冷たい―」と返された。
私が冷たかろうが何だろうが関係はない。
彼が我が城、もとい保健室から立ち去ってくれないと冷蔵庫の中にあるチーズケーキが食べられません。
一人占めしたくて買ったのに、彼の前で出したら食べたがるに決まっています。
彼はそういうところがありますからね。
「知ってるんだよ?」
「何をです?」
「柴ちゃんが兄貴に内緒で保健室を城化させてるの。あと冷蔵庫の中にチーズケーキ入ってるのも。俺、心がとても傷付いたからチクっちゃおうかなぁ」
「……はあ、なんと幼稚な脅しでしょう。仕方がありませんね。チーズケーキは諦めて一緒に食べましょう」
「やったぁ。柴ちゃん大好き―」
「心にもないことを言っていたら、いつか誰にも信じて貰えなくなりますよ」
「柴ちゃんにも?」
「私も人間ですから、それは当たり前ですねぇ」
そう言いながらケトルでお湯を沸かす。
買ってきたチーズケーキに合う紅茶を淹れる為だ。
とはいえ、ティーパックですが。
それでもそれなりの値段はしているのですよね。期待は大です。
「ところで加納くん」
「なぁにぃ?」
「毎日毎日、貴重な高校の青春ライフをこんな保健室で過ごしていますが、何か悩みでもあるんですか?」
「悩みねー。あるっちゃあるし、ないっちゃないよ」
「加納くんでもあるんですねぇ」
そう言いながら冷蔵庫からチーズケーキを取り出した。
私は小さいといえホールケーキのソレを包丁で切り分ける。
本来だったらホールで食べたかったところですが、仕方がありません。
加納くんのお兄様は職務怠慢が許せないタイプの面倒くさいながらもこの学園の理事長ですからね。
「はい、どうぞ。加納くんの分のチーズケーキです」
「ありがと柴ちゃん。超あいしてるー」
「はいはい。そう言うのは好きな同年代の子に言いましょうねぇ」
まあ、年上のお姉さんが魅力的に見えてしまうのは思春期男子生徒としては正常な方だとは思いますが。
「柴ちゃんって本当に鈍いよね」
ぼそりと加納くんが何事かを呟きましたが、私はチーズケーキに夢中で気付きませんでした。
フォークでチーズケーキを小さく切り分けます。
そのまま迷いなく口に運び入れればなんと甘美な味でしょう。
いつもより早起きして出勤前に並んだ甲斐があるというものです。
早朝にやっているケーキ屋さんなんて珍しいですが、こちらとしては夜遅くまで仕事をしているので有難いですね。
「柴ちゃんは幸せそうになんでも食べるよね」
「なんでもは食べません。好きなものしか食べません」
「いっそ潔いよね」
ケラケラと笑った加納くんは、私に習ってフォークでチーズケーキを刺して口に入る程度の大きさに切り分けると口に運び入れました。
ほんの少しだけ加納くんの表情が和らいだ気がします。
「それで、加納くんのあるかないかの悩みは先生として聞くべきですか?」
「今頃訊くの?」
チーズケーキに舌鼓を打ち、紅茶をゆっくりと飲みながら思い出したように聞きました。
職務怠慢なんて言われたくはありませんからね。
「恋の悩み、かなぁ」
「恋ですか。それは先生より英語の加々美先生の方が役立つとは思いますよ」
「加々美せんせー、男には興味ないじゃん」
「そんな独断と偏見で加々美先生を見てはいけませんよ。加々美先生は女子高生にしか興味がないだけです」
「独断と偏見で見てるの柴ちゃんじゃないの?まあ、その通りだけど」
二人で紅茶を啜りながらそんな会話を繰り広げます。
加々美先生の悪口しか言ってないって?
その通りですね。まあ、彼の素行問題もありますから仕方がないのではないのでしょうか?
この保健室を一度だけ使ったことを根に持っているのですよねぇ。
そんな私怨の話は置いておいて。
「先生は恋の話は疎いのでお友達に話してください」
「友達なんて居ないよー。みんな俺の兄貴しか見てない」
「理事長人気者ですねぇ」
「そういう返ししてくれるのが柴ちゃんだけ」
だから柴ちゃんは好きなの。大好きなの。
加納くんは愛の言葉のようなモノを吐いている癖に、その目には何も映ってはいません。
私には彼の心の空洞を埋めてあげることは出来ないので、そこには突っ込まず。
マグカップの中に残っている残りの紅茶をゆっくりと飲みました。
ザーザーと梅雨らしく雨が降る中、色とりどりの傘を差して下校する生徒達を窓から見つめながら私はそんなことを考えた。
どうして紫陽花云々の話になったか。
そんなの今朝たまたま出勤途中に見付けたから。その程度のことです。
「さて、あなたはいつまで保健室を占拠しているつもりですか?」
「柴ちゃんには関係ないデショ」
「関係あります。ここは私の城なんだから占拠されると私がサボれません」
あと柴ちゃんじゃなくて先生です。
そう言えば「柴ちゃん冷たい―」と返された。
私が冷たかろうが何だろうが関係はない。
彼が我が城、もとい保健室から立ち去ってくれないと冷蔵庫の中にあるチーズケーキが食べられません。
一人占めしたくて買ったのに、彼の前で出したら食べたがるに決まっています。
彼はそういうところがありますからね。
「知ってるんだよ?」
「何をです?」
「柴ちゃんが兄貴に内緒で保健室を城化させてるの。あと冷蔵庫の中にチーズケーキ入ってるのも。俺、心がとても傷付いたからチクっちゃおうかなぁ」
「……はあ、なんと幼稚な脅しでしょう。仕方がありませんね。チーズケーキは諦めて一緒に食べましょう」
「やったぁ。柴ちゃん大好き―」
「心にもないことを言っていたら、いつか誰にも信じて貰えなくなりますよ」
「柴ちゃんにも?」
「私も人間ですから、それは当たり前ですねぇ」
そう言いながらケトルでお湯を沸かす。
買ってきたチーズケーキに合う紅茶を淹れる為だ。
とはいえ、ティーパックですが。
それでもそれなりの値段はしているのですよね。期待は大です。
「ところで加納くん」
「なぁにぃ?」
「毎日毎日、貴重な高校の青春ライフをこんな保健室で過ごしていますが、何か悩みでもあるんですか?」
「悩みねー。あるっちゃあるし、ないっちゃないよ」
「加納くんでもあるんですねぇ」
そう言いながら冷蔵庫からチーズケーキを取り出した。
私は小さいといえホールケーキのソレを包丁で切り分ける。
本来だったらホールで食べたかったところですが、仕方がありません。
加納くんのお兄様は職務怠慢が許せないタイプの面倒くさいながらもこの学園の理事長ですからね。
「はい、どうぞ。加納くんの分のチーズケーキです」
「ありがと柴ちゃん。超あいしてるー」
「はいはい。そう言うのは好きな同年代の子に言いましょうねぇ」
まあ、年上のお姉さんが魅力的に見えてしまうのは思春期男子生徒としては正常な方だとは思いますが。
「柴ちゃんって本当に鈍いよね」
ぼそりと加納くんが何事かを呟きましたが、私はチーズケーキに夢中で気付きませんでした。
フォークでチーズケーキを小さく切り分けます。
そのまま迷いなく口に運び入れればなんと甘美な味でしょう。
いつもより早起きして出勤前に並んだ甲斐があるというものです。
早朝にやっているケーキ屋さんなんて珍しいですが、こちらとしては夜遅くまで仕事をしているので有難いですね。
「柴ちゃんは幸せそうになんでも食べるよね」
「なんでもは食べません。好きなものしか食べません」
「いっそ潔いよね」
ケラケラと笑った加納くんは、私に習ってフォークでチーズケーキを刺して口に入る程度の大きさに切り分けると口に運び入れました。
ほんの少しだけ加納くんの表情が和らいだ気がします。
「それで、加納くんのあるかないかの悩みは先生として聞くべきですか?」
「今頃訊くの?」
チーズケーキに舌鼓を打ち、紅茶をゆっくりと飲みながら思い出したように聞きました。
職務怠慢なんて言われたくはありませんからね。
「恋の悩み、かなぁ」
「恋ですか。それは先生より英語の加々美先生の方が役立つとは思いますよ」
「加々美せんせー、男には興味ないじゃん」
「そんな独断と偏見で加々美先生を見てはいけませんよ。加々美先生は女子高生にしか興味がないだけです」
「独断と偏見で見てるの柴ちゃんじゃないの?まあ、その通りだけど」
二人で紅茶を啜りながらそんな会話を繰り広げます。
加々美先生の悪口しか言ってないって?
その通りですね。まあ、彼の素行問題もありますから仕方がないのではないのでしょうか?
この保健室を一度だけ使ったことを根に持っているのですよねぇ。
そんな私怨の話は置いておいて。
「先生は恋の話は疎いのでお友達に話してください」
「友達なんて居ないよー。みんな俺の兄貴しか見てない」
「理事長人気者ですねぇ」
「そういう返ししてくれるのが柴ちゃんだけ」
だから柴ちゃんは好きなの。大好きなの。
加納くんは愛の言葉のようなモノを吐いている癖に、その目には何も映ってはいません。
私には彼の心の空洞を埋めてあげることは出来ないので、そこには突っ込まず。
マグカップの中に残っている残りの紅茶をゆっくりと飲みました。
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