琥珀の瞳は三日月に歪む/寄稿作品

「おい。お前。今、なんて言った?」

「別に。トーマには関係ないでしょ」

「お前、俺のこと好きなんだよな」

「何言ってるの? 人間如きを好きになる? この僕が? ……そんなこと本当に思ってたの」

「へーえ」

 そう言いながら俺はマモンの言葉のひとつひとつを繰り返し、言葉にした。

「人間如きと言いながら、お前は俺と契約をしたな。『人間』だから良かった、と言った」

「それはそれ。僕は僕の好きなように生きてるんだよ。僕はずっとそうやって生きてきたんだから、きみ如きに僕の生き方を変えられたくはないよねぇ」

「そうか、そうか」

 俺はひとつ、溜め息を吐いて。そうして言った。

「お前今いくつだよ! 俺の何百倍生きてると思ってるんだ!? どうしてこんな怪しげな壺とか買うかな!?」

「だって欲しかったんだもん!」

「とんだ強欲だな!?」

「うるさいうるさいうるさい! 僕が買ったんだからいーでしょ!」

 目の前には壺。何処にでもあるような紫の壺。しかもどう見ても安物。なら何故、こんな口論になっているのかと言うと。

「これ何百万したんだよ!?」

「トーマの預貯金から出したワケじゃないからいーじゃん」

「どう考えても、どう見ても、詐欺師から買った怪しい壺だよな!?」

「そりゃ、そうだと思うけどぉ」

 でもさぁ。

「僕にはこの壺が凄く魅力的に見えたんだよ」

 そう言い訳をするマモンに、俺は溜め息を吐いた。

「お前なぁ……」

「僕は強欲を司る悪魔だよ? 詐欺師の抱いている強欲の塊みたいな感情が詰まったこの壺がすごーく魅力的に見えるし、逆に『そう』見えないわけがないでしょ!」

「理屈は分かるがだからって買うな」

「トーマが仕事に行ってて構ってくれないのが悪い。トーマ早く死んでよー」

「死をここまで望まれることも人生の中でなかなかないよな。人生上、二度目だわ」

 しかも悪魔に。コイツの言ってることマジ悪魔の言葉そのものだな。

「ねぇ、トーマ」

「なんだよ」

「トーマは思わないの? 僕が可哀想だって」

「は?」

 マモンが可哀想?
 何が可哀想なんだ。そう思ったのが顔に出たのだろう。マモンはやれやれと言った顔で俺を見た。

「僕は今、トーマの住んでいるこの家でしか生活が出来ないんだよ? 本当ならいっぱい買い物したいし、いっぱい女の子とも男の子とも遊びたい。なのにトーマと契約してしまったせいで僕はここから出られない」

 それを可哀想だとは思わないの?
 そう言われて、俺が感じたのは――こいつ何言ってんだ? という純粋なる疑問だった。
 勝手に俺と契約して。勝手に粘着系ストーカーになって。勝手にいつの間にか居座って。勝手に俺のお気に入りのソファーに寝転がっては雑誌を読んで「アレが欲しい」だのなんだのと。

「お前。いい加減にしないと家から追い出すぞ」

「えー。けちんぼ」

「ケチでもなんでも良いから、追い出すぞ」

 そう言いながら、結局俺はマモンを追い出せずに何年もこうやって過ごしているのだ。
 マモンはこうやって俺がどんどん年老いて、そうして死ぬのを待っているのだろう。
 俺はそれを甘受している時点で、もうダメなのだろうけれども。
 こうしてマモンと過ごす日々はなんやかんや楽しいのだ。色々あるけれども。それでもうやはり楽しくて。

 なぁ。だから、本当に。



 ――なんでこうなったんだろうな?
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