短編

「なー、瀬津。お前、神様っての信じるか?」

「なぁに?急に」

濡らした髪を拭いている瀬津は「うーん」と唸ってから「信じないよ」と笑った。
おお、今日も綺麗な笑顔だことで。

「なんで信じねぇの?」

「えー、だって。神様が居たらきっと、俺達引き裂かれちゃうでしょ」

悲しそうにそう言った瀬津にオレはそうだな、と答えた。

唐突だが、オレには運命が視える。
正確には『運命の赤い糸』が、オレの両目に映る。
それはいつでも視えるわけではない。いつでも視えていたらこの世界は糸だらけだ。
そしてもうひとつ。オレはオレの運命の糸すらも視えるということだ。
まあ、なんだ。

「繋がらねぇんだよなぁ……」

「まぁたその話?これから恋人同士が同意の上で愛し合うっていうのに」

「あー、うん。まあ、そうだな」

「もー、由紀くんは。良く分からないや」

「そぉかよ」

「でもそんなところも好き。大好き」

にっこりとその綺麗な顔をオレの顔に近付けながら、瀬津は柔らかなキスをひとつ落とす。

「なー、瀬津」

「はいはい、話はあと。俺もう限界」

そう言った瀬津は服を脱ぎ捨て、オレの上に再度覆い被さると優しくオレを解いていった。

(なあ、瀬津)

オレが言ってるのは、オレが言いたいのは。

(オレの糸だけ、解けてしまったことだよ……)

付き合った当初は確かに繋がっていた赤い糸は、日々を重ねる事に細くなっていき、ある日、ぷつん、と切れてしまった。
それからかな。
瀬津から女モノの香水が香るようになったのは。
もう色々手遅れだったんだろうなぁ。
だって、オレは分かっていたみたいに、その瞬間が来ても涙ひとつ零れやしなかった。

「なあ、瀬津」

「なぁに、由紀くん」

だから、言ったのだ。
オレは自分から解放してやるつもりで。
だって、オレ達ではどう頑張っても生産性の欠片もない。
いつか破綻するのはわかっていただろ。

「瀬津、」

「どうしたの?由紀くん?」

「オレ、」

その言葉はきっと、もしかしたら、言ってはいけない言葉ではないのかと何度も考えた。
でも、もう無理だ。
瀬津とオレの間に赤い糸はない。
瀬津の小指から伸びた赤い糸は、違う相手と結ばれている。
同じ男相手だったなら、どれだけ良かったか。
まだ、こんな惨めな思いをしなくて済んだかも知れない。
でも、瀬津の相手は女だ。
子供好きの瀬津に対してオレには到底叶えてやれない器官を持った、女だ。
それを知ってしまった日から、オレはもう諦めがついている。

「別れよう」

絞り出した声に、瀬津は目を見開いて。
けれどもどこか納得したような顔をしたあとに、頷いた。

「そっか」

瀬津からの言葉は、それだけだった。
それだけの言葉で、オレ達のコイビト関係とやらは終わったのだ。

今日は遅いから泊まってく、と言って部屋から出て行く瀬津の背中をつい目で追ってしまう。

なあ、神様とやら。
オレにこんな能力与えてナニがしたかったんだ?
見事失恋するサマでも見たかったのか?
それなら夢が叶って良かったな。お陰でオレは一人きりだ。

そう吐き捨てたいのを我慢して、オレはグッとすべてを飲み込んだ。

瀬津は次の日の朝に出て行き、それから会うこともなかった。
風の噂で聞いたのは、瀬津に彼女が出来たということくらいか。
まあ、今となってはどうでもいい。

「きみ、大丈夫?」

「……え、」

「こんな深夜に一人で泣いて……大丈夫?どこか痛い?」

目の前に現れたのは如何にも凡庸な見た目をした、いや、良く見ると綺麗な顔をしているような。
でも、確かに目の前が霞んで良く見えない。

「大丈夫?」

「……だいじょうぶ、です」

「そう、分かった。大丈夫じゃないんだね。うーん、困ったなぁ。……そうだ!」

なんだよ、困ったなら早く居なくなれよ。
そう願って居たのに、いつの間にか詰め寄られて、腕を握られていた。

「僕の家はすぐそこだから、そこでお話聞いてあげる。お兄さんになんでも話なさい」

「は、何言って……」

「だって、きみは泣いている。僕の家の前でね?なら、家に入る為にはそうするしかないでしょ?」

「……」

それなら早く。

「早くそう言えって顔してる」

「な、」

「ほら、おいで」

そう言って招かれて。
オレは彼、皐月さんと出逢った。
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