鬼灯堂1

「なーんか、毎度のことながら後味悪ぃ」

「仕方があるまいて。言葉とは、想いとは、大きく分けて『好き』か『嫌い』かのどちらかじゃ。あの娘は好いた男から一生『好き』とは言われぬ人生を送る。自らの手によってのう」

まあ、人間とは業の深い生き物よ。手に入らぬと分かれば欲しくなる。欲しくなっても、もう遅い。

「買われた『言葉』は買い直さぬ限り、元には戻らぬ。元に戻ったとして、けしかけた本人が相手では振り向きはせんじゃろうて」

「悪徳商法みたいだよなぁ、狐の商売って」

「何を言う。あの小僧はちゃあんとその辺を理解しておったわい」

「でも、やっぱ、好きにはなれねぇなぁ」

「良い良い。好きも嫌いも、人それぞれじゃでの」

ところで、と狐は俺の背後を見て言った。

「何しに来たのかえ?小僧の引っ付き虫よ」

「引っ付き虫だなんて相変わらず俺の奥さんはツレナイね」

「ふん。今の女好きなお前様に用はないわい」

「そう言われてもなぁ……女の子って可愛いじゃない?」

「英智。お前の女好きも大概だよ……」

「本当にその通りじゃのう」

「僕は今でもきみを一番に愛してるけどね」

輪廻転生でまた巡ってしまうくらいには。ずっとずっと、愛してる。
そう言った英智に狐は凄く嫌そうな顔をした。

「お前様の言の葉なんぞ信じぬよ」

「それでも良いよ。いつか信じてくれるまで、僕はきみに愛を囁き続けるだけだから」

「英智……お前のしつこさも大概にしないと狐に嫌われるぞ」

「ふふ。昔みたいに『父上』って呼んでくれても良いんだけどね」

「誰が呼ぶか」

この異質な会話はもう何百年、いや、何千年前と変わらない。
英智を父上と呼び、狐のことを母上と呼び、そうして自分の名前が晴明であった時と、何ら変わらない。
けれども今の俺にはお母さんが居るし、何より狐は転生したら女好きになっていた英智を毛嫌いしている。
ならば俺は今の生を謳歌しようじゃないかという発想になるわけで。

「のう、旭よ」

「んだよ、狐」

「この前の春画だがの、やはりわらわはこの娘が……」

「おっまえ!まだ持ってたのか!返せ!」

張り詰めた空気を変えたのは狐のその言葉。
全部取り返したと思ったエロ本を手に持った狐は手の中にあるエロ本を取り返そうとする俺をひらりひらりとあしらい続けた。
英智は「今日は僕の奥さんの機嫌も悪いみたいだし帰るね。また学校で」と柔らかな笑みを浮かべながら店から去っていく。
そんな英智に「おう!」と応えて、狐との攻防を三十分繰り広げたのちに勝利した。
飽きた狐が返してくれたとも言うが、なんでもいい。
今のお母さんに見つかる前に、またポピュラーな場所ではあるが、ベッドの下に隠しておかなければとエロ本を抱き抱えながら家路に着いた。
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