鬼灯堂1

「おい!狐!」

ガラッと開けた『店』の中。俺は我が物顔で入り進む。

「なんぞえ、姦しいのう小僧。まるでその言葉の通り、女が集まったようではないか」

「うるせぇ!まぁた俺の部屋を勝手に掃除しただろ!」

「わらわはある意味小僧の母ではあるが……生みの母ではない故、掃除など斯様な面倒なことはせぬよ」

「は?じゃあ誰が俺のエロ本捨てたんだよ?ランニングするチョコレートみたいな虫すらも恐れないお母さんはエロ本の在処を知らない筈だし……」

「えろほん、とやらはよう分からぬが……小僧の部屋にあった春画は面白いのう。今はこの様にあられも無い姿を男に簡単に晒すのかえ?わらわはもう少し品がある方が……」

「やっぱりお前じゃないか!狐!」

俺の取っておきのエロ本を手にクスクスと笑う『狐』は、ペラペラと俺のエロ本を捲りながら「おお、凄いのう」とニヤニヤしていた。そんな感心するな。頼むから。

「ところで、小僧?お前様は春画のことだけで我が城『鬼灯堂』に来たのかえ?それとも春子の朝餉の時間だったかのう」

「お母さんの朝ごはんはあと三十分待てって言われてる。で、エロ本のこともあるけど、そうじゃないって言うか……」

「ハッキリせんのう。そのような男に育てた覚えは無いぞえ」

「狐に育てられた覚えは……あったけど!あったけど、今の俺にはお母さんが居るから!」

「恋人か何かに弁明をするようじゃのう……なんと言ったか。……そうじゃ、マザコン、とか言ったかの」

「お母さん大好きで何が悪い」

「良きことかな。春子はわらわから見ても良き女じゃからな」

狐はそう言うと柔らかく眦を下げる。
そうすると眦に入った特徴的な紅い刺青も同時に下がった。
夜空のような瑠璃色の瞳の瞳孔は獣のように縦に割れ、美しい金の髪を背中でひとつに纏め、着ている着物はまるで平安貴族のお姫様のような単衣姿。
昔は本物のお姫様だと思ってたなぁ。というかお姫様だったのか。ある意味。……じゃなくて!

「俺の友達の知り合いの同級生の高校のヤツが『売りたい』って言ってきたんだよ」

「なんともまた、遠い関係よのう」

「今はSNSとか発達してるから簡単に仕事探せて楽だわ」

「えすえ……なんちゃらとやらは、まことに便利よな。旭よ、助かっておるぞえ」

「まあ、狐に野垂れ死にされたら困るからな」

狐と呼んだ女は、ふふ、と妖艶に笑む。
彼女は俺が生まれた家の、いや、家系の始まりと言っても過言ではない女性だ。
見た目は二十代前半くらいの女を狐と呼ぶだけあり、女は狐だ。
何を言っているのか分からないかも知れないし、もはや刷り込みみたいなもんだが、女は『狐の妖怪』である。
そんなモノが祖先だからか、ウチの家系は少々変わった力を持っている。
俗に霊感、なんて言われる代物だ。女が遥か昔に生んだ子供は『陰陽師』なんてものもしていたしな。

「旭よ、憂い顔でどうした」

「なんでもねぇよ。ただ、どうしてかな。って思ってさ」

「うん?」

「どうして『売って』まで、」

そこで俺の言葉は切れた。
狐が俺の唇をその白魚のような真白い指で塞いだからだ。
弧を描くその唇はあまりに美しく、背筋がゾッとした。

「わらわは楽しいことが大好きでのう。けれどもわらわは何より人をいとしく思うておる。なれど……禁を破ることは許されておらぬでな」

そう言った狐の顔は何処か悲しげで、俺はそれ以上何も言うことが出来なかった。
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