『鬼灯堂』

「小僧。菊酒ぞ。飲むかえ?」

「俺はまだ二十歳超えてないんでイイです」

「むぅ。昔と今は斯様に変わるモノとはいとをかしよのう」

「それで全部済ませようとするなよ」

「ふふ。のう、旭よ」

「なんだ、狐」

「お前様は――恨んでおるかえ?」

「……なんのことだ」

「気にするな。ちと酒が回ったようでな。わらわは寝かせて貰おうぞ」

「そーかよ。……なあ、狐」

「うん?」

「恨んでるとか別になかった。けど、寂しかったよ。俺も、あいつもな」

「……愛いのう。やはり旭は変わらず愛いのう!」

「だぁっ!撫でんな!」

「ふふ、愛いのう」

「だから、」

「晴明、お前は本当に、変わらずいとしい我が子じゃ」

「……」

その言葉がきっかけなのか、言って満足したのか。
狐は俺の腕の中で眠ってしまったようだ。

「見てたんなら助けてくれないんですかね?」

「うん。彼女があまりに愛らしくてね、ついうっかり見惚れていたよ」

きぃ、と扉が開く音がする。
そこに居たのは英智だった。昔むかしの俺の父親。今はなんの因果か同い年の同級生だ。

「嗚呼、お酒弱いのにこんなに飲んで……男の前だっていうのにね」

「なんでちょっとダークな一面見せるんだよお前は」

「旭は僕の息子だけれども、それは前世での話。今は元気な男の子でしょ?」

「お前に言われたかァないわ」

「ふふ。僕の奥さんはいつまで経っても、可愛らしなぁ」

「『前世は』って言った口から現在進行形での発言が出たよ。狐はもうお前の奥さんじゃねぇだろ。潔く人間の恋愛対象見付けろよ」

「それが出来たら千年も想い続けていないんだよ」

そう言った英智の顔が、一瞬だけ父上の顔に重なって。
姿形は変わった筈なのに、どうしてそう思ったのだろう。
そうして、あの幸せだった時間は消えてしまったのだろう。

「時間というのは有限なんだよ、旭」

「え、」

「僕はね、それを嫌というほど知っている」

悲しそうな顔をする英智が俺の腕の中に居る狐を軽々と抱き上げて寝室に連れて行く姿を見つめながら、俺は何か知らないことがあるのではないかと思った。
何か、二人にとって大切なことを知らないのではないのか、と。
目の前には狐が飲んでいた菊酒。それを手に取って、けれども結局飲めなかった。
飲んだら狐も英智も悲しませると、何故だかそう思ってしまったから。
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