心臓の上に呪いが咲いた
「お嬢様。お時間です」
「イヤよ」
「お嬢様……」
「ふふ。お前はさぞかし嬉しいでしょうね?こんな厄介な女が嫁に行くのだから」
「そ、んなことは……」
鏡越しに見たのは言葉を詰まらせた困り顔の私の執事。
いつも困ったように眉を下げては、すみませんと謝るのが癖。
私の、私だけの、執事。
「冗談よ。お前が喜ぼうが喜ばまいが関係ないわ。私はどうせ、この家に居続けるのだから」
嫁に行くとは言っても、夫となる男性は所謂婿養子だ。
この呪われた家に、私は居続ける。
『私を殺したいほど愛する』という呪いを受けた夫と共に。
私は夫に出逢った瞬間、諦めた。
全ての幸せを、諦めた。
(本当は……)
鏡越しに執事を見やる。
執事は私のウェディングドレスの調整を行っていた。
漆黒の生地に黒い薔薇が施されたドレスは嫁に行く為のドレスじゃあないわね。と嗤う。
『運命』なんて出逢いたくなかった。
いえ、『運命』ならば彼が良かった。
私の我が儘にいつも付き合ってくれる彼が……。
「ねえ、――」
「何でしょう。お嬢様」
執事の名前を呼ぶ。
執事はこちらに近付いてくる。
私はソッと微笑んだ。執事は驚いた顔をする。
当然でしょうね。私はいつもお前の前では不機嫌な顔をしていたんだもの。
でも今だけは……。
執事の付けている私が贈ったネクタイを引っ張ると、そのまま口付けた。
「……っ、お、嬢様!お戯れが過ぎます!いい加減、私でも怒りますよ」
グッと唇を拭う仕草をする執事に、私は思わず泣きそうになった。
けれども口端を吊り上げて、不敵に笑う。
「うるさいわね。最後の我が儘よ」
「……!」
「お前は知らないでしょうけれどね。この家は呪われているのよ。夫となったモノに何れ殺されてしまう、そんな馬鹿げた呪い」
「呪い……殺される……?お嬢様。何を?またいつもの冗談ですか?」
「ふふ。そうよ?驚いた」
「お嬢様!からかわないでください!」
「お前の反応があんまりにも良いモノだったからね。つい調子に乗ってしまったわ」
「全く。お嬢様は明日には結婚式を挙げるというのに……」
「……そうね。もう、お前を軽率にからかったり出来ないわね」
「そうですよ。お嬢様はご当主になられるのですから。私に構っている暇など、きっと……」
「――?」
言葉を詰まらせた執事の名を呼んだ。
執事は私を見つめて、泣き出しそうな顔をして、跪いた。
そうして靴の上からつま先に口付けをする。
「私は生涯、お嬢様のお傍に居させて頂けるのですよね……?」
「……ふふ。どうかしら?私が気紛れなの、お前は知っているでしょう」
「お嬢様っ」
「もしも。もしもよ?私を今すぐ攫ってくれるなら、考えてあげる」
「そ、れは」
言葉を詰まらせる執事。
ふふ、と笑った。
出来ないわよね。
家の為に奉公に来ているお前が、そんな真似出来っこないわ。
分かってる。知ってる。
それでも願ってしまうのが、人間の性なのでしょうね。
「……お馬鹿さん。何年私に仕えているのよ。これからもずっと私の執事に決まっているじゃない」
私はこの日。執事と出逢ってから初めて、冗談ではなく嘘を吐いた。
あの男が自分以外の男を傍に置かせるわけがない。
分かっているのだ。そのくらいは。
だけどもあまりにも必死なこの執事に、本音が出てしまった。
決して叶えてはやれない本音が。
(好きだったわ、私だけの執事。私だけの――)
どうせ『運命』に殺されるなら、貴方が良かった。
「イヤよ」
「お嬢様……」
「ふふ。お前はさぞかし嬉しいでしょうね?こんな厄介な女が嫁に行くのだから」
「そ、んなことは……」
鏡越しに見たのは言葉を詰まらせた困り顔の私の執事。
いつも困ったように眉を下げては、すみませんと謝るのが癖。
私の、私だけの、執事。
「冗談よ。お前が喜ぼうが喜ばまいが関係ないわ。私はどうせ、この家に居続けるのだから」
嫁に行くとは言っても、夫となる男性は所謂婿養子だ。
この呪われた家に、私は居続ける。
『私を殺したいほど愛する』という呪いを受けた夫と共に。
私は夫に出逢った瞬間、諦めた。
全ての幸せを、諦めた。
(本当は……)
鏡越しに執事を見やる。
執事は私のウェディングドレスの調整を行っていた。
漆黒の生地に黒い薔薇が施されたドレスは嫁に行く為のドレスじゃあないわね。と嗤う。
『運命』なんて出逢いたくなかった。
いえ、『運命』ならば彼が良かった。
私の我が儘にいつも付き合ってくれる彼が……。
「ねえ、――」
「何でしょう。お嬢様」
執事の名前を呼ぶ。
執事はこちらに近付いてくる。
私はソッと微笑んだ。執事は驚いた顔をする。
当然でしょうね。私はいつもお前の前では不機嫌な顔をしていたんだもの。
でも今だけは……。
執事の付けている私が贈ったネクタイを引っ張ると、そのまま口付けた。
「……っ、お、嬢様!お戯れが過ぎます!いい加減、私でも怒りますよ」
グッと唇を拭う仕草をする執事に、私は思わず泣きそうになった。
けれども口端を吊り上げて、不敵に笑う。
「うるさいわね。最後の我が儘よ」
「……!」
「お前は知らないでしょうけれどね。この家は呪われているのよ。夫となったモノに何れ殺されてしまう、そんな馬鹿げた呪い」
「呪い……殺される……?お嬢様。何を?またいつもの冗談ですか?」
「ふふ。そうよ?驚いた」
「お嬢様!からかわないでください!」
「お前の反応があんまりにも良いモノだったからね。つい調子に乗ってしまったわ」
「全く。お嬢様は明日には結婚式を挙げるというのに……」
「……そうね。もう、お前を軽率にからかったり出来ないわね」
「そうですよ。お嬢様はご当主になられるのですから。私に構っている暇など、きっと……」
「――?」
言葉を詰まらせた執事の名を呼んだ。
執事は私を見つめて、泣き出しそうな顔をして、跪いた。
そうして靴の上からつま先に口付けをする。
「私は生涯、お嬢様のお傍に居させて頂けるのですよね……?」
「……ふふ。どうかしら?私が気紛れなの、お前は知っているでしょう」
「お嬢様っ」
「もしも。もしもよ?私を今すぐ攫ってくれるなら、考えてあげる」
「そ、れは」
言葉を詰まらせる執事。
ふふ、と笑った。
出来ないわよね。
家の為に奉公に来ているお前が、そんな真似出来っこないわ。
分かってる。知ってる。
それでも願ってしまうのが、人間の性なのでしょうね。
「……お馬鹿さん。何年私に仕えているのよ。これからもずっと私の執事に決まっているじゃない」
私はこの日。執事と出逢ってから初めて、冗談ではなく嘘を吐いた。
あの男が自分以外の男を傍に置かせるわけがない。
分かっているのだ。そのくらいは。
だけどもあまりにも必死なこの執事に、本音が出てしまった。
決して叶えてはやれない本音が。
(好きだったわ、私だけの執事。私だけの――)
どうせ『運命』に殺されるなら、貴方が良かった。