刀さに短編集

たった一度、たった一度の人生なのだ。
それならば好きに生きてみようじゃないか。


そう思ったのもつかの間、私は時の政府とやらに連れ去られいつの間にやら審神者というものになっていた。
始めに手に取った一振りと共に歩んだ道は私の生きた時間を考えるとあまりに長く、けれどもそれ故に短くも感じた。
きっと私の人生というものはここに集約されていたのだろう、とそう思う程には濃い時間を過ごした。


けれども時折思うのだ。


あの時、攫われていなければ。この人生は一体どうなっていたのだろうか、と。
決して今が嫌なわけではない。
それでも時折、どうしようもなく思うのは。
あの時「好きに生きてみよう」という感情を砕かれるように時の政府に攫われたせいなのだろうか?

当時は恨んだとはいえ、今なら少しばかりは分かるのだ。
審神者適合者を見付けた先から審神者へ勧誘するでもなく、攫っては問答無用に戦争に参加させる。
今思えばあまりにも非人道的なその行為は、けれどもあの当時の戦況を思えば政府も必死だったのだろう。
そういう時代だったのだ。私が審神者を始めた時代というのは。


だから、というわけではないけれどもこの選択に悔いはない。
後悔したところで過去は変えられないし、変えてはならない。
それは私が審神者として時間遡行軍と戦い続けた歴史で学んだこと。
歴史は変えてはならない。決して、変えてはならないのだ。


だから、ね?


「きみがしようとしていること。それはこの本丸の主である私への反逆とみなしても良いと言うのかな?」
「反逆?それをきみが言うのかい?」
「ああ、私でなければ言えないだろう?」

私は時の政府から遣わされた一介の審神者。
きみのしようとしていることを実行してみろ。
きみという個体の安全どころか、この本丸の存続さえ危うい。
そう唱えるのに、その白い付喪神は決して引いてはくれないのだ。

「政府に遣わされた審神者?……笑わせるな。その政府こそがきみを見限ったんだろう?」

――きみを含むこの本丸すべてを、贄にして。きみを、俺たちを。奴らは見限ったんだ。

「それでも、だ。鶴丸国永。私はそれでも、審神者なんだよ」

歴史を守るきみ達を守る。
それが私の使命であり、私の生きる道標なんだ。
政府に見限られた今、私は審神者ですらないのかも知れない。
それでもきみ達くらいは守りたいと思っているんだよ。

「この本丸はもう落ちた……私たちは、私という審神者は、負けてしまったんだよ」

時間遡行軍という者たちはあまりに強く、あまりに強大になりすぎたんだ。

「他所の本丸はのうのうと生活をし、きみただ独りを囮に微々たる時間遡行軍を討つ。そんな愚かな行為を、作戦を、どうして頷いたりしたんだ」
「確かに、君たちの命を危険に晒すことは神の怒りを買うのと同義だな」

それはすまない、謝ろう。

「けれども、それしか道がなかったんだよ」

私の為に用意された道は、それしかなかったんだ。

「……何か、きみは勘違いをしていないか?」
「勘違い?していないと思うけれどね」

私は本丸皆を危険に晒す道を選び、私の首ひとつで微々たる敵を討たんとした。

霊力の衰えた私が独り死ぬか、本丸の刀剣男士すべてを贄にするか。
どちらかを選べと、そう命令されたからね。

この選択が正しいことなのか、もうそれは分からない。
いや……分からなかったわけではなかったけれど、でももうそうするしか私にとっての選択肢なんて残されていなかったんだ。

「――だというのに鶴丸国永。きみ、どうして戻ってきたんだい?」
「きみが独りで死のうとしたからだろう?」

俺こそ問おう。
本丸の皆を他所に逃して、どうしてきみ独りだけで残ろうとした?

「俺たちは、俺は、それこそに怒っているんだ」

他の奴らは主の意思を汲み、主の遺志になるのならば致し方なしと踏み留まった。
けれども俺は違う。俺は、俺だけはそんなことを許さない。

「五十年共に在った。きみを独り寂しく逝かせたくはない」
「寂しくはないよ、大丈夫だ。鶴丸国永?大人しくゲートを潜って安全な場所に戻りなさい」
「審神者であるきみが、刀剣男士である俺に、時間遡行軍と戦うなと。まさかきみはそう言うのかい?」
「……痛いところを突くものだ」

でもね、鶴丸国永。私は君たちには幸せでいて欲しいんだ。
私みたいな霊力も采配も中途半端な人間の元へ降り立ってくれた優しい神様たちには、どうかどんな神様よりも幸せでいて欲しいと、傲慢にもそう願ってやまないんだよ。

「私はきみが、……きみ達が大事だ。だから、戻りなさい」
「……存外、憐れで臆病だな。きみも」

主命を使えばいい。それを使えないくらいぼろぼろだと気付いているのだろう。その身も心も、魂すらも。
ボロ雑巾のように使われていつか砕けて無くなる前に、どうか俺の手を取って欲しい。


「主と共に。この刃生果てるまで」


――きみを守り、戦い抜くと再び誓おう。


「嗚呼、本当に……」


強がりで、滅多に表情なんぞ変えないくせに。



きみは存外、――泣き虫だよなあ。




***




好きに生きてみようと思ったんだ。
ロクでもない人生、と今思えばそこまでではなかったかも知れないけれども。
一度きりの人生だから。
好きに生きて、好きな時にこの命果ててみたかった。

審神者になったお陰でだいぶ人生計画は変わってしまったが、それでも君たちと在れたお陰でこの五十年という時間、私は幸せだったし、楽しくもあった。
喧嘩する日もあれば、笑い合う日もあった。

そういうなんてことのない日々が幸せなのだと私に教えてくれたのがきみ達だった。
だから私は、私という存在が居たという証をきみ達に、……きみに、ただ遺したかっただけなのかも知れない。
だから、と言うのも怒られてしまいそうだが。
霊力も尽きかけた老体でも役に立てと、そう政府に迫られた時だって何か特別嫌だと思ったわけでもないんだ。

ただきみ達に……きみに、会えなくなる日が早まるのだと。
そう思った時、少しだけ悲しいと思ってしまったけれども。
そんなものは墓にしまい込んで、掘り起こさせるものかと深く深く埋めてしまうつもりだった。

なのにきみは私の元へ来てくれた。
たった一振り、すべての制止を振り切って。


――私の元へ、来てくれた。


ああ、私が生きた証はここにあったのか。
そう思える程に感じる幸福感と、今この瞬間に命果てても良いと思えてしまえるほどに、私はきみを――


「鶴丸国永。――」


今にも折れそうな鶴丸国永へ、今にも死にそうな私から。
たった一言。五十年分の想いを込めて、その言葉を贈った。
言葉足らずの私たちだったけれども、その言葉はもしかしたら言葉足らず同士故に何より不要な言葉だったのかも知れない。
けれども、ひび割れた頬をにやりと吊り上げたきみが、あまりに美しく、あまりに幸せそうに微笑むから。


(ああ、もっと早く伝えておけば)



もっとたくさんこの顔が見れたのだろうか。
そう思ったけれども、もう何もかもが遅いのだ。
過去は決して変えられないし、変えてはならない。

たった一度の人生だから、と。
好きに生きてみようと思った。
それは思ったよりも不自由ではあったけれども。
最後の最期、伝うように辿り着いたその果ては――思いのほか幸せな、そんな私の人生だった。
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