此のこころ、桔梗に帰す【歌さに】
ふと瞼を開ける。どうやら眠っていたようだ。
随分昔の夢を見ていたものだなぁ。とあくびをひとつしながら目を擦る。
あまりに優しい夢だった。彼の神様が傍に居てくれた頃の夢だった。
あたしにとってはあんなにも辛かった事実も、日常を繰り返せば過去となる。
その間に辛いことがなかったわけではない。
悲しくなかったことがないわけでもない。
けれどもあたしは今を生きている。
日々は目まぐるしく進み、いつかは老いて死ぬその時が来るだろう。
その時に本丸のみんなに顏見せ出来ない生き方は出来ない。
ギュッと唇を噛む。耐える時の癖だと言ったのは、確か大倶利伽羅だったか?
五虎退の虎と戯れていた大俱利伽羅が不意にそんなことを言ってきたことには思わず笑ってしまった。
そんな柔らかな思い出を思い出してクスリと笑えば、窓から入って来た柔らかな風があたしの桜色の髪をそっと撫でていく。
その風のあたたかさにギュッと唇をまた噛み締めた。
元は黒かったあたしの髪は、今は変化している。
あたしの大事な家族である神様と契約したからだ。
別に不老不死の契約みたいな、そういった類ではない。ただ普通の契約だ。
あなた達と共に生きることを約束すると、そういう誓約書のようなもの。
あの業火の中、歌仙が来る前に焼かれた右目が疼かなくなって数年が経つ。
左目はあの凄惨なことが起きる前に見た空の青さを切り取ったかのように彩られ、この髪色がいつか帰るべき本丸に咲いていた大きな桜の元へと導いてくれるだろう。
あたしと契約する前、彼らは渋い顔をしていたけれども。そうでもしなければあの時のあたしは生きないとでも思ったのだろう。渋々ながら契約してくれた。
あたしはたくさんの想いで生かされている。だから生きなくてはいけないのだ。
何があっても、これからどれほどの苦しみを経ても。
あの日、歌仙と約束した通り。
この桜色の髪が白くなり、老いて地獄へ堕ちるその時まで。
見上げた空はどこまでも続き、襲い来る遠雷をも掻き消す程に青く澄み切っている。
大丈夫。あたしは今日も笑えている。
「だから、歌仙。心配しないでね」
甘い桔梗の香りが寝起きの鼻を擽ったような気がしてそんなことを呟いていた。
まるで。まったく、こんなところで寝て! と咎めるかのような香りだった。
そうして、そんなあたしを慈しむかのような優しさだった。
一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
そうしてまた広く澄んだ空を見上げた。
――ねえ、歌仙?
あたし、ちゃんと生きて、笑っているから。
だからどうか、その時が来たら迎えに来てね?
此のこころがあなたの元へ帰る日を、あたしはずっと夢見てる。
随分昔の夢を見ていたものだなぁ。とあくびをひとつしながら目を擦る。
あまりに優しい夢だった。彼の神様が傍に居てくれた頃の夢だった。
あたしにとってはあんなにも辛かった事実も、日常を繰り返せば過去となる。
その間に辛いことがなかったわけではない。
悲しくなかったことがないわけでもない。
けれどもあたしは今を生きている。
日々は目まぐるしく進み、いつかは老いて死ぬその時が来るだろう。
その時に本丸のみんなに顏見せ出来ない生き方は出来ない。
ギュッと唇を噛む。耐える時の癖だと言ったのは、確か大倶利伽羅だったか?
五虎退の虎と戯れていた大俱利伽羅が不意にそんなことを言ってきたことには思わず笑ってしまった。
そんな柔らかな思い出を思い出してクスリと笑えば、窓から入って来た柔らかな風があたしの桜色の髪をそっと撫でていく。
その風のあたたかさにギュッと唇をまた噛み締めた。
元は黒かったあたしの髪は、今は変化している。
あたしの大事な家族である神様と契約したからだ。
別に不老不死の契約みたいな、そういった類ではない。ただ普通の契約だ。
あなた達と共に生きることを約束すると、そういう誓約書のようなもの。
あの業火の中、歌仙が来る前に焼かれた右目が疼かなくなって数年が経つ。
左目はあの凄惨なことが起きる前に見た空の青さを切り取ったかのように彩られ、この髪色がいつか帰るべき本丸に咲いていた大きな桜の元へと導いてくれるだろう。
あたしと契約する前、彼らは渋い顔をしていたけれども。そうでもしなければあの時のあたしは生きないとでも思ったのだろう。渋々ながら契約してくれた。
あたしはたくさんの想いで生かされている。だから生きなくてはいけないのだ。
何があっても、これからどれほどの苦しみを経ても。
あの日、歌仙と約束した通り。
この桜色の髪が白くなり、老いて地獄へ堕ちるその時まで。
見上げた空はどこまでも続き、襲い来る遠雷をも掻き消す程に青く澄み切っている。
大丈夫。あたしは今日も笑えている。
「だから、歌仙。心配しないでね」
甘い桔梗の香りが寝起きの鼻を擽ったような気がしてそんなことを呟いていた。
まるで。まったく、こんなところで寝て! と咎めるかのような香りだった。
そうして、そんなあたしを慈しむかのような優しさだった。
一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
そうしてまた広く澄んだ空を見上げた。
――ねえ、歌仙?
あたし、ちゃんと生きて、笑っているから。
だからどうか、その時が来たら迎えに来てね?
此のこころがあなたの元へ帰る日を、あたしはずっと夢見てる。
