此のこころ、桔梗に帰す【歌さに】
「やっほー、今日も元気に生きてるー?」
「ゲッ、お前ナニしに来やがった」
「いやいや? あたし一応政府職員できみの担当だからね?」
本丸のゲートが開き、現れたのは桜色の髪を持った少女。右目は眼帯で覆われている。唯一見える左目は桜色の髪とは正反対の青い色。まるで空を連想させるようなその色は、決して生まれた時からそうであったわけではない。
「で? 今回はナニしに来たんだ?」
「そんな疑うような顔で見ないでよー? 一応何も理由がなく来ているわけではないんだからさ」
「その理由は?」
「まあまあ、そんな生き急がないで」
「生き急いでるんじゃなくて、お前と一緒に居るところを見られるのが嫌なの」
子供に言い聞かせるようにそう言えば、政府職員であり担当と名乗ったその女は、静かに目を瞑り言った。
「最近の神隠し事件について、何か知っているなら答えて欲しい」
「神隠し事件……? なんだ、それ」
「あれ? 審神者宛てに調査報告書をメールで送った筈なんだけどなぁ」
可笑しいなぁ、とそいつは桜色の髪を撫でながら首を傾げていた。
「というか、そんな大事な話をメールで送るな。俺はメールは基本見ない」
「いやいや、見ようよ。それ審神者の仕事のひとつだからね?」
至極真っ当な返しをされてぐうの音も出ない。
確かに見ればいい話なのだが、俺は機械にとんと疎い。お前本当に現代っ子か? というほどに疎い。故にパソコンだのメールだのは苦手なのだ。開こうとすると何故かエラーが出るレベルには。
そのせいで今は元政府の職員でもあった長義や、特命調査組と呼ばれる者達がパソコンなどを取り扱う業務をしている。本当に俺が必要な事案だけ「主、出番だよ」なんて呼ばれながらやるのだ。
「職務怠慢だねぇ」
「紙の書類は俺が書いてるし、サインも判子も押してるから職務は全うしている」
キリッとした顔でそう言えば、目の前の女が呆れ顏で「訳分かんないねぇ?」と笑う。その笑い方が昔と変わらず猫みたいな笑い方だな、と思えばそれが伝わったのかそいつは「猫ではないかなぁ」と縁側に足を投げ出しながら言った。
なんでもいいがその格好はどうかと思うぞ。女の子が足を広げるな、バタバタするな、いい年した大人なんだから落ち着け!
なんて言いたくなるがグッと堪える。俺はこいつの保護者ではないのだから。
「でもさあ、そんな風に刀剣男士達に世話焼いて貰ってると、いつかそれ無しでは生きていけなくなっちゃうんじゃない?」
「アホか、お前は。そうならん為にも俺は自分の身の回りのことは自分でやってるんだろーが」
「本当にぃ?」
「なんで疑われなきゃいけないんだ……」
「どうして、あたしがここに来たか分かる?」
その言葉が皮切りにように、途端に静かな空間が広がった。
「あたしはどうしたってきみを、審神者というモノを……守りたいだけなんだよ」
その言葉だけで何が言いたいのか分かった。
こいつにとってあの夜は、未だ終わっていないのだと。
いつも大事なものを守りたいと願っているこいつは、『あの日』のことを全部自分のせいだと思い込んではその笑顔で隠しているだけで。
「あたしの願いは、いつもそれだけ」
「……そうかよ」
「うん。もちろんきみと、きみの刀剣男士達を信じていないわけではないんだけれどもね?」
でもきみのところも相当な過保護だからなぁ。どうなるかなぁ。
「安心しろ。俺みたいなおっさんを神域に連れたがる酔狂なヤツはうちには居ねぇよ」
「まあ、きみのところ悪ノリはするけど、確かにこんなおっさんに手は出さないか」
「そうそう。……誰がおっさんだ! 誰が!」
「きみ、自分で言ったんだよ?」
憐れむようにそう言う女は「そろそろ時間だね」と立ち上がる。
「お前、まだ本丸持つ気はねえの?」
「……あたしにとっての大事な家族は、あの日に全部溶けちゃったから」
声音は変わらず、相変わらずな返答。だから俺も変わらず「そうか」と告げて。
いつになったらお前の中の夜は明けるのだろうかと言いそうになって、それはやめた。そうしていれば部屋の外に控えて居た女の刀である小夜左文字が控えめに現れる。
「ねえ。そろそろ帰る時間だよ」
「そうだね。帰ろっか」
「あ、飯でも食ってけよ」
「いいよー、そんな気を使わなくても」
にこりと笑ったそいつは先程までの柔らかな顔のまま。
「それに、」
そのあとに紡がれた声は風に溶けて、けれども俺の耳には確かに届いた。
「……そうだな」
頷いて、俺はふたりを見送る。小さな背中を支えるように歩む小夜左文字に大声で叫んだ。
「そいつを頼むな!」
びくりと肩を震わせた小夜左文字は、けれども静かにこくりと頷いた。
そこに言葉はなかったけれども、確かに自分の主を守るという意志を感じた。
「あれ? 主。お客人は良かったのかい? 折角今日は宴だと喜んでいたのに」
ひょこりと席を外していた蜂須賀虎徹が現れた。主を放って席を外すなんて普通はないだろうが、他ならない。アイツだったから許されたのだろう。
不思議そうな顔でそう言った蜂須賀に頷く。
「いいんだよ。あいつは、今はまだいい」
「……あの日の傷が、まだ彼女を苛んでいるんだね」
蜂須賀の言葉に何も言わなかった。言えなかったの間違いかもしれないが。
あの日、アイツは自分の大切なモノをたくさん失った。
それは考えるだけでも気が可笑しくなることなのかも知れない。俺はアイツじゃないから分からないけれども。
アイツは確かに傷付いた。傷付いた傷口は塞がることなく化膿しているのに、きっと治す気もないのだろう。いや、治せる筈だった唯一がもう居ないのだ、当然か。
俺に出来るのは定期的にアイツが生きて、笑っていることを確認すること。
大事な友人だから、お節介と言われようともそれしか今はまだ出来ない。
「さて、主。夕飯の時間だけど、どうする?」
「ああ、そうだな。今日は俺もみんなと一緒に食べるよ」
その時間はとても尊いものであると知ったから。俺は惜しみなく、こいつらの傍に居よう。
*****
「良かったの?」
「ん? 何が? さよっち?」
「あそこでご飯、食べなくて」
「ああ、うん。良いんだよー」
だって、あまりにあそこは賑やか過ぎて、あたたか過ぎて。
「懐かしくなっちゃうからね」
へらりと笑ったその顔は、さよっちにはどう見えたのだろうか。
いつもと変わらぬ顏だけれども、ソッと静かにさよっちはあたしの手を握ってくれた。まるでどこにも行かないようにとでも言わんばかりに。
「さよっち、帰ろっか」
「うん」
こくりと頷いた小夜は、前を向く。だからあたしも、前を向いて歩くのだ。
「ゲッ、お前ナニしに来やがった」
「いやいや? あたし一応政府職員できみの担当だからね?」
本丸のゲートが開き、現れたのは桜色の髪を持った少女。右目は眼帯で覆われている。唯一見える左目は桜色の髪とは正反対の青い色。まるで空を連想させるようなその色は、決して生まれた時からそうであったわけではない。
「で? 今回はナニしに来たんだ?」
「そんな疑うような顔で見ないでよー? 一応何も理由がなく来ているわけではないんだからさ」
「その理由は?」
「まあまあ、そんな生き急がないで」
「生き急いでるんじゃなくて、お前と一緒に居るところを見られるのが嫌なの」
子供に言い聞かせるようにそう言えば、政府職員であり担当と名乗ったその女は、静かに目を瞑り言った。
「最近の神隠し事件について、何か知っているなら答えて欲しい」
「神隠し事件……? なんだ、それ」
「あれ? 審神者宛てに調査報告書をメールで送った筈なんだけどなぁ」
可笑しいなぁ、とそいつは桜色の髪を撫でながら首を傾げていた。
「というか、そんな大事な話をメールで送るな。俺はメールは基本見ない」
「いやいや、見ようよ。それ審神者の仕事のひとつだからね?」
至極真っ当な返しをされてぐうの音も出ない。
確かに見ればいい話なのだが、俺は機械にとんと疎い。お前本当に現代っ子か? というほどに疎い。故にパソコンだのメールだのは苦手なのだ。開こうとすると何故かエラーが出るレベルには。
そのせいで今は元政府の職員でもあった長義や、特命調査組と呼ばれる者達がパソコンなどを取り扱う業務をしている。本当に俺が必要な事案だけ「主、出番だよ」なんて呼ばれながらやるのだ。
「職務怠慢だねぇ」
「紙の書類は俺が書いてるし、サインも判子も押してるから職務は全うしている」
キリッとした顔でそう言えば、目の前の女が呆れ顏で「訳分かんないねぇ?」と笑う。その笑い方が昔と変わらず猫みたいな笑い方だな、と思えばそれが伝わったのかそいつは「猫ではないかなぁ」と縁側に足を投げ出しながら言った。
なんでもいいがその格好はどうかと思うぞ。女の子が足を広げるな、バタバタするな、いい年した大人なんだから落ち着け!
なんて言いたくなるがグッと堪える。俺はこいつの保護者ではないのだから。
「でもさあ、そんな風に刀剣男士達に世話焼いて貰ってると、いつかそれ無しでは生きていけなくなっちゃうんじゃない?」
「アホか、お前は。そうならん為にも俺は自分の身の回りのことは自分でやってるんだろーが」
「本当にぃ?」
「なんで疑われなきゃいけないんだ……」
「どうして、あたしがここに来たか分かる?」
その言葉が皮切りにように、途端に静かな空間が広がった。
「あたしはどうしたってきみを、審神者というモノを……守りたいだけなんだよ」
その言葉だけで何が言いたいのか分かった。
こいつにとってあの夜は、未だ終わっていないのだと。
いつも大事なものを守りたいと願っているこいつは、『あの日』のことを全部自分のせいだと思い込んではその笑顔で隠しているだけで。
「あたしの願いは、いつもそれだけ」
「……そうかよ」
「うん。もちろんきみと、きみの刀剣男士達を信じていないわけではないんだけれどもね?」
でもきみのところも相当な過保護だからなぁ。どうなるかなぁ。
「安心しろ。俺みたいなおっさんを神域に連れたがる酔狂なヤツはうちには居ねぇよ」
「まあ、きみのところ悪ノリはするけど、確かにこんなおっさんに手は出さないか」
「そうそう。……誰がおっさんだ! 誰が!」
「きみ、自分で言ったんだよ?」
憐れむようにそう言う女は「そろそろ時間だね」と立ち上がる。
「お前、まだ本丸持つ気はねえの?」
「……あたしにとっての大事な家族は、あの日に全部溶けちゃったから」
声音は変わらず、相変わらずな返答。だから俺も変わらず「そうか」と告げて。
いつになったらお前の中の夜は明けるのだろうかと言いそうになって、それはやめた。そうしていれば部屋の外に控えて居た女の刀である小夜左文字が控えめに現れる。
「ねえ。そろそろ帰る時間だよ」
「そうだね。帰ろっか」
「あ、飯でも食ってけよ」
「いいよー、そんな気を使わなくても」
にこりと笑ったそいつは先程までの柔らかな顔のまま。
「それに、」
そのあとに紡がれた声は風に溶けて、けれども俺の耳には確かに届いた。
「……そうだな」
頷いて、俺はふたりを見送る。小さな背中を支えるように歩む小夜左文字に大声で叫んだ。
「そいつを頼むな!」
びくりと肩を震わせた小夜左文字は、けれども静かにこくりと頷いた。
そこに言葉はなかったけれども、確かに自分の主を守るという意志を感じた。
「あれ? 主。お客人は良かったのかい? 折角今日は宴だと喜んでいたのに」
ひょこりと席を外していた蜂須賀虎徹が現れた。主を放って席を外すなんて普通はないだろうが、他ならない。アイツだったから許されたのだろう。
不思議そうな顔でそう言った蜂須賀に頷く。
「いいんだよ。あいつは、今はまだいい」
「……あの日の傷が、まだ彼女を苛んでいるんだね」
蜂須賀の言葉に何も言わなかった。言えなかったの間違いかもしれないが。
あの日、アイツは自分の大切なモノをたくさん失った。
それは考えるだけでも気が可笑しくなることなのかも知れない。俺はアイツじゃないから分からないけれども。
アイツは確かに傷付いた。傷付いた傷口は塞がることなく化膿しているのに、きっと治す気もないのだろう。いや、治せる筈だった唯一がもう居ないのだ、当然か。
俺に出来るのは定期的にアイツが生きて、笑っていることを確認すること。
大事な友人だから、お節介と言われようともそれしか今はまだ出来ない。
「さて、主。夕飯の時間だけど、どうする?」
「ああ、そうだな。今日は俺もみんなと一緒に食べるよ」
その時間はとても尊いものであると知ったから。俺は惜しみなく、こいつらの傍に居よう。
*****
「良かったの?」
「ん? 何が? さよっち?」
「あそこでご飯、食べなくて」
「ああ、うん。良いんだよー」
だって、あまりにあそこは賑やか過ぎて、あたたか過ぎて。
「懐かしくなっちゃうからね」
へらりと笑ったその顔は、さよっちにはどう見えたのだろうか。
いつもと変わらぬ顏だけれども、ソッと静かにさよっちはあたしの手を握ってくれた。まるでどこにも行かないようにとでも言わんばかりに。
「さよっち、帰ろっか」
「うん」
こくりと頷いた小夜は、前を向く。だからあたしも、前を向いて歩くのだ。
